宝塚雪組 「ライラックの夢路」観劇録

注意:
盛大にネタバレしてますので、まだ見ていない人でストーリーを楽しみにされている方は(はばかりながら)お引き取りくださいませ。


まず、脚本が刺さったぁーーー!!
(ネットで見た宝塚ファンのブログでは「脚本が刺さらなかった」という方がいたけど、私は逆にドストライク。クリーンヒット、撃ち抜かれた)

作・演出・振付の謝珠栄さんは57期(1971年)の首席入団の元ジェンヌさんで、退団後にニューヨークに留学されて、ダンスや舞台芸術を学ばれたんだそう。わたし、この方たぶんフェミニストだと思う。
お父様は在日華僑の方でおそらく幼少期からものすごいインターセクショナリティを感じておられるのではないか?と思って、謝さん(敢えて先生と呼ばない)の女性差別や人種差別も含めたインターセクショナリティを扱ったテーマの作品を見てみたい、と思った。(とかなんとか言ってたら、友人が月組のエルピディオのDVDを貸してくださり、言葉にしてみるもんですね😍)

最後がびっくりのシスターフッド(女性同士の連帯)で状況が好転するどんでん返しでしたね。
エリーゼ(夢白あやさん)とディートリンデ(野々花ひまりさん)の間に、そんな伏線はなかったので、「ええ?!私何か見逃した?!」と焦ったけど、2回目の観劇で伏線探しをしても見つけられなかった。もしあったのならどなたか指摘してほしい。

最後、ディートリンデが行き過ぎた自尊心を持て余した【イヤな女】で終わらなかったところが本当に良かった。この「行き過ぎた自尊心」って昔から男性と結び付けられがちな感情だと思う。
中島敦さんの山月記にも「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」という表現があるけど、プライドの高さによって自滅するのは(物語ではいつも)男性だったと思う。今回その感情の持ち主はディートリンデだった。嫉妬じゃなかったのがまたいい!(嫉妬についてはまた後程)

ディートリンデは非常に面白いキャラクターだと思う。父の成功ゆえに七光り的な恩恵にあずかりつつも、冷静に自分をチヤホヤする人たちは父に近づきたがっているのを見抜いている。周りの人に、父じゃなくてディートリンデ自身を評価してもらいたいと感じている。でも、チヤホヤされることを当然視していて、そうしないハインドリヒ(彩風咲奈さん)にフラストレーションを感じるという矛盾した感情を持っている。この最初の場面があるからこそディートリンデという役に人間らしさを感じられるのだ。
年齢はどういう設定なのか気になるが、最後のシーンでディートリンデは経済力と意思決定する権限を持っているので、自立した大人の女性として描かれているところがよかった。途中の「なぞの暗殺者」との関係は許されることではないけど・・・。

「嫉妬」って女偏がついていて漢字にも表れているが、歴史的に嫉妬という感情は女性と結び付けられてきて、いまだに日本の文化ではあたかも男は嫉妬を感じないかのように扱われていると思う。(実際は、ドラマ「白い巨塔」や「半沢直樹」でも男性の嫉妬が多く扱われているのだが、「権力争い」っていう雑な括りをされがち)。
この作品では嫉妬を感じるのはフランツ(朝美絢さん)なのだーー。絶対に謝さんは、意図して男女逆転させてたと私は思う。男の嫉妬はないものとされるからこそ、セリフでフランツは「嫉妬かもしれない」って言う。
私は舞台や映画を見るときに人間の感情や状況説明をセリフに頼らずに、なるべく演出、演技、歌などで表現してほしいと思うが、ここはセリフでストレートに言わないと観客には伝わらないんだろうと思って、唸った。そして、こんな男は日本ではレアだ!!と思った。自分の内面を見つめて「自分が兄に嫉妬しているのかもしれない」って言葉にできる男性がどれだけいるかっ!!!!

私は、インポスターを克服しようとしている過程だからこそ、フィクションにおける「嫉妬」の表現がすごく刺さるんだと思う。
(ちなみによしながふみさんの漫画「大奥」でも、徳川家光と万里小路有功編が一番好きでして。男性且つ僧侶でも大奥という環境におかれたら嫉妬に狂いそうになるということを表現してくれてて、それが好き)

私は、以前「男性の嫉妬」というのが不可視化されている企業文化に浸されて、思いっきり内面化してしまってたので、男性から私に向けらえる悪意の解像度が低かったと思う。他人から「それは(Norahさんが)嫉妬されているんだね」とズバリ言われても、「?」という感じだった。
それは自分が嫉妬されるような能力を何も持っていないと思っていたからこそ、なのだ。だから、フィクションで描かれる嫉妬表現が男性と関連付けられていると、おおお!って刺さるんだと思う。男性の嫉妬が可視化されているのがいい。(こういうフェミニズム批評が多い環境で育ったら、私ももっと早くに気がつけたかも?)

