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アメリカの”中絶裁判”(1):最高裁判決を適切に伝えないメディア、判決が意味するもの

最高裁、1973年判決「中絶規制は違憲」を覆す判決

中絶問題の歴史(かなりコンパクトに)

この裁判に全米の(国際的な)関心が集まっていたのは、この問題がワクチン接種強制化の有無と同様、中絶を反対する”プロ・ライフ派”と、中絶は女性の権利だとする”プロ・チョイス派”とで、議論が真っ二つになっている問題だからです。この対立は今に始まった問題ではなく、半世紀以上にわたり続いている”闘い”であり、その一応の答えとされてきたのが、1973年の「ロー対ウェイド」判決『人工妊娠中絶を規制するアメリカ国内法を違憲無効』とした、アメリカ連邦最高裁判所の判決です。

連邦最高裁判所は基本的に、下級裁判所が行った判決について、憲法に照らし合わせて合憲かどうかの判断する機関。そのため、以降は、”中絶は女性の権利”という1973年判決が下級裁判所をはじめ、長く広く大きな影響力を持ってきました。

この問題が今回、全米で大きな注目を集めたのは、前評判通り、最高裁判所が2022年6月24日、1973年判決を覆す判決を行ったことにあります。多くのメディアでは「中絶問題が”アメリカを分断する新たな火種”となった」と、報じています。ただし、この報道は正確ではなく、新たな火種であるのは、メディアによるインフォデミック(造語:誤報の蔓延により、正しい判断ができなくなる状況が社会に広がること)の方です。

この点を明らかにするために、今回の裁判の訴訟内容、そして、これまでの敬意を簡単にまとめると下記のとおりです。

2018年、妊娠15週目以降の中絶を事実上禁止する、ミシシッピ州法が成立
(医学的な緊急事態や「重度の胎児異常」に関わる場合の例外とするものの、レイプや近親相姦に関わる場合の例外は設けない)
  ↓
異議を唱えた裁判が起こされる
  ↓
第5巡回区控訴裁判所などの下級裁判所は、1973年判決を元に、同法が違憲とし、州法の施行を阻止
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最高裁が1973年判決を元にした第5巡回区控訴裁判所の判決を覆す←イマココ

1つ目の誤報:トランプ大統領が国民分断を招いたような印象操作

第一に「6月24日の判決で、中絶問題が”アメリカを分断する新たな火種”となった」と、メディアは報じていますが、これはいつものようにメディアの”極左的視点”からの報道で、”プロ・ライフ派(中絶反対)”と”プロ・チョイス(中絶は女性の権利)”派の対立は、判決が出る前、もっというと、裁判が始まる前からずっと続いてきたものです。2011年以降、各州で成立するに至った中絶規制法案は、480以上もあるといいます。

さらにメディアとしては、その対立の原因をまたもやトランプ大統領の責任にしたいようです。『判決にはトランプ大統領の残した”悪”影響が・・・云々』と報じているメディアもあります。アメリカは、憲法解釈の仕方により、判事にも、保守派とリベラル派がいます。ただし、厳密にいえば、これは政治の保守、リベラルに当たる共和党とリベラルとは異なります。

アメリカ連邦最高裁判所の、保守派判事とリベラル判事:
アメリカの裁判所の判事にも、保守派とリベラル派が存在します。ただし、この保守派とリベラル派は、政党の保守・民主とは直接的な関係はなく、憲法の解釈の違いから区別されるものです。

保守派:憲法が設立された当時の考え方を重視し、より忠実な憲法解釈を行う
リベラル派:憲法に忠実である中でできる、可能な限り広い解釈を行う

とはいえ結果的に、思想的には保守派判事は共和党、リベラル派判事は民主党と近いものになりますので、それぞれに有利な判決を行う傾向にあります。

最高裁判事の任命は大統領が行うことになっていますが、上院の承認が必要です。また、一度任命されると終身雇用となりますので、ご本人がお亡くなりになるか、引退表明するまでは辞めさせられるということはありません。これは解任の心配をすることなく、自らの任務を全うするための配慮だといえます。

”トランプの悪影響が出た判決”とメディアが唱えるのは、現在の最高裁判事9名中3名の指名を行ったのがトランプ大統領だからです。最高裁判事は終身雇用制ですので、1人の大統領が3人もの判事を任命する機会に見舞われたというのは、異例なこと。ただし、大統領が指名しても、上院の承認がなければ、判事となることはできません。

