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【ソロジャーナル】RECIPE ON KMIYDISH PAPER・抜粋版まとめ

⚫️ 作品紹介

◾️ その土地の味もレシピも時代と共に変わってゆくのです / ジャーナリングRPG

「Recipe on Kmiydish Paper」は、ザ・スケルトンズのようなゲーム構造をしているジャーナリングRPG。何世代にもわたって受け継がれてきたレシピや、何十年もレストランの金庫に保管されてきたレシピ、謎の人物だけが知っていて調理しているレシピなどがあることは、誰もが聞いたことがある。レシピとその料理は、その地域の地理、政治、人々を映し出す歴史的な遺物として親しまれていた。PCはそのレシピとなり、姉妹都市を行き来し、様々な出来事を経てどのように変化を遂げるかを記録することになる。

⚫︎ 企画の経緯

National Novel-Writing Month」という1999年(何と初期は7月開催)から始まった海外の物書きイベントがある。イベントは11月の1ヶ月をまるまる使って10万字の小説執筆完了を目指すこと。この企画のルールの中に

  • 二次創作(ファンフィクション)もOK

  • イベント前日までに、プロットや資料の準備をしないこと

ということで、ジャーナリングRPGがこのイベントを支援する「小説執筆支援ツール」として2022年、2023年と紹介されている。私も端くれながらこのイベントにチャレンジして……あえなく玉砕している。

そのまま、未公開で終わるのアレなので(年末まとめで自分の記憶から抜け落ちていたこともあって)、全体の1/4からさらに抜粋してプレイログにしようと思う。プレイログにするならキチンと絵を描いておくんだったなぁ。


⚫️ RECIPE ON KMIYDISH PAPER・抜粋版

注意 >> 校正してませんので、読みにくい部分が多々あるかと思いますがご容赦いただけますと幸いです。これは肉料理編。他に保存食編、カクテル編、スイーツ編まであるんですよ。

◾️ プロローグ

僕が生まれた故郷は、シックス・スライヴァー (6つの都市が山岳地帯と不毛な戦場跡を包囲するかのように密集した場所)。中心都市は「ブルー・クミディッシュ」と「ローズ・クミディッシュ」という姉妹都市。

『ローズは化粧品とオイルで発展し、ブルーは世界最古の格闘技が続いている』

こんな感じ。

◾️ 僕について

僕の名前は「ドナシェル」だ。ブルー発祥のレスラー向け軽食。レスラーが立ったまま摘める食べ物の需要が高かったんだ。すべて食材になる豚、手間のかからないとうもろこし、じっくり時間をかけて煮た肉を薄皮パンで挟む……それが僕さ。

惣菜屋達は、“罪深き喜び”に熱中させたいって売り口上を歌うんだ

◾️ 僕の生みの親について

僕を発明したのは、オイルレスリングの興行に合わせて店を出していたカート売り。
自分たちの家で調理し、保温された籠に私を敷き詰めたのをカートに入れていたんだ。レスリングの興行に合わせて色々な地域を回ったことで、僕が認識されていった。酸っぱいソースと、豆のペーストを最後にかけるのが一番売れてる。

◾️ 1人目の料理人の物語

僕に手を加えた最初の料理人はウサデデ・スペリアと言って、「ブルー・クミディッシュ」の中にある少数民族の村の1つの相談役を務めていた。良い導き手というよりは、奸知に長ける方。つまりイタズラ好きのペテン師の類と言っても過言ではなかった。“魔法”と称した種も仕掛けもあるトリックを隠している。

そんな人物が、どうして僕に目をつけたのか? 食べる目的じゃないんだよ、儀式のためって言うんだ。繁栄・豊かさ・勝利を司る神のために、子供や捕虜の心臓を抜き出して皮膚を剥ぎ、肉を切り刻むのは人道に反するとか印象が悪い……という理由。今より古い時代は本当に、人を調理してたんだ。驚くことじゃないよね?

オイルレスリングを観戦しに来ていたウサデデは、僕を食べた後にパンに挟まっていたほぐされた肉や豆のペーストをじっくりと見た。そこから発想を得るなんて頭おかしいよね? 僕はそう思う。

ウサデデが僕の具材になる肉を煮込む光景を儀式に組み込んだ年、不幸にもシックス・スライヴァーにいくつかある小さな火山が一斉に噴火したんだ。断言するけど、ウサデデの儀式が原因ではない。けっこう長い間続いた噴火によって雨や風に火山灰が含まれるようになったんだ。

それと、僕が関係あるかって? まず、パンの材料であるとうもろこしが育ちにくくなったんだよ。この時代のとうもろこしは、そこまで異常気象に強くないんだ。それは、小麦や豆だって同じ。品種改良種が世に登場するまでは材料を大量に消費しないように、薄くて平たいパンの作り方が研究されていった。ときには焼いた動物の皮も代用されたこともあったけど、結局はパンに戻ってくる。

ウサデデがパンを気にしても仕方ないと思うだろう? ところが、彼らは生贄と称して料理した肉を売り物にしていたんだ。神に捧げられた物と同じ肉を食べることで、体内から浄化されると嘯いたんだ。そうそう、肉の材料に関しては、儀式の兼ね合いもあって異常気象で生息数が減ってしまっても動物の種類は変えられなかった。まぁ、高騰した分の金は、しっかりと信者に寄付してもらうように導いていたしね。

ただ不思議なことに、この異常現象での一番の変化は肉の味付けとして使われていた生の唐辛子やチリスパイスに対してアレルギーを出す人が増えた事。火山の噴火があまりにもショックで、味覚が視覚か嗅覚に置き換えられたのかもって僕は疑ったね? 色合いなのか、咳き込む感じが……火山を連想させた……とか? 火山灰は口に含んでも、まったく辛くはないのにね。

