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うちのママの場合 認知症と発達障害のママの介護

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発達障害のママが認知症に。。。 戸惑い 混乱 怒り 涙 笑い 切なさ 葛藤の全部をhsp疑惑のフルタイムワーカーが綴るワンオペ記
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#毒親

そして泳ぐ豚カツ

たまにはママの好物を!と思って豚カツを買って急いで帰った。 外出形跡、なし トイレ使用、あり ご飯、完食 ママ、居ない?? ママは寝床にいて座ってた。 ちゃんとご飯も食べてたし、トイレも無事、少しだけ残したシメジと豚肉の炒めをちゃんと完食して貰ってから、晩御飯。 豚カツを温めて、卵とツナでオムレツ作って、サラダを作って野菜もね(*´▽`*) 帰宅後15分で食卓へ。まるで1人運動会。 ママご飯!食べよう! 今夜はここでママのアノ癖が出た。 豚カツを箸で摘みマグカップのお

トケイナラ マタウゴク

ここのところ腕時計の秒針が スキップみたいに回ってた。 タタっタタっ! ん?なぜ60歩進まず、30歩で一周しようとする。。。秒針よ、やんちゃだな そう言えばそろそろ電池交換かな、と思っていたが月曜の朝、4時10分で止まっているのを発見。 そうか今日だったんだ、と会社に動かない時計を連れて行った。帰りに電池交換しよう。 止まる前に替えておけば良かった、と思いながら 時計なら電池交換でまた動く。 トケイナラ  デンチコウカンデ マタウゴク この事が心にズキッと来た。

唯一の私と那由他のエキストラ

読んで下さる皆さんへ いつもスキやコメント、フォローをありがとうございます。(*´▽`*) 本当に嬉しく、励みになり勇気となって続けていられると思ってます。 心から感謝してます。 梅雨時、お身体大切にされてください! 今朝ママは眠っていてその隙に出勤した。昨日からのひんやりにやっぱり、ぐずついた体調と週末まであと少し。 そつなくこなすような振りして終業時刻を待った。えへ(*´▽`*) 魔王は今日もディクテーター通常運行、しれっとさぁ帰るぞ! 自宅階のエレベーターのドア

私が何に怖れているか解った

朝晩の気温差、晴れる程帰宅した頃に吹くひんやりした風。 昼中の熱い日射しには夏を思い出すのに、 今朝は足元が寒くて起きた。 水無月とは言えまだ乾いた空気は日没後に冷えて来る。 頭痛がして会社でバファリンを飲んだ。 何となく、絶好調とはならない体調。 朝ママは寝ていてご飯を置いて出勤した。 そしてエレベーターが止まり、部屋の前に向くと少し覚悟する深呼吸をひとつ。 玄関、突破された気配なーし。 トイレ、お?使った形跡があーる。 ママ!リビングに座ってテレビ見てる♪ OK、い

結局、現在は未だ過ぎず

今日は昨日のことが心配ながら いつもの仕掛け 『トイレのドアを開け便座も上げておく・玄関ドアにストッパーを置く』 に加え、洗面所が見えないようにレインコートを掛けておいた。 昨日のことはこちら 心配だけど会社に行かなきゃならないし、ずーっと見てる訳にも行かない。なんせワンオペ介護真っ最中なのだ。 会社に行ったらパワハラのようなサイコパスのような発言が特徴の魔王が、この世は自分次第みたいなことを言っていて 幸せな人だな♪と思った。 いつかこの人に本当の幸せを感じる瞬間が

気持ちの種類

リアルタイムでテレビを観ずに録画してから観ることが増えた。 興味は私の気持ちと同じく振れ幅が大きくて此処のところ録画したものは。。 ドラマ  BELIEVE  アンチヒーロー ライジング若冲 TOKYO VICE Season2 バラエティー 日曜日の初耳学 行列のできる法律相談所 北野誠のおまえら行くな ロンブー亮の釣りならまかせろ!にっぽん縦断こころ旅 アニメ 龍族 死神坊ちゃんと黒メイド  歴史教養 庭は一幅の絵画である足立美術館 浮世絵EDO LIFE 英雄た

