「相撲、相撲」

遠くから聞こえる。
太鼓が合わさる。

相撲、相撲。
子らが先導に合わせて太鼓の音も2回響く。
相撲、相撲。
大人たちの合唱が始まりを呼ぶ。
段々と近づいてきた。
相撲、相撲。
相撲、相撲。

「力士の入場です」
場内アナウンス。
「相撲、相撲」
「相撲、相撲」
呼び声と太鼓と合唱、客席から拍手。

空模様は青く、足元はぬかるむ。
秋の始まりを盛大に祝う集落行事、のぼり旗、敬老豊年相撲祭。
10名近くの児童、4名が揃う一般男子。

間に合った。
町内会長の苦心は決して間に合わせではなかった。
そうでなければ、この終わってしまった愉悦と来年へ向けた決意を記そうと思うはずもない。
あの場所に立ちたい、戻りたい。
思い出は取組を応援しながら巻き戻る。
小学校6年間で勝負できた先輩や後輩、練習を指導した屈強な青壮年団。
過ぎた思い出だけが巻き戻る。

場に現れた一般男子4名と最後の1名。
彼らは今年の相撲を真剣勝負で飾った。


我が集落相撲には、唯一の特色がある。
四股名。
一般男子へ命名される力士の名前だ。
各力士の性格や取り口、携わる職業を知ってもらおうと四股名の数々が受け継がれてきた。
70半ばの父親へ長い起源を問い掛けたが先代先々代まで遡るらしいとの答えが返ってくる。
集落の四股名はいつ頃からか始まって今日まで受け継がれているという。
今年も例外ではない。
破れ笠。
春日山。
芭蕉山。
逓信山。
行司を担う、先代破れ笠。

わたしは行司装束を身に纏った先代破れ笠の風貌から、ゴテ錦や暴れ凧等の力士を思い出している。
小学校高学年へ上がるまでに感じ取れた集落相撲の熱気を思い出している。
春日山を命名された父親もそうだったのだろうか。
最後部の席に座って最後の一番までを見届けていた。
村一番の横綱ゴテ錦でも太刀打ちできない、かつて無敵を誇った春日山は、一般男子4名による相撲を見届けて何を思うだろうか。

結びの一番。
逓信山は総当り戦を3勝0敗で終えた。
恰幅の良い逓信山が小柄な芭蕉山の呼吸を合わせて土俵際から吊り出した。
続くアナウンスが最後の取組を呼び出す。

春日山が控えでの応援を終えて西方に移る。
まわし姿の先代破れ笠が東方で待っている。

呼出は芭蕉山と逓信山、順番に呼び上げた。
「ひがーしー、西は悠々、春日山、春日山」
「にいーしー、東は悠々、破れ笠、破れ笠」

会場から笑い声とどよめき、声援、太鼓。
場内アナウンス。

余興としてのお好み相撲になります。
東方、破れ笠。
西方、春日山。
最後の取組は三番勝負でございます。
なお破れ笠と春日山、2人の年齢差は36歳となっております。


先代破れ笠と春日山の取組、二番とも春日山に軍配が上がる。
お互いが健闘を称え合った。
「今日で引退ですね、ありがとうございました。来年も絶対に出ます」
「馬鹿言うな。こっちだって来年出るわ。次は鍛えておくぞ」
何よりも最後まで会場に送られていた声援が、この日、最大の盛り上がりで終えたことを覚えておこうと思った。
71歳という年齢で酔った勢いの約束を果たした先代破れ笠。
かつて無敵を誇っていたあの四股名を受け継いだ春日山。
来年もまた、あの場所へ。

で、破れ笠との三番勝負なんですが、今になってすっげえ、全身が筋肉痛。
なんだか首も痛えです。

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