夢から覚めて(三題噺)

涙、枷、体温計

絶対に熱が出ているから、体温計は使わない。
私はぼんやりとカーテンから漏れる朝日をみながら、布団をかけなおした。
こういう苦しさから逃れるためには、眠ってしまうのが一番良い。そう考えながら再び目を閉じて大人しくしていると、また眠くなっていく。

夢の中で私は手に枷をつけられていて、石造りで殺風景な薄暗い部屋にいた。一つだけある小さな窓から覗くと、地面は遥か遠く、ここは塔の上のようだった。部屋には特に物はなく、ひんやりとする地べたに私は裸足で立っていた。扉はないが出口があり、廊下へ出ると下へ続く階段がある。
もう一度部屋に戻って、枷が外れないか少し触ってみるが、頑丈で外れそうもない。叩き割ろうかと何度か壁に叩きつけて見たが、手が痺れただけだった。さて、困ったなと思いもう一度考えてみる。とりあえず下に降りて地上に出られないか探ろうと思い、私は部屋を出て階段を降る。
階段を降りていると、私の影が話しかけてくる。
「罰なんだよ。大人しく受けていればいい」
「なんに対しての?」
「あら。覚えてないのね」
質問で返すと影は意外そうにそう言って少し考え込む素振りを見せた。
「まあいいんじゃない。そのうち思い出すでしょ。多分」
「教えてはくれないのね」
そうして、一階下に降りる。
この階にもさっきと同じように殺風景な部屋があるだけだ。しかし、部屋に何か紙の束が落ちているのを見つけた。
それを見ようと歩み寄って拾い上げると影が「みらんがいいかもよ」と言うが構わず見ると、自分宛の手紙のようだった。

手紙を読んで、込み上げてくる吐き気を抑えられず、私はその場で吐きまくった。影が「あーあ、だから言ったじゃん」とでも言いたそうに不満げな顔をしながら私の背中をさすった。手紙の内容は私の癖、私に直して欲しいところ、送り主にはその気になれば私を殺せるということなどの内容が細かく書いてあった。
吐いてしまえば少し落ち着いて、クラクラする感覚は残るがまた立ち上がった。

そしてまたふらふらと階段をたどり、また一階下に降りた。そこは、家具などきちんと揃っていて、私が普段生活している部屋によく似ていた。
部屋に入ると、普通の部屋なのだが、一つだけ異様な雰囲気を醸し出している血塗れの包丁があった。試しに握ってみると、自分の手によく馴染んで、これは自分のものだと確信した。
「私はあの手紙の送り主を殺したのか」
影にきくと「ご名答」と言われ、「そうか」とだけ返事をした。
しばらく頭を掻いて考えたが、もういいや、と思い、私は階段を登って引き返す。
「さっきは『罰なんだよ』なんて言ったけど、一応出ようと思えば出れるよ」と影が言うが、「いいんだ」と言ってまた最初にいた一番上の階にもどる。
迷わず小さな窓から無理やり身を乗り出して、頭から落ちていくと、枷が嘘のようにぼろぼろと崩れ、私の体は爆弾へと変化し、地面にぶつかるときに塔ごと壊してしまった。

心臓が苦しいほど強くなって私は目覚めた。ぼたぼたと涙が枕に落ちる。意識がはっきりしてくると、現実では私はまだ相手を殺していないことを思い出して安堵した。そして、それでも落ち着かない心臓を止めるため、私は包丁を自分の胸に突き立てた。


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