そんな人達が数百人は軽く越えて実在していたことで、僕を食べる人が少なくなる事に直結したっていうのは……とても悲しいことだった。そこで考えだされたバリエーションが、東南系のスパイスと焼き菓子などで使う甘味と清涼感のあるスパイスに変えたのである。赤色がかった肉が、飴色のような明るい茶色のような調理色へと変えた。これも、割と評判を生み出したね。

次のシェフが登場する前に、もう少しウサデデについて語っておくとしよう。正しくはシェフではない、この良い導き手というよりは、奸知に長ける“長老”は生まれつき長老の家系ではなかった。実際のところは……精肉屋の子供。でも、僕を儀式に組み込むように企てたときも、精肉屋としての誇りを持ち合わせてはいなかったんだ。だから、儀式の代わりとして利用することも思い出したんだろう。

言っておくが、僕は神様でもなんでもなく、料理のレシピだ。ウサデデの人生のすべてを覗き見ることはできない。僕に関わって、考え方を改めた瞬間はわかる。それは僕が引き起こした奇跡……と言っても過言ではなかった。きっかけは、カート売りの元で僕のレシピを学んでいるときのこと。ウサデデは、精肉屋の子供だったことや、肉を食べ物ではなく動物の死骸にしか見ることができず、解体することも料理することも苦痛で家を逃げ出した過去を告白した。

カート売りは、ウサデデの父のように怒鳴りつけた。そして、こう言ったんだよ。

「私たちは、弱肉強食の強者側ではないのだよ。では何者か? 命の橋渡し役なんだ。動物から預かった命を、人間が生きて人生を謳歌するための力とする源として繋ぐ者とも言う。頂いた命、生まれてからの動物の尊厳と共に、精肉屋や料理人にはすべてを使い切る責任が伴うのだ」

「“この死を無駄にしない”という決意が必要になる。小さな骨、1つにしたってそうだ。食料となった動物の肉を切ったからと言って、自分の尊厳が削られるわけではない。その動物の尊厳と命にに敬意を払う覚悟が足りないのだ。忘れてはいけないよ、命の橋渡し役は……肉ではなく、命を扱っているんだ。それを決して忘れてはいけないよ」


ウサデデは、その言葉で気づくことになるんだ。命への敬意をね。だからこそ、僕を利用した儀式は……誰もがイタズラでもインチキとも思わないんだ。黄金色に光り輝く外側とカリカリの内側を合わせ持つ肉は、まさに神々しいと言っても過言ではないしね。本当、素晴らしかった。


いよいよ、ウサデデと別れのときがきる。僕と出会って、100年が経ったんじゃないかな? 悲しい別れって感じじゃない。だって、ウサデデは100歳越えていたんだ。もう動物を解体することはできなくなっても、料理はすることはできたかも。でも、儀式も引退していた。

じゃぁ、料理のレシピは儀式として受け継がれたかというと……そうじゃない。技術や文化の発達は料理に頼らなくても、儀式を取り扱うようになっていた。じゃぁ、レシピはどうなったかというと……民族文化展覧会の代表に付き添ってきたレストランでの清掃係が、受け継ぐ事になる。展覧会の代表者には、料理ではく儀式に見えたんだろうね。100年という歴史はフィルターとしても根強いわけだ。

◾️ 2人目の料理人へのバトンタッチ

とある清掃係が見た儀式が、ウサデデが執り行う最後の日。見学者の中で掃除係だけが、それを料理だと見破ったわけだ。匂いと、神々しく黄金色に光り輝く外側とカリカリの内側を合わせ持つ肉、食べるという行為、すべてに魅せられた清掃係は、動物を解体できる自信は無いと口にしつつも、ウサデデを口説き落としにかかる。ただの儀式という手段であるという見識から始まったウサデデにとって、料理人という目線からの彼の言葉はとても新鮮だっただろう。

清掃人に命への敬意を教えつつ、ウサデデ自身も最後の学びを得たんじゃ無いかな? 儀式をしなくなった後に、さらに新たな学びが待っているんだから……僕という料理は凄いと思わない?

掃除係が命への敬意を十分に学んだとウサデデが納得した日に、レシピが清掃係の手に渡されることになった。

こうして、僕はレストランの清掃係と共に、新しい土地へ出向くことになる。

◾️ 2人目の料理人の物語

掃除係に連れてこられた新しい街は、掃除係の価値観に影響を受けているのか最初に覚えた印象は、共同の洗濯場が設置されている文明的な場所だという感想だった。大きな洗濯桶と、個別の金属製のタライ、叩き洗い用の石、擦り洗い用の板、「洗濯日」と決められた日には、湯沸かし番がいて、湯を使った煮沸洗いもしてくれるようだ。へぇ、食器専用の洗い場もあるのか。これなら、病も激変するんじゃないかな?

