変換人と遊び人(19)(by フミヤ@NOOS WAVE)
面白きこともなき世を面白く②
~“遊び”概念のフラクタル性に基づくネオ「ホモ・ルーデンス」論の試み~
さて、それが思考を含む日常的全営為の根幹となるように「死」を意識化(前稿参照)してきた結果、日々の生活がどう変化したかといえば、表面的にはなにも変わらない。願望が成就したり家庭が円満になったり葛藤から解放されたりということは一切なく、もちろん急にモテだしてロマンスを引き寄せることもなければ、厳寒の冬はもとより炎天下の真夏も懐中にやどり続けるシベリア寒気団が去っていくこともなかった(笑)。
しかし、意識はひっくり返った。反転したのだ。「おおー、もしかすると、これが意識進化ということ?」と思うほど、ひっくり返ったのである。
ひと言でいえば、「死」は恐れの対象ではなくなったということになろうか。これまで長きにわたって意識の奥底に潜んでいた、無条件に「死」を畏怖する心もちが消失した、というと大言壮語のように聞こえるかもしれないが、これは本当のことだ。むしろ、「いつ死んでもいい」「死ぬのが待ち遠しい」という思いさえ湧きあがることがあるだけでなく、「生」が「死」に支えられていたこと、「死」あっての「生」だった!ということが強烈かつ鮮明に実感されるようになったわけだが、とにかく意識がひっくり返ったのは間違いない。そんな認識( and/or 感覚)が指し示すところはなにかと考えれば考えるほど、ナマイキだが、存在論的死生観のようなものに辿りつく。それをできるだけ明快に説明したいと思うのだが、残念ながら我が筆力には限りがあり、思うようにはいかない( ノД`)
そこで、以前からまさに「我が意を得たり」と感じ入っていた文章をお借りして、ここに引用することをお赦し願いたい。「さて死んだのは誰なのか」「私は誰でもない(わたくし、つまりNobody)」などの刺激的フレーズで知られる池田晶子女史が、逝去の約一カ月前に遺した口述テキスト(結果的にこれが同女史の最期の仕事になった)からである。
生死とは何かということを正確に考えていくと、生死というものを超えてしまって、この言い方が伝わるかどうかわからないのですが、存在するということ、そのもの、になっていきます。生死を超えた存在、というものに近づいていくことになります。(『死とは何か』より)
アカデミズム領域の哲学者でこそないが、生涯をかけて「哲学した」という意味において真の哲学者だった(と私はみる)池田女史はおそらく、「死の哲学」を晩年に構想した田辺元と同等またはそれ以上に「死」を思考し続けた。そして2007年1月に上記を口述した後に病院に搬送され、その翌月、まだ四十代の若さで他界した、あたかもそんな存在論的死生観に到達するのが彼女にとってゴールだったかのように・・・・・。
というわけで上記テキストは、普通の散文形式ではあるが、女史が最期に自らのそれこそ『考える日々』を凝縮して詠んだ辞世だったように、私には思えてならない。
他界して「生死を超えた存在」となった女史はさらにこんな一文も遺しているが、これも「わが意を得たり」である。
「死の豊かさ」とは、これを思索する者の実感である。(『人生は愉快だ』より)
生前の池田女史には、おそらくヌーソロジーとの接点はなかった。にも関わらず、「奥行き」「持続空間(純粋持続)」などのヌース概念にそのまま重なる「死の豊かさ」という表現が用いられていることに驚くのは私だけだろうか。女史はヌースを介することなく、自らの思考のみによって「死の豊かさ」を実感していたことになるのだから・・・・・・。いまのこの世の中、ヌースを知らずして、はたしてどこの誰が「死の豊かさ」などと表現し得るだろうか(奇をてらうのがお好きな御仁は別として)。
じじつ私自身、ヌーソロジーに接する前から女史の著作に惹かれていたものの、たとえば上の引用にある「生死を超えた存在、というものに近づいていく」ことを具体的に描像するには至らず、また「死の豊かさ」を実感することもかなわなかった。それができるようになったのは、ヌースを介して意識をひっくり返せたからこそ、なのである。その意味で、すでにヌースに接している私たちは、よほど恵まれていると思って差し支えないのではないだろうか。
さて、上述したように「死」の意識化によってはからずも意識を反転させた私の日常的営為は、これまで経験したことのない底なしの安堵あるいは果てしなき安心感ともいうべき感覚の下で営まれることとなり、今日に至っているというわけだ(繰り返すが、表面的にはなにも変わらないw)。そしてあらためて思うのは、こうした無限の安堵、安心感は、自分自身(ハイデガー的には“現存在”)が日々を生きるに際して、他のなにものにも代えがたいほどありがたいものだということ。
しかし、私のそんな内的経験がはたして意識進化といえるのかどうか、そしてそれが変換人型ゲシュタルトに紐づくものかどうか、はたまたオコツトのいう「生きながらにして死後の世界に入る」(前稿参照)という行程の第一歩たり得るのかどうか・・・・・・については、まったくわからないとしか言いようがない。少なくとも我が身の経年劣化による意識退化現象でなければいいのであって(笑)、それがわかる必要はないだろう。
いずれにしても、以上のような内的経験は、前稿で述べたヌーソロジーの有用性を自ら検証したことになるだろう。そしてこれこそ、私が自信をもって「ヌーソロジーほど実生活の役に立つものはない」(序①参照)と言い切れる根拠なのである。
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