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魂は生き残る|2021年オークス回顧、あるいは岡田総帥への追悼

岡田総帥と直接お目にかかったことはないが、ラフィアン会員の肉親に連れられてBRFには何度も訪れたことがある。
洗練されたゲストハウスにはリヤドロ製の調度品が並び、水回りの細部に至るまで清掃が行き届いていた。
大切な競走馬が滞在しているにも関わらず厩舎と放牧地はオープンを貫いており、心行くまで愛馬との時間を堪能し、リラックスした姿に一層の愛情を深めることができた。
朝のトレーニングでは愛馬同士をマッチングした調教メニューを組み、豪華な併せ馬に胸を熱くしつつ、その息遣いを感じながら坂路を駆け上がる愛馬を見守った。
岡田総帥が作り出したBRFのホスピタリティは、泡沫の競馬ファンに過ぎない私にも夢のような時間を与えてくれた。

岡田総帥は確固たる競馬哲学で競馬ファンをワンランク上に導き引き上げた牽引役だった。
独特の表現で馬体を評し、日高地区の牧場やセリ会場で隠れた良駒を選び出し、結果で自身の相馬理論を証明した。
今や誰もが馬体の造りを個別の視座から論じ、筋肉の締まりや緩さを見極めることが、文化として定着している。その根底には直接あるいは間接的に総帥の影響がある。

岡田総帥はあくなき挑戦者でもあった。
サンデー系全盛の時代の中でサンデーサイレンスやディープインパクトの仔では結果を残せなかったが、ブライアンズタイムやグラスワンダー、チーフベアハート、スターオブコジーン、アグネスデジタル、そしてステイゴールドの仔からは活躍馬を何頭も輩出した。
第二のサンデーを夢見てロージズインメイやアイルハヴアナザー、コンデュイット、ムタファーウエクらを次々に導入し、牧場の威信をかけて繁殖牝馬を集めた。
馬の特質を見極める目を持った総帥にとって、サンデーサイレンスやディープインパクトの上級馬たちとの闘いは悔しさの連続だったに違いない。
あの灼熱の2004年の日本ダービーでマイネルブルックを喪いコスモバルクも力尽きたとき、2005年の皐月賞で四角先頭で全身全霊の勝負に挑んだマイネルレコルトがディープインパクトに鼻歌交じりで突き放されたとき、2014年の春にプレイアンドリアルの故障が発覚したとき、岡田総帥はどんな気持ちだったろうか。
英国ダービーへの登録は決してパフォーマンスではなく、いつか本当に英国ダービーに相応しい名馬と巡り合えると信じていたのだろう。

岡田総帥は賛否を巻き起こし時には揶揄されることもあった。
だが総帥が巻き起こす論争は、いつも時代の針を一歩進めていた

総帥の訃報から2か月と少し。総帥の忘れ形見であり、総帥が手掛けた馬たちが血統表にちりばめられているユーバーレーベンが、総帥の悲願であったクラシック制覇を成し遂げた。
かねてよりオークス向きとの評価を下されていた同馬だったが、この大舞台で最高の成果を挙げることができたのは、惜敗が続く中でも勝ち急いでスタイルを切り崩さず、自らの武器である末脚を磨き続けた愚直さにあったように思える。

押し出されるようにハナに立ったクールキャットにステラリアが終始プレッシャーを掛け、ハミを噛んだソダシも前掛かりに運んだ結果、決して早いペースではなかったが、前で運んだ組にはプレッシャーがかかり、後方勢の競馬となった。

磨いた武器が最大限生きる展開となったことは間違いないが、そんな展開を追い風に、向こう正面でじわりと押し上げ、四角でもスムーズに進路を確保し、完璧なタイミングでのスパートをかけることができていた。
勝つときは得てしてすべてがうまくいくものであり、もちろん馬の能力と陣営の努力が実った結果であることは言うまでもない。だが、見えざる後押しがあったうえでの結果だったという気持ちもどこか抱きたくなるような爽やかな結果でもあった。

もし、岡田総帥がこのレースを見ていたら、どんな感想を、どんな競馬観を我々に見せてくれただろうか。
歓喜に声を詰まらせて、うれしそうにインタビューに応える岡田総帥の声を想像すると、この勝利を見せられなかったことは残念でならない。

ユーバーレーベンの馬名の意味は、ドイツ語で「生き残る」

これから我々は、総帥の居ない時代を過ごさねばならない。
だが、岡田総帥が遺した血統も、岡田総帥が教えてくれた競馬観も、きっと後世まで語り継がれるだろう。
魂は生き残る。そしていつかやってくる。そう信じたい。


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さて。その他の馬についても少し触れよう

白毛馬初の偉業に挑み続けたソダシは初黒星を喫した。マイルをレコードで快走できるほどのスピードに卓越した馬であり、2400mに耐えきるだけのスタミナと精神力は身についていなかった。
元々、決して穏やかな気性ではない一族であり、いろいろなウィークポイントがいっぺんに表出してしまった。
戦前に危惧された通り、2400mは如何にも長かったが2000mまでならば同父アエロリットのような快走は期待できるはず。
自らの弱さを知ることができるのであれば、敗北にも大きな価値がある。この敗戦を糧に、秋の秋華賞や来年のヴィクトリアマイルで、一段分厚くなった強さを見せてほしい。

3着のハギノピリナの藤懸騎手はG1初騎乗の舞台で大いに躍動した。2月末に既走馬相手のデビュー戦で9番人気11着に敗れた馬が、僅か3か月でこれだけのインパクトを残すのだから大したものである。
人気薄での激走だったが、決してマグレではない。彼女もまた常識外れの戦績であり、秋が楽しみになってきた。


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