総合的に見て、文明がかなり発展しているように見える。しかし、発展しているからこそ……なんというか影を差している場所……暗がりが多い気がした。だからなのか、ウサデデが“長老”を務めていた町に比べて温かみが弱いような気がする。弱いと良からぬ存在(悪霊とか病とか)が寄ってきやすいから、洗う行為を“浄化”と見立てているのかもしれないな。

後は、握手の仕方がすごく独特なんだ。まずは左手同士で相手の手の甲・手の平を叩き合う。その後で右手で握手をするのだ。どんなに急いでいても、まるで儀式のようにどんなに身分が上の者でも欠かさない。

人間の習慣ってやつは不思議だね、本当。まぁ、ウサデデがレシピを覚えてから100年も経っているから……変化は必然か。

さてさて、この新たなレシピの保持者であるレストランの清掃係。名前をチャンキー・チェインというようだ。清掃係だけあって、主に夜働いている。まずは、務めているレストランで皿洗い。その後で契約している複数店舗の店内清掃をこなしていた。どのレストランでも、賃金が安くなる代わりに掃除前の厨房を使わせてもらう契約をしていたらしい。材料はもちろん自前で、塩の一粒だって店の食材を使用してはいけない、あくまで厨房の機材を使わせてもらう……という契約。ときには掃除係仲間にも腕を振るっているそうだ。そういうときの代金は、ジュースや炭酸水になる。酒は仕事前だからダメなんだってさ。真面目だねぇ。そうやって料理の腕を磨き、ときにはカート売りのような真似事をしていた。そう、僕の生みの親でもあるカート売り。何の因果だろうねぇ? とにかく、チャンキーは清掃員・料理人・売り子という視点を見事に融和させていった。それがウサデデを音負けさせることにもなるんだよね。

チャンキーが皿洗いとして、一番長い時間働いているのは「ナーム」というレストラン。僕から言わせてもらえれば、“味”よりも“香り”を、“現代風”よりも”伝統”を重んじるタイプだ。僕? 僕が属するのはもちろん“伝統的”だよ。……多分ね。

「ナーム」が面白い点は、そんな“伝統”を重んじる中に1日だけ“現代風”のレストランに様変わりする日がある。それが洗濯日の前日。レストランというより……実験室と表現するのが正しいんじゃないかな? そこでは、伝統料理をいかに生まれ変わらせるかを研究していて、それを「実験作だから」という理由で安く提供しているんだ。僕もそのうち実験室で扱われたりするんだろうか? まぁ、まずはチャンキーがレストランの人たちに、僕を認めさせる必要があるんだけどね。


新しい町での最初の1年は、変化は緩やかだったかな。僕は掃除日に料理されて、最初はチャンキー自身が試食を繰り返していた。そのうち、掃除係の同僚が目をつけて試食にありつき、カート売りとしての準備が整えられる。チャンキーは何を思ったのか、深夜にカート売りを始めたんだ。まったく、どこまで生活リズムが崩れているヤツなのだろう? まぁ、掃除係が本来の仕事だから仕方ないのかな?

そして、いよいよレストランに僕が知られることになる。……ただし、悪い状況でだ。チャンキーが契約を破っていると騒ぎ立てられてしまったんだ。偶然、深夜のカート売りで僕を買ったレストランのシェフが「店のスパイスを盗用している!」とね。きっと難癖を付けて、僕を盗もうとしたんだろうね。事実、シェフはそのように行動した。このシェフは技術はあるのだろうが、料理のレシピについて何も思い入れを持っていない。主に“伝統”を重んじているこのレストランでだぞ? シェフがそういった態度をするもんだから、誰もが僕のことを“盗人の肉料理”だと思い始めた。僕の声がチャンキーに届くとしたら、1秒でも早くこんな店なんて辞めてしまえって進言しただろうね。

とうとう、チャンキーの心が疲弊し始めたときに事態は急転したんだ。シェフの親……レストランのオーナーの登場ってわけ。小さい頃に、僕を食べたことがあったらしい。僕を試食して、目を瞑って僕の歴史を紐解いて見せた後でシェフである自分の子供にこう言ったんだ。

「お前は、シェフのくせにどんなスパイスが使われているか舌の上で区別できないのか? 味の深みと重なりの中に物語を見出せないのか? お前の舌で理解できるのは金勘定だけなのか?」

オーナーは、このレストランに置いてない東南系のスパイスをすべて言い当てた。親に煽られることになってしまったシェフの答案用紙についた点数は、もちろん0点。きっと塩と砂糖の区別だって付かないんじゃないかな、こいつは?


「味もレシピの物語も読み解けないのにシェフを騙るとは、お前こそただの盗人だ! 私のレストランに泥を塗っているのはお前だ!!」


オーナーは烈火の如く怒り狂い、ケジメとして自分の子供をクビにしたんだ。料理人の席が1つ空き、チャンキーに末席に加わるのはどうか? という驚きの提案がされるわけなんだけど……チャンキーは今まで通りの契約が良いと断るんだよ。本当、何を考えているんだろう?

そうして、チャンキーに暫くぶりの平穏が訪れた。でも、何も変わらなかったわけじゃない。


最初は、深夜のカート売りでのこと。以前は買い手も少数で、ご飯を満足に買えない人々には値切りを迫られることがしょっちゅうだった。消費期限なんて概念は存在してなかったのに、売り時のリミットは過ぎただのどうのって。

ある日、値切る人達がいなくなった。深夜に売り始めるんだから、ろくなもんじゃないっていう偏見が消えていく。その後で、味が噂になった。

「あの料理は、ブルーの伝統的な味を思い出させる。レシピに記憶の物語が詰まっている」

オーナーの仕業だって気づくよね。チャンキーは気づいてないけど。

そうして、町の内外から客が集まって深夜にちょっとした行列ができ、僕はさらに食べて広められることになった。

儀式として組み込まれた料理が、一般的に食べられるようになるって不思議だよね? 畏怖と敬意は薄れたけど、食べ物としての安心感と味が色々な人に伝わっていったんだ。それが僕にはわかる。そこから更に1年が過ぎたとき、チャンキーはレストランの洗濯日の前日……つまり実験室にチャンキーが出入りしても良いという許可が与えられたんだ。