ディートリンデの複雑さがある一方、エリーゼを「自我を持つ女性」として描いたり演じたりするの難しかったと思う。そして入団6年目の夢白さんの肩にかかるプレッシャーはすごかっただろうと。でも、そのエリーゼもすごくよかった。

ピアノを与えられたけどバイオリンを弾くことを選ぶ自我の強さがある。
酒場では危険だから男装して演奏しているところも共感できる。
(性暴力に遭わないようにあらゆる自衛をするのは今の日本でもよくあること)
男装してバイオリン演奏すると才能があると評価されるが、女性としてバイオリン奏者のオーディションに参加すると落とされる(アンコンシャス・バイアスやガラスの天井)。これは日本でもあるあるで、この作品は社会の女性差別を描いていると思った。
エリーゼは自分ではどうにもならない現実に打ちのめされるが、腐ったり迎合することない稀有な人だ。私ならもっと怒るし、状況を変えようともがくと思う。

エリーゼは人と人を繋ぎ、最後はディートリンデも味方にするあたり、ちょっとすごすぎて何を言っていいのかわからない。男役の添え物や引き立て役じゃない娘役に私はめちゃめちゃ気持ち救われる。

男役も難しかったと思う。5人兄弟+アントンだもん。小林多喜二の『蟹工船効果』と勝手に呼んでるけど、集団になると無個性に陥りがち。でも、ちゃんとそれぞれの役どころや性格を脚本で色付けして、衣装とキャラで全員が魅力的になるように演出され、役者さんが脚本と役をよく理解して演じ分けるの宝塚ならでは。うまい。全員のレベルが高い。こういう質の高い舞台が大好き。
スターさんや男役さんは見てて美しいし、やっぱり目で追ってしまう。縣千さんをオペラグラスで追いかけまわして、「飛ばないかな、飛んでくれないかな」とずっと期待してたけど、あとで気がついたのは全然違う方を縣さんだと思い込んでた。そりゃ飛ばないわけよ。ってか、普通は舞台で飛ばないのよ。友人は首から後頭部のラインで見分けがつくようになってきたらしい。なんとうらやましい。私はまだ初心者でジェンヌ様方の見分けがつかない。修練しやす。

さっき次男フランツがレアキャラだと書いたけど、長男ハインドリヒも負けず劣らずレアキャラだからね。エリーゼに「うちの会社の株式を持ったらいい」と誘うところにたまげた。会社経営者よりも株主の方が立場が上だから。
女性パートナーを自分のボスにしつつ、対等な関係を築ける男性ってこの国にどれだけいるんだろう。

あと、ハインドリヒが弟で四男のランドルフ(一禾あおさん)に頼んで鉄道事業の資金を獲得するために政府に補助金を求めるシーンで、「鉄道事業の補助金がほしければ大砲もつくれ」と迫られ、大砲はつくりたくないと悩むところ、これ今の日本政府が学術会議とか大学研究機関をお金で釣って軍事研究をさせようとしている状況そのまんまで、現実とオーバーラップするのがよい!!!
「なぜ愚かなことを繰り返すのか」みたいなことをハインドリヒがつぶやくけど、そこは歴史教育の大切さを思い出させるし、そもそもハインドリヒは関税同盟で隣国と友好関係をつくりたい人なんだよね。ぶれずに反戦平和主義。資金繰りに困っていても、札束では釣られないところが高潔。
東アジアの安全保障が不穏になっている昨今だが、海外にルーツをもつ謝先生のメッセージがこめられていると思った。

(政府が介入して、大学研究機関のガバナンスを破壊し、軍事研究するように仕向けている現実を知りたい人は、是非つくば大学や大分大学の事例をひいてほしい。あと、毎年国立大学の運営交付金を減らして兵糧攻めにしていることも知ってほしい。あと学術会議問題も学問への政府介入で憲法23条違反なので、知っていると脚本を何倍も楽しめる気がする)

舞台の大道具とかもスケールが大きいし、光や動きで臨場感すごいし、好き。

それから専科の美穂圭子さんの歌すごすぎません?!美穂圭子さんが歌う場面が多くて、そのたびに前のめりになりそうだった(ダメ、絶対!)。美穂圭子さんの影響か、単に音域やメロディーが歌いやすかったのかわからないけど、朝美絢さんの歌も前回のストルーエンセよりもよく感じた。声量がアップしてて、伸びる伸びる。

フェミニズム作品が増えてほしいから、謝先生の脚本が広く高く評価されてほしい。わたしは娘役の表現・表象がいい作品が好き。

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