  • 3人指名の機会があることは異例だが、法や制度に基づいて行ったもの

  • 上院の承認を得た人事である

この2点から、メディアの批判は適切ではありません。

実際、これを最も理解しているのが民主党陣営で、中間選挙や2024年の勝利が危ぶまれる中、高齢のブライヤー判事に引退を勧めた(保守党政権時に亡くなり、リベラル派の判事をこれ以上減らさないように)という話も出ています。ブライヤー判事の後任は、”若い””黒人””女性”という枠で選んだと政権自らがアピールした、リベラル派のケタンジ・ブラウン・ジャクソン判事。

「トランプ大統領がプロ・ライフの多い福音派クリスチャン支持者層の心を掴むために、中絶反対の判事を指名した」と、メディアは批判しますが、若年、マイノリティ、女性の各層の支持を取り付けようとアピールした現政権のことは絶賛していたわけで、ここにもいつものダブスタが健在です。

ここでメディアの論調の違和感を説明するのに、語らずにはいられないのは、トランプ大統領が指名した、3人目となるエイミー・コーニー・バレット判事について。彼女が最高裁判事に就任したのは、2020年大統領選直前の9月。リベラル派のルース・ベイダー・ギンズバーグ判事ががんで亡くなられたことを受けての後任人事でした。

その後、11月に行われた大統領選挙では、バイデン ジャンプやゾンビによる(死亡した人による)投票を始め、”史上最大規模で、広範囲にわたる不正組織”(バイデン大統領の発言、民主党は言い間違えと主張)によるものなのか、不思議な現象が多数、起きました。不正選挙に関する目撃や体験をもとにした宣誓証言が全米各地で多数行われていたものの、不正選挙が酷かったと言われる4つのスイングステート(どちらの党も勝つ可能性のある州)では、これらの勇気ある宣誓証言がなかったものとされ、不正を揉み消すかのような確認作業が行われたという不信感が保守派の中で広がりました。選挙が公正に行われたかどうか確認するべきという、テキサス州を始め最高裁判所に訴えを起こしたのですが、この時の最高裁判所は、「原告が適切ではない」というとても納得のいくものではない理由で、審理を行うことすら拒否し、訴訟自体を却下しました。この時に却下に投票した1人がバレット判事です。

現在の最高裁にトランプ大統領の影響が及んでいるのであれば、まずは2020年の不正選挙をめぐる裁判で、審理もせずに、訴訟自体を却下するようなことはなかったでしょう。メディアは保守派優勢である現在の最高裁のあり方に懸念を評していますが、逆にいえば、LGBTQの権利等を認めるリベラルな判決は、リベラル判事が優勢だった時代に出たもの。つまり”どちらよりだから良い悪い”ではなく、「現行のアメリカの裁判所の仕組みでは、判決にはこのような傾向が出ますよ」というにすぎないのです。

2つ目の誤報:中絶の是非そのものを問う裁判ではなかった

今回の裁判は、中絶そのものの是非を問うものではなく、「妊娠15週目以降の中絶を事実上禁止する、ミシシッピ州法に対して、違憲とした、第5巡回区控訴裁判所などの下級裁判所の判決」について却下し、さらにその判決の根拠となっていた、『中絶規制は違憲』とする1973年判決を覆したものです。

もちろん、今回の判決が今後出てくる中絶裁判に、結果的に大きな影響を力を持つことは事実ですが、最高裁は、国民の意見が著しく対立する中絶規制問題について、議論を国民に選ばれた代表に戻すということも言及しています。

アリト判事文書:1973年判決を覆し、国民の代表に議論を戻した理由

今回の判決に至った経緯については、意見書を取りまとめた、アリト判事の文書似てわかりやすく説明されています。

アリト判事は79ページに及ぶ意見の冒頭で、中絶はアメリカ人の見解が大きく対立する深遠な道徳的問題と指摘した上で、憲法は中絶について全く言及していない点を強調。
また、最高裁は、憲法に明示されていなくても、適正手続き条項によって保護される憲法上の権利をいくつか認めているものの、中絶する権利はその一つではない、とも判決理由を述べています。その理由として、「とりわけ裁判所はそのような権利がわが国の歴史に深く根ざしている ことを要求してきた」と指摘。しかし、「20世紀後半まで、アメリカの法律には中絶する権利の裏付けはなく、実際、ほとんどの州が中絶を犯罪とみなしていた」とアリト判事は指摘する。
「最高裁の1973年判決は中絶の権利を確立し、最高裁には先例拘束力の原則(裁判所はやむを得ない理由がない限り、過去の判例を覆すべきではないという考え)があるものの、判決が著しく誤っていた場合、これに縛られるべきではなく、1973年判決は覆されるべきだ」とアリト判事は続けた。さらに、アリト判事は、中絶の問題はこの判決の代わりに、「国民の代表での議論に戻されるべきだ」と結論づけた

https://www.scotusblog.com/2022/06/supreme-court-overturns-constitutional-right-to-abortion/
より抄訳