そうして、多分”伝統派”の僕を現代風にアレンジしていくことを試みる試行錯誤が始まる。


とはいえ、最初からすぐに実験が始まるわけじゃないんだ。まずはひたすら実験室に参加しているシェフ達は、チャンキーが書き出したレシピ通り作っていく。何度も、何度も。まるで機織りをするかのように。実験室とは言っても、彼らの研究・分析は、口の中で調和するように口の中の……味の積み重ねを行うことから始まっていた。研究室の誰もが同じ味を認識できるようになってから、ブルーに伝わるの食材や香辛料からこの町の食べ物へと少しずつ融和させていく。チャンキーは、かなりこだわってブルーの食材や香辛料を手に入れていたようだった。それは、初めて知ったことだった。僕が彼らのことを”観られる”のは、料理と携わっているときだけだからね。

そして、ある程度融和が進んだ後で、彼らは原点へと立ち返ったんだ。100年以上前のチリが使われていた、あの味にね。まさか、僕が懐かしさを感じるなんてね……。辛さと赤茶の焼き色の僕よ、なんて久しぶりだ。

そうやって、歴史と料理が混ざり合って小幅1歩分ではあるが、前進していく。


シェフ達は、レシピから歴史と土地と人の結びつきを読み解き、すべてに尊敬の念を抱いて、それを誇りにして料理に取り掛かっているんだ。じゃぁ、僕は? シェフ達と同じ物事を見て感じて、同じ誇りを抱けるだろうか?

僕も、彼らと同じく起源まで辿って繋がりを再確認し、シェフがレシピと繋がりを感じるように僕もシェフとの繋がりを感じることにしてみた。すべての記憶を持っている僕が、シェフを最も誇りに思えるように……。

古きを捨てて未来へ進むのではなく、古くて良い物を保ちつつ未来へ進もう。


チャンキーがある日偶然にも口にした言葉だったけど、僕にはとても印象的だった。


おっとそうだ、忘れちゃいけないことがある。実験室で試行錯誤された僕は、ブルーに行かないと入手できなかった甘味と清涼感のあるスパイスに変わって、りんごとシェリーを主材料とした果実酢のマリネ液が利用されるようになったんだ。そのおかげで、甘さが洗練された気がする。酢なんて使うから酸味がつくかと思えば、消え失せるんだから不思議だよねぇ。一方で辛味は再び僕に施されるのではなく、卓上の調味料へと変化した。穀物ペーストに辛味が混ぜられ、ソースとして使われてるのさ。僕そのものにではなく、後から付けられるというのが良い発想だと思いない? 僕はそう思ったんだ。

チャンキー、是非ソースのこともレシピに書き加えておいてくれ。頼んだよ。

◾️ 3人目の料理人へのバトンタッチ

チャンキーとの出会いは、僕を実に“儀式に必要な物”から本物の“料理”へと再び昇華してくれた。彼が、このまま順風満帆に掃除係からシェフになれたか……といえばそういうわけじゃない。

別に同僚や「ナーム」、掃除係として務めた他のレストランのシェフ達にシェフになることを反対されたわけじゃないんだ。ある意味、世界が……いや”時代”がチャンキーをシェフにすることを許さなかったんだよ。

人の言葉で言えば……革命? 急激に文明を発達させるための新技術を国の主要人物へ認めさせるための暴動と言っても良いかな? そうやって世界が慌ただしくなると、人々は文化的活動を忘れて戦争までおっ始めるんだよ。チャンキーは軍人じゃない。徴兵されたわけじゃない(もう、若者に分類できる年齢じゃなかったしね)。でも、料理ができない環境へ派遣されていた。僕が知っている限り、彼は家族もいなければ自らも結婚していない。相棒も弟子もいなかった。掃除仲間はいたっけ。

そうなんだよ。僕の懸念している点は、チャンキーはレシピを引き継いでないんだよね。

でも、彼は数十年ぶりに料理をしたんだ。久しぶりのチャンキーは、とても老けていて……傷だらけで……。あぁ、僕の中に明るく表現するボキャブラリーがないじゃないか。

それでも、彼の料理の腕前も知識もまったく衰えていなかった。味も、正確に再現している。チャンキー、君はやっぱりキチンとしたシェフになるべきだった。ウサデデは100年以上は生きてレシピに関わってくれていたけど、チャンキーはそこまで長くは関われなかったか……。


もし、彼に文句を言う部分があるとするならば、やっぱり穀物ペーストの辛味ソースのことをレシピに書き加えてくれなかったなっ!! 「ナーム」で働いていた当時のシェフ達が、メモを残しておいてくれると良いんだけど。


◾️ 3人目の料理人の物語

もう、このまま僕は誰の手にも取られないのかと不安になっていたけど、新たに僕のことを見つけてくれた人がいたようだ。何だか、外の音がうるさい気がする。
僕を手に取った人物に、どこか見覚えがある。
………
……

そうだ、チャンキーが最後に僕を料理した時に振る舞った子供にソックリだ。多分、成長した本人なんだろう。他の人との会話を要約するに、チャンキーから僕の場所は聞いていたようだ。でも、僕を見ただけでは子供の頃に食べた味なのかどうかを想像できないらしい。
んー、若者っぽく見えるけど栄養は十分そうだが、何処となく疲れ切っているような感じがした。僕を見た最初の感想って何だったと思う?


「この料理、時間がすごくかかりそうだな……プロパガンダにうってつけだ」

なんだって!? おいおい、そこは「やっぱり、美味しそう!」だろうに?

彼の名前は、レイク・H・マルト。戦争が終わった後の……例えるならガチガチに固まった“国”という身体を革命でほぐそうとしている革命家だった。再び、戦争が繰り返さないと良いけど……。彼は戦火の中に沈んでしまい、もはやほとんどの人が覚えていないかもしれない最初の産業革命や戦争の発端も知っている。いや、すごく勉強したんだ。もしかして、国の先頭に立って旗を振りたいのかも?


