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すぐにも会いたいが、タバコはやっぱりやめておく

すでに俺は60歳手前、アラカンと呼ばれる歳になってしまった。親友フジも同じ歳だ。生きていれば……。

フジと初めて会ったのは大学1年のとき。サークルの部室だった。二人とも自宅から通学できる距離で、路線は違うものの方向が大体同じだったこともあり、地元あるあるなんかで意気投合した。
クイズ好きなところでまず話が合った。野球、アニメ、三国志においてはフジの知識にまったく敵わなかった。逆に洋楽はほとんど興味のないフジだったが、ニューミュージックやアイドル歌謡では話が弾んだ。ザ・ベストテンをはじめとした歌番組全盛期で「また筒美京平の曲だぜ。すげーな」なんて話をしていたっけ。
フジに伝えなくては。
「筒美京平さん、令和2年に亡くなったんだぞ」って。
平成は終わり、令和になったことも知らないよな。

当時大学生のフジも俺も、運転免許はすぐに取った。先に自分の車を買ったのはフジだった。中古のホンダ・シティだった。羨ましかったなー。
ちょっとした沈黙のときにクイズ好きのフジが出してくる「トヨタのC当て」問題に付き合っていた。
これはなんのことか説明が必要だろう。トヨタ自動車の車種名はCROWNクラウンCORONAコロナCARINAカリーナCOROLLAカローラCAMRYカムリなど冠シリーズが伝統でアタマにCが付く。これが冠と関係のないほかの車種にいたっても、CENTURYセンチュリーCHASERチェイサーCELICAセリカなどいとまがない。それを元にしたクイズまがいのゲームをフジは唐突にふっかけてくる。
「今、俺が思いついたトヨタのCを当ててみろ」と言うのだ。
実にくだらない。正解は問題を出す側のさじ加減一つだ。だから外れてもどうということはない。当てたらなぜか嬉しいが、かといって何があるわけでもない。なんの生産性もないことをして時間潰しをしていた。
フジに俺から出そう。
「トヨタのC、さらに増えて難しくなったぞ」
いや、そんなことより免許取らない人が増えてるってことやガソリン車だって無くなるって知ったらがっかりするだろうな。

フジは一年留年したので、俺の方が先に就職した。当時糸井重里さんを筆頭に広告クリエイターが脚光を浴びていた時代だった。流行りに乗って俺は広告代理店を選んだ。先に社会人生活を始めた俺はフジに「今こんな仕事をしているんだ」と近況を話していた。「俺も広告関係に行く。あんどうが格好良く見えたから」と言われたときは、俺みたいな人間でも人に影響を与えられることがあると気付かされて嬉しかった。一年後、フジもそのとおり広告業界に進んだ。
残念だがもう広告やマスコミ人気の時代じゃない。
「フジ、今はIT系か手堅い公務員だよ。小学生にはユーチューバーが人気らしいけどな」

フジも俺も家庭を持った。そして俺に待望の長男が生まれるちょうど西暦2000年、タバコをやめた頃、会社から東京転勤の内示が出た。その転勤は数年したら戻れるような人事異動でなく、支社には営業職だけを残し制作職を本社に集めるというものだった。
フジが中心となって大学の連中を集めて送別会をしてくれた。フジから黒い革製の名刺入れをもらった。定期券も入るやつで「Paul Smithポール・スミス」のロゴが入っている、フジらしいセレクトだ。

「フジ、今でもあのポール・スミスの名刺入れ、使ってるよ」
もらってから23年も経つっていうのに。

ある意味、今生こんじょうの別れのように送り出してもらった本社行きだったが、愛知へ戻ることを決めて5年後、転職して戻った。
その何年後だろうか。フジが肺ガンになったのだ。
いつものように安い居酒屋で呑んでいるときにフジが意を決して話してくれた。
「会社で毎年受診している人間ドックでガンが見つかってさ」
「え!? 去年は何も引っかからなくて?」
「そう」
「ほんとに肺ガンなのか? お前タバコ吸わねーじゃん」

それからフジは会社を休職、入院闘病生活が始まった。何度見舞いに行っただろうか。最期に会った日は雪が降った翌日だった。5階の病室からまだ雪が舞う白化粧した名古屋の街がよく見えた。ベッドの脇に立ち、遠くの高架を走っていく小さな新幹線を目で追いながら、「そういやお前とどっか行ったのはスキーのバスくらいだよな。退院できたらスキーでもどこでもいいから、電車で旅行しようぜ」と言った。
「おう。行こう行こう」

その数週間後、フジは亡くなった。2011年3月、49歳の若さだった。

フジにひとこと言わずにはいられない。
「タバコと肺ガン関係ねーなら、俺、またタバコ吸おうかな」

きっと「たーけたこと言うな。急がんでもまた会えるで」とでも言うんだろう。

「よし。それまで一日でも長く生きて、こっちの情報ため込んどくよ」

《2023.5.1天狼院書店ライティング・ゼミ11本目 ◎10位

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