羽ばたき

 根付く、という言葉が木霊して頭から離れない。他人の世話より明日の我が身とは思いつつ、身内話を記事に起こすか起こすまいかで迷う。とりわけよくある話でもある。

 わたしが就労継続支援B型の利用を開始してから一ヶ月半が経過した。その間に二名の新規利用者が増えた。ただもう一方ではこれまでの二年以上を通所できていた利用者について、今まさに別の作業所に移るか否かの話が回ってきて一部でちょっとした混乱が生じている。

 今回、転機の選択に迷うその方を仮にAさんと呼ぶことにして、そのAさんが担っていた役割は思いの外、大きいものだった。一人の利用者であっても作業所内で確立された居場所はあちらこちらに見受けられたのだ。そのため同じ作業班に所属する(わたしを含めた)他の利用者、担当する職業指導員とも呼ばれるスタッフ一同は慌てている。驚きは予想できたとしても戸惑いが隠せないでいる。

 いつものように最後まで送迎サービスの車内に残るわたしは運転を担当するスタッフと二人でAさんについて話していた。Aさんが別の作業所に移ろうとしている理由や年間を通したAさん本人の体調管理、今後の予想される展開にはてはこういった利用者が離れてしまうこの作業所の考えられる改善点と、結論を出すための話し合いではなく、自分の捌け口を見つけることでそれらを解消させていた。

 一利用者であるAさんには確かな役割があった。まずは毎日の作業の担い手として十二分な働きが見られた。二年間で蓄積されたノウハウは誰よりも広く、深く、その継続は本人の実績と力になっていて、一ヶ月そこらで音を上げそうなわたしよりも頼もしくある。
 もう一つはこの二年間を通所できたことで築けた人間関係が挙げられる。これまでを振り返ってもAさんには目立ったトラブルが一、二件しか記憶になくて、所々に気配りが行き届き、そしてそれが重荷にもならないしなやかさを持っている。その話しかけやすい雰囲気と人当たりの良さは間違いなくAさんの長所であると言える。

 今日の記事を書いている間にわたしの考え方は少し変わった。なぜこの就労継続支援B型という障害福祉サービスは、利用する当事者が数年単位で離れていくのだろうと考えを巡らせたけれど、根本を勘違いしていたと思う。

 Aさんは二年間の役割において力を発揮していた。その上でここから羽ばたこうともしている。一度、離脱した社会へ、何度目であっても戻れるように、続く道の先を確かめているのだろう。
 思えばわたし自身が過去にこの作業所のスタッフとして別の場所から移ってきた経緯があった。ちょうどAさんと同じように、転機の選択に迷った末での決断だった。

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