戦争によって多くの種や植物……ソレにまつわる物語も失い、この土地特有の品種を失ったことで彼らは代々受け継がれてきた知恵や、文化・土地との繋がりすら失ったと感じたようだ。
だから、正教を分離して文字や暦の認識を改め“神の代弁者”を国から駆逐する近代化政策、現政権の解体を推進することになる。そのうえで、民衆をまとめるために“お告げ”ではなく、人々の知識と経験によって栄養学と誰が料理しても同じ味になるレシピの書き方・洗練された料理器具を拡めることを始めたんだ。


まさに、人々の気持ちを胃袋から掴み取ろうってわけさ。僕としては、良い着眼点だと思うね。

でも、そうやって革命をする前や僕を手にいれる前のレイクの食生活は……随分荒んだ物だった。だって、僕を読みながら食べているのは、歯応えのある麦種がギュッと詰まったパンをスライスしたものと、果物を1〜2個だけ。マシな日は、ハムや目玉焼きをパンに乗せてたかな。バリエーションは2〜3種類。

本当に、僕を料理する気があるのか? 疑心暗鬼になってきたある日、これまでとは違うモノをパンに塗ったのが見えた。ペースト? あの色、そしてこの香り……。そうだ! 穀物ペーストの辛味ソース!!

「そうそう、この味だよ。この辛味! さぁ、次は肉を料理しないとね」

僕の背表紙の裏側に、メモが貼られたのが感じ取れた。やっぱり、「ナーム」で働いていた当時のシェフの誰かがメモを残していたんだな。あのときの実験室で作られた僕の味の要素は、風化されることなく……僕の一部として残ることが嬉しかった。


あぁ、早く僕を料理して欲しい。


でも、この国の人々は……満足に料理を味わえるのか? レイクが質素な食事をしながら調べていたこの国の記憶は、国民はかつての宗教行事である大祝典がある月に革命に巻き込まれ、そして更には戦争にも巻き込まれたんだ。その大祝典時には、“神の代弁者”が料理を振る舞うことになっている。その料理が……僕に似ているようなんだ。

革命と戦争に巻き込まれたことで、その料理に対して精神的・肉体的にもトラウマとして埋め込まれてしまっているらしい。それで、プロパガンダ? トラウマの象徴となってしまった料理に料理で立ち向かうとか、大丈夫なのかと心配になるものだ。

彼は、その部分を考えないように僕を作ろうと試みていく。

最初は、ただなんとなく。ただ、彼が僕を作ってくれることによって、この時代の事情が何となく飲み込めてきた。まぁ、食べ物に関係する部分だけだが……。

この政治と分離された宗教は、これまで食材として使われていた動物を“邪悪の化身”と定めてしまっていた。そのかわり体毛から毛糸を撚ることができる動物を“人に自らの血肉を糧として与える神の使者”となっている。「ナーム」がまだあった頃は、そんな動物は生息していなかったはずだ。

まず、脂の質が違っている。現・邪悪の化身は肉の栄養と似ていて代謝燃焼を高めるのに対して、現・神の使者は人の身体には吸収されにくく血液量を増やす効果がある。邪悪の化身が身体に影響があるとすれば、神の使者は精神に作用があるそうだ。

脂を食べることは良くないこととされ、何でもかんでも削ぎ落とされて廃棄されてしまっていた。どうやら、果物の皮みたいな印象なのか? 赤身こそ栄養の塊ってイメージなのかもしれいないな。 揚げ煮も炒め物もダメなんて、ヒドイね。風味と香ばしさも、外のカリカリさと内側のしっとりさを同時に味わえるカオスな味も知らないわけだ。


肉自体の匂いも違う。現・神の使者の匂いはかなり独特で、様々なスパイスを擦り込んだり、マリネ液に漬け込む必要があった。いや、動物の肉なのだから臭みがない……ということはありえない。現・邪悪の化身はその臭みも甘みの中に含めて味わえるのだ。

下処理は攻略できたとしよう(レイクが、満足のいく臭い消しをやってのけたのは……確か30回目ぐらいの料理のときだったかな?)

でも、本当の試行錯誤はここから始まった。何せ、揚げ煮ができないからね。じゃぁ、何で煮る? 最初はお茶。次は米料理などでも使われたフラワー・エッセンスウォーター。煮る前には必ず表面を弱めの火で焼き付けてもいた。そう、外見のカリカリが欲しかったからね。

でも、どうも風味が弱い。じゃぁ、肉を柔らかくする果汁で煮るのは? 何か、僕には記載されていない無い酸味がつくようになってしまった。これでは小さい頃の味の再現には遠いと感じたレイクは、別方向から模索していくことになる。でも、何をどうやって修道院で鋳造されたビールと、甘めに味付けされた消化促進のスパイス炭酸飲料を混ぜ合わせることにしたんだ?

でも、肉は柔らかいし、黄金色具合も十分に再現されている。ちょっと甘めが強いような気もするが……許容なんじゃないかな? そうして、とうもろこし粉も薄パンを手の平サイズから、直径20cmぐらいに大きくし、肉や酢漬けや他の香草などを挟み込むことで何を挟んでいるように見せない配慮をした。

正直、こんな過剰に配慮しなくては、僕を食べてくれないなんて……唖然としてしまったよ。でも、人々は再び食べ始めることになった。

でも、レイクにとってここはゴールでは無い。革命のプロパガンダとして、誰もが同じ味を再現できるようにする必要があるんだった。基準となるスプーンやカップ、計りを制作し、それを元にすべてが再現できるようにまたもや繰り返して僕を作っていく。経験を得るためとはいえ、こんなに繰り返して作り続ける方がトラウマになるんじゃないか? って心配になってきた。