つまり今回、「中絶規制は違憲」とした理由は・・・:

  • 憲法は中絶の権利について全く言及されていない。

  • 適正手続条項によって保護される憲法権利は、アメリカの歴史に深く根ざしている権利でなければならない(20世紀後半まで”中絶は犯罪”とされていたことから、歴史的な裏付けができない)。

アトリ判事は、”中絶は違憲”という言及はしていません中絶は違憲とした1973年判決が誤りであったため、誤った判決は修正すべきであり、この議論は「国民の代表に戻されるべき」という結論を出しています。つまり、各州ごとの判断を尊重するというものです。ここは、アメリカの民主主義を理解する上で、重要な点だと思います。植民地からの独立という歴史を持つアメリカは、大きな政府を求めません。これはワクチン接種の義務化の際にも、ポイントになった点ですが、外交等、一国としての統一見解が求められるもの以外に関し、アメリカでは各州の判断が重視されます。

1973年判決とは何だったのか?

判決がでた時代的な背景

1973年判決とは何だったのか?を理解するためには、この判決がが出された当時のアメリカについて知ることが重要です。この判決が出る少し前の1960年代後半のアメリカでは、従来の価値観や性的モラルに対抗するカウンターカルチャー、ヒッピー・ムーブメントが起こりました。その1つがフリー・セックスです。

”従来の価値観や性的モラル”により、1900年頃のアメリカは、ほぼ全ての州で中絶は禁止されていたと言います。避妊は100%成功するものではないことを考えると、フリー・セックスを実現するためには、中絶の規制が邪魔になります。

また、1960年〜70年にはもう1つの大きなムーブメントが女性たちの間でも起こりました。女性たちによる女性解放のための運動、「ウィメンズ・リブ(Women's Liberation)」です。

これらのムーブメントの中、行われたのが1973年判決です。「妊娠を継続するか否かの決定は、アメリカ市民としての身分の広範な定義が盛り込まれた憲法修正第14条に規定されているプライバシー権に含まれる」ということから、中絶規制は違憲と判決。

アメリカには、先例拘束力の原則がありますから、この判決を受け、中絶禁止法は概ね廃止されたと言います。今回の判決が、保守派色の強い最高裁の影響を受けたものというのであれば、1973年判決は、リベラルのビッグウェイブを受けた判決と言えます。

アメリカに対する誤解

しかし、この判決を受けて、アメリカの中絶をめぐる論争が終結したわけではありません。私もアメリカに住み始めるまで勘違いしていたことですが、自由奔放な印象の強いアメリカですが、実はかなり保守的。
これは2016年に、メディア全体や多くのアメリカ評論家が、トランプ大統領の当選を外したことにもつながります。アメリカ人はアメリカが一番であり、アメリカ以外への関心が薄く、そして、昔からの価値観を大切にしたいと考えている人が意外に多かった現れです。

ただし、自分が保守派、ましてやトランプ大統領を支持すると公言する”エリート”は少数派。最先端分野でキャリアを積み、多様性を認められるスマートさがあり、誰からも尊敬されるべき人物であるためには、リベラルを名乗る方がわかりやすいからです。とは言え、内心では、古き良きアメリカから変わらないでほしい・・・だって、アメリカは世界一の国だから・・・・という感じではないでしょうか。

世論調査等をもとに、今回の判決は民意とは違うと報じているところもあるようですが、果たしてそうでしょうか。7割のアメリカ人はクリスチャン。クリスチャン的な思想はアメリカのあらゆるところで感じられるものです。とは言え、カリフォルニア州やワシントン州等の、リベラル州の中でも極左に位置づけられた州では、引き続き中絶規制は行われないのではないかと思います。というのも、それが州の決定であり、今回の最高裁がもとに戻した、アメリカ民主主義の元々の形であるからです。


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