確かな記憶

ママはいつも、して貰うことを期待している。面倒くさいこと手間がかかることは不得手で避けながら生きてきた。 して貰って当たり前でして貰えなかったらそのままにしておく。 それは発育環境が誘導したんだろうと思う。 両親は商売で忙しく、年の離れた兄弟たちが多くお姫様みたいな扱いだったから自動的にそうなったんだろうと思う。 私が母と叔父叔母に会った時も、そう感じた。 ママちゃんはしょうがないねぇ、と40才を超えても言われていた。なので何かあるといつからか法事などの親戚の集まりで九

連休の憂鬱

金曜日は半休で、ママの運動に2日連続で行った。そして折角の時間、やりたいことを書き出していたけど出来てない。 またママが悪魔化している。 少しだけ。 穏やかで過ごせる時がママの状態に左右されている。自分自身の問題の筈が視界に居て、直角の隣に座っていて絶えず私を見てくる。 察して、の目で。 ママの認知症が発症してから気付いたことの幾つかが大人になってから判ったことが結構ある。 ママは過干渉でもあった。 何かしようとするとママの思考での結論を言う。 真っ直ぐなフェアな意見

本当のキモチ

うちのママの場合、というタイトルとタグで同居する母親の発達障害のキャラクターと認知症のことを書いている。 近所の方にはママの行動や言動から、それとなく知られているが、迷惑をお掛けしたにも関わらず、皆さん温かく見守ってくれていて感謝しかない。 それでも、 ママが認知症になったことを私の周り、友人達には1人しか言っていない。 ママを知る人に、変わってしまったママの現状を知らせる事への抵抗がどうしてもあるからだ。 話したのは1人に、身内は兄弟と従兄弟で合計3人。 これだけ認知

無邪気は罪

帰宅する直前、玄関ドアを開ける前に私は一旦立ち止まる。 今日はどんなだろう。。。と。 今日は 外出形跡 なし トイレ形跡 ドアは開けてあり鍵が出てた ママの位置 !!! 私の椅子に座っていて、リビングドアの前にママの椅子がこちらを向いている。 何があった。。? そして 私の椅子に座る位置に隠して有った頂きもののマドレーヌは食べられ、朝用意していったご飯は残っていた。 どうしてそういうことするかな… 時間がない中、この気温でも傷まないよう気を付けた食事とピサパンは残さ

皐月第2日曜日の花束

こうするものだ、という固定観念が強い傾向にあるということは最近になって判った。 案外、自分のことは自分が一番知らない。 誕生日は祝うものだ、母の日や父の日は花や酒を贈り、感謝するものだ、というのも 初給料には両親に何かプレゼントするものだ、ということも。 同じDNAを持つ兄弟はそんなことしてなかったが私にはそれが不思議だった。 そのうちママを旅に連れ出した。 あちこち、あちこち。 満足そうな顔を見ると親孝行してる気分になった。 少しずつお小遣いを貯めてカーネーション、

もしも願い事が無くなるなら

小さい時は 早く大きくなりたかった ガラスケースに立つロングドレスの人形がホントの母親なんじゃないか、 って思ったこともある ママに怒られると 今思えばママが20代前半で私は生まれた 私のその年頃は自分に必死だった 時代も街も違うけど だからって ママが私にしたこと言ったことは 正当化して欲しくない あれは 愛情で包んだ自己愛でしか無かったから 常に、ではなかったけれど 自分が楽をするために 自分の手間が減るために 自分の得になるように そうしたから。私のためを思う

現在地までの地図

うちのママの場合、 生まれつき個性的な性質の為、認知症のカタチになりつつあることはすぐには判らなかった。 社交性のある人は分かりにくい傾向があると、初診のドクターに言われた。取り繕うことが出来てしまうので近い人ほど気付き難いとも言われた。 元々、なんでそういう事をする?という事が多すぎた。発達障害の特徴的キャラクターでもあったのだ。 柔軟剤の容器にマジックで漂白剤と書いてあったり(怖い怖い…)味噌の容器に別の食材を入れていたり、しかも同じ容器が並んでいたりした。 様々

ため息の刹那

ここのところ、 ママは穏やかに過ごしている。 要介護2。 穏やかに、というのは私の主観で本人がどう思っているのかは会話が成立しにくくなった今、推定でしかない。 例えば、トイレを失敗しないように 定期的に連れていくことで、後片付けの作業や洗濯は減った。 それでも、うっかりしていると 失敗未遂がある。 掴みかかってきて殴られたり、指を捻り上げられたり、引っ掻かれることはここのところない。 運動には送り迎えしているが、マシンでの運動を拒否するためコーチの腕を払ったり、叩い