レシピカードの初版は、刷り上がってすぐにすべての人に配られたわけではない。最初はレイク達の急進派に与するレストラン数店舗へ配られた。どのレストランでも同じ味が出せれば、それでいよいよ配布していくのか。すぐにどのレストランでも僕が作られて振る舞われることになった。

何というか、僕の分身なだけあってあって意識というか……情報共有のされ方がすごくアバウトのような気がする。とはいえ、これは初めての経験だ。僕自身が、コピーされ手を加えられてから配布されたんだもんな。


その行動に目を付けた人物がいた。この姉妹都市どちらにも名が通っている、料理評論家のジェフ・E・エボニー。ローズのレストランで僕を注文して食べた後、新聞に批評が掲載された。驚くべきことに、ジェフはブルーでの僕を知っているように書かれている。”儀式”についてもだ。あの頃の僕が、黄金色に光り輝く外側とカリカリの内側を合わせ持つ神々しさを薄パンに挟んでいたことも書いてある。


“それに比べてレストランで食べたこの料理はどうだ? まるで、人々から神を隠そうとしているようだ。少し政治的思想的な感想を述べてしまいそうだが、これは伝えたい。この神を隠したパンの隠れ家は、人々の目から隠すのに相応しい美味しさを秘めていた。しかも、脂っぽくもなく、複雑なスパイスと甘みの肉が酢漬けの野菜の食感と共存している。火を通した薄パンの固さも丁度良い。卓上の辛味ソースで味わいを変えるというのは、初めての体験だった。この食べ物のために、新たな宗教が立ち上がったとしても……私は喜んで支持しよう。一点だけ難癖をつけるとしたら、香ばしさが失われていたことだ。今は動物脂が嫌煙されているために、香ばしさが失われて久しい。もし、料理が革命の旗印になるというのなら、人々の好き嫌いを減らすことも目的の一部ではないのだろうか?”


レイクが記事を読んで聞かせてくれた内容なので、本当はもっと難しい文章が長々しく書かれていたのかもしれない。でも、批評をわざわざ掲載するというからには、革命に反対することに託けて料理に対して批判的な文章だろうと思って聞いていたが、この内容には驚きだった。

確かに、食用として使われることが激減しているらしいが……あの香ばしさは僕自身も恋しくなる。レイクの編み出したバリエーションが悪いってわけじゃない。だが、あの揚げ煮の製法も残っていて欲しいものだ。肉として食べる動物の種類が変わったとはいえ、捨てる箇所がないほど……声以外食材になってほしい。好き嫌いなく、虫まで食べてくれとは言わないけどね。

穀物ペーストの辛味ソースのときは、チャンキーに願ったけど違う形で願いが叶えられたっけ。なら、今回も僕が強く願えば、僕の元へ付け足されるのではないだろうか?

まぁ、確証はないよ。僕は魔法が宿った本ではない、ただの料理レシピだ。今ここで言えることは、情報共有のされ方がすごくアバウトになった状態でレイクの革命が成就したことを見届けているってこと。でも、それはレイクとの別れのときが近づいている証拠でもあった。


レイクの革命が成就して、政治と宗教は無事に切り離され、今度こそ文明は近代化へ向かって進んでいっている。そして、多くの料理が僕のように誰もが手に取ることができるレシピカードとなった。だが、それは同時に歴史という物語から切り離されたことになる。その証拠に、レイクも僕を手に取ることはなくなっていた。この……例えるなら薄パンのように平に伸ばされた感じだろうか? でも、気づいたことがあるんだ。誰かがレシピカードを手に取ったとき、そこへ僕が意識を向けるとボンヤリしていた感覚が鮮明になって、手に取った人の周囲を見れたんだよ。まるで瞬間移動している気分だった。

僕は思い立って、誰かがブルーで僕のカードを手に取るたびに意識を向けることにした。僕の原点がある街ブルー。ここで、そのレシピカードを手に取った人たちが何を見ているのか? 僕をどう感じているのか? とても気になったんだ。そして、僕自身も自分の歴史と、僕が生まれることになった土地の歴史を振り返りたくなったのである。カート売りから、少数民族の相談役、そしてレストランの掃除係へと手に渡った歴史だ。

ここ200年足らずで、ブルーもかなり近代化している印象がある。オイルレスリングはプロレスになり、カート売りは誰もが屋台や野外調理場を構えるようになっていた。少数民族の村は統合を繰り返され、今では当時の姿を残しているところは一つだ。村の伝統と儀式は、すっかりエンターテイメントの1つと化していた。

………

……

◾️ 4人目の料理人へのバトンタッチ

エンターテイメントとしての部分は、昔と変わらないか。なぁ、懐かしきウサデデよ。

人々がブルーを離れず、この地に強く留めたのは動物脂を使う料理を敬遠せれなかったから、更なる美味しさを追求するために結束したのだ。脂って恐ろしい。だから、シェフでない者であっても揚げ煮の煙が魅力的にみえるんだろうな。チャンキーのようにさ。

そうして、文化がどの様に変化しても、老若男女がこの地に留まり続けていた。レシピカードの普及によって誰もが同じ味を作れるようになったのに、ブルーの人たちは変わらず屋台まで来て、そこに並んで他にも買いに来た人たちと雑談し、まるでお祭りのように騒ぎ、エンターテイメントを楽しみながら僕を分かち合い、文化的に多様になってもみんなが一つになる。

若者は年長者よりレシピカードを巧みに使っていて、料理が同じ味で作れるように普及されていくと自分たちの腕と発想を芸術の様に競い合った。とうもろこし粉の薄パンと肉だけを外さずに、あとは自由な発想で具材を追加していく。そうして、創作料理を開花させて伝統料理をベースに僕をアレンジしていくんだ。そうして価値観の壁を超えていく。正直な話、フレッシュな香草ソースは僕も好きな方。そうして、新しい味が誰かの思い出と文化へ回帰させるんだ。

でも、誰も僕が生まれてからこれまでの歴史を回帰してくれなかった。それが、たまらなく寂しいんだよ。まるで取り残されたみたいにさ。

だから、ある日ブルーで僕の歴史について調べている人がレシピカードを持ったとき、そこに動物脂を使った僕を改めて書かれた日記を持っている人に強く惹かれたんだ。そして、同時に直感するんだよ、僕のあの時願ったことがこの人に通じていたって。


僕は、また願ったんだ。そろそろレイクが政治拠点とする場所が改築されるために持ち物を大量に整理するそうだから、この人の元へ僕の原本が渡りますようにって。今までみたいに100年経たないと良いけど。


◾️ 4人目の料理人の物語

そのときは、意外と早く訪れたんだ。人の時間感覚で言えば1ヶ月後ぐらい? その人がレイクの政治拠点の荷物整理を手伝いしているんだ。ポケットに僕のカードを忍ばせていたから、すぐに気づいたよ。彼は手伝いの報酬として金銭を辞退して、捨てて問題ないという場所にまとめて置いてあった僕を指さしたのだ。他にも僕みたいなカードの原本になった者達がいる。

「あれをください」

彼はそう言った。そうして、レイクへ自己紹介をする。


コヴェント・リー・ロサイドが彼の名前で、H&G社所属の編集者なのだそうだ。コヴェントは普及したレシピカードの偉大さを讃えつつ、新たに料理本を出版する構想があるという野望を理由を質問したレイクへ話す。

そう、僕が抱いていた“歴史や物語から切り離された寂しさ”。それを補完し、レシピとその料理が歩んできた歴史や物語すべてを未来へ繋げる本を出版することが野望なのだそうだ。


思った通り、ここからはコヴェントと歴史と変化を見ていくことになるかな。


そういえば、どうして彼はレシピカードが普及した中で改めて料理本を出版しようと考えたのか? レイクに話した内容もあるのだろうが、コヴェントの決意を固めた理由は何なのだろう?

レシピカードではなく、本来の僕を見ながらコヴェントは料理をしていく。まずは、ウサデデのレシピだ。ソースじゃなくて火山噴火によって被った自然災害前のレシピは……やっぱり僕の中に記載が残っていない。あの頃は古いレシピを残すなんてことは考えてなかった。何度も何度も書き直したしね。本当にあのアレルギーというか拒絶反応は壮絶だった。

あ、焼いた動物の皮を包んだって走り書きは残ってる。でも、何の動物の皮かは書いてないから彼の頭を悩ませることになった。僕もアレの発想は、疑問だったんだよ。

何回も何回も試行錯誤を重ねた後、、チャンキーのレシピへと移ったときに気がついた。ウサデデのレシピのときと違って、愛着の濃さが違っている。ということは、「ナーム」のシェフの誰かってことだ。時代的に当人ってことないな。もしも、人間の中に僕のような存在が混ざっていたらどうなんだろう? 僕らみたいな記録媒体は必要されなくなるのだろうか?

ん?? 穀物ペーストに辛味ソースのときに、彼の感情が大きく揺らいだぞ? 見えるのは、チャンキーと辛味ソースを試行錯誤する姿を見守る小さな目線だ。その目線が高くなっていき、僕にメモ用紙が貼られるところや、その後も味を改良して様々な料理に僕ではない紙に書かれたソースを試行錯誤していく。そうして、また小さな目線となってその様子を見守っていた。そして、高くなっていく目線は、様々なレシピへと目を通していく。H&G社に所属して、その量はさらに増えていった。レシピカードを印刷しながら、レシピを目を通し続ける。

…目を通して。

……目を通して。

………目を通して。

レイクの政治拠点が引越する段階で、それまでの蔵書を整理するという話が出たのでH&G社はそれを引き取るためにも片付けの手伝いを申し出たのだった。そこで、彼はようやく僕を見つけたんだ。

なるほど、まさか辛味ソースがここまで人の縁を繋げるなんて……思ってもみなかった。


僕を手にしたことで、コヴェントは1つの決断をしたんだ。それは、自分が所属するH&G社に料理本の出版を打診したこと。出版社は最初、彼の提案に対して懐疑的だった。人々にレシピカードが普及している中で、改めて料理本を出す価値があるのか? とね。

コヴェントは、これまでと同じく歴史について熱弁をした。その後に、自分が関係する料理の物語を語っていく。

「確かに、誰もが同じ味を再現できるようになったレシピカードは素晴らしい。だが、料理は味を再現すれば良いってわけではないと私は考えたのだ。その味に至るまでの過程、そして関わった料理人個々に物語がある。つまり、エンターテイメントなのだ。味だけを未来に引き継ぐのではなく、意味・歴史・物語も一緒にわかってもらうことで、料理の質が変わってくるのではないか?」


そうやって、彼は熱弁した。幸いにも、自分たちにはとっかかりがあるとも。レイクの片付けの手伝いの対価に手に入れたレシピ原本の数々。そう、僕だけではないのだ。歴史の裏付けをするためには膨大な取材が必要となるが本にする価値はある!と説得し続ける。そうすること1ヶ月。H&G社は根負けした。

コヴェントの情熱のすごいことまぁ。

料理本はその味に辿り着いた歴史に重きを置いて、「お菓子」「飲み物」「保存食」「肉&魚料理」の4つの柱で収集できた料理を掲載することになっているらしい。とはいえ、それは長い時間をかけた料理を探求する旅となり、料理本として出版されるまで十数年の時間がかかった。

この面白そうな試みをすべて一緒に見ていければよかったのだけど、あいにく僕は「ドナシェル」。僕だけのことが理解できるが、他のレシピも僕のように意識を持っているのかはわからなかった。人間のように雑談できればよかったのにって未だに思っている。でも、僕に携わったように料理をしながら……一つ一つ再確認していったに違いないはずだ。根性が据わってるね。

そういえば、料理本の僕のページを監修する助言役としてレイクが協力してくれた。彼も、レシピカードを作るために数えきれない数の試作品を作ったのだ。

政治と宗教が切り離され、あれから時間も経ち、レイクの考えたレシピカードが広く浸透したとはいえ、未だに最初の革命に対するトラウマが拭えたわけではない。それと同時に動物の脂についての取り扱い規制も、ローズでは厳しいものがあった。ブルーの少数民族の文化保護指定されている村は、どうにか例外措置で守られているし、自分たちで食用の動物を育てているとはいえ、価格も世間の目も厳しいことになっているらしい。

コヴェントが僕を作りながらレイクと話をしてくれるおかげで、今の情勢が少し理解できた気がした。レイクは今次の段階として、肉の食材の地位を取り戻すべく活動の準備をしているらしい。そう言いながら、別の動物の油脂を使うことも模索しているらしい。宗教とトラウマ……精神に作用する出来事はピークを過ぎても影響力は半端でないようだ。



そして、歴史は繰り返される。火山噴火だ。とうもろこしを栽培していた主力地域が土地の保護を理由に、国に国立公園としての保護を願い出る運動をしている最中の出来事。下降気味だった生産量が、さらに激減することになった。


本当、不運だよね。


あの頃と違って、異常気象に強いように品種改良されたとうもろこしはある。でも、その最大の生産地が運動によって生産力を落としていた矢先だったのだ。いくら薄くて平たくて、普通のパンに比べて材料を使わないとしても、材料は必須。無から有を生み出せるのは神しか……おっと、これだと宗教的な発言になってしまうな。


政府は、とうもろこし粉などを配給制へ切り替えられることになった。まぁ、当然足らないよね。ここにきて、またパンを研究する事になる。皮肉にもこれが料理本が脚光を浴びる出来事になってしまった。コヴェントの料理本には、そこらへんの試行錯誤についても網羅されていたからね。パンに使われなかった品種のとうもころし、豆、米が一番代用されたかな? 動物の皮はやっぱり不評だったよ。パンの代わりにするにはちょっとね……。代用品のパンとして、この時代で一番人気があったのは米粉をもっとも多く配合したパンだった。米もとうもろこしと同様に多種多様な品種があるってことを知ったよ。玄米はちょっと苦味があったな。とうもろこし粉が安定して供給されるまで、けっこう長い年月がかかったんだ。

農作物だけに改良と変化を託しても、限界は来る。今回のが良い教訓だ。人々の食生活より簡単に手を加えられるのは何か? 料理に取り組んでいたシェフ達の話を繋ぎ合わせると、古くは行われていたけど大量生産のために捨て去った農法を復活させたんだとか。

なんて名前だったか……そうそう“ミルパ”って名前だ。とうもろこし以外の作物もサイクルを区切って栽培することで、とうもろこしが土から吸い上げた栄養を農作物が土へ還えすらしい。その農法に沿った暦の運用も農家の間では復活したそうだ。僕の名前にも、ときどき暦から取った名前が付加される。なるほど、そういう由来があったのか。それは初耳だった。

いつだって自然災害は悲しみを呼ぶが、僕にはそれ以上のモノを与えてくれた気がする。


それから料理本が無事に出版されて、しばらくの後、僕を題材にした演劇が発表されたことをコヴェントが知った。まぁ、知ったのは彼が演劇を観劇するように招待されたこと。それだけだったら僕も気づかないが、その演劇会場に料理の屋台を出して欲しいと……同時に依頼されていたのだ。

確かに、レイク以外に僕に詳しいのは彼だけだしねぇ。彼もかなり悩んだようだが、依頼を受けた。でも、屋台を出したのは最初の1回だけだったなぁ。その演劇の内容が、彼的にはあまり気に入らなかったらしい。

確かに、最初は儀式っぽくするために使われたのは事実だ。でも、神の意思が介入し、神が自身の肉を削いで上に苦しむ人々に食べさせたわけではない。僕に込められていることは、命の架け橋であって命を他人に恵む物ではないのだ。

今ではすっかり、最初の動物の肉を使わなくなったのは“穢れたモノを体内に取り込まず、最後は選ばれし者の中で神の肉体が再臨する”だったか、そんなエンディングが支持されるようになったようだ。

ぼんやりした感覚から伝わってくる情報では、これぐらいにまとめるのが精一杯。コヴェントは最後の最後までこの偏見を払拭しようと料理を振る舞っていたが、真実の溝を埋め切ることはできなかった。


僕としては、宗教だ、概念だ、哲学だ、トラウマだとか……何も考えずに僕をよく噛んで味わって欲しいだけなのに。この誤解が、僕を途絶えさせる原因にならないと良いんだけど。


そうして、数百年が過ぎていった。僕を作ってくれる人間ではなく、無機質な何かに取って変わっていく。料理本は図書館に寄贈されているコヴェントが手がけた初版だれが残り、その図書館も老朽化のため取り壊しがきまった。しかも、別の図書館へ僕を含めた蔵書は移されるのではなく競売にかけられるらしい。

僕を最後に手に取って料理してくれた人が、そう洩らしていた。僕に関しては料理本と、マニラフォルダに入れられたレシピカードの初版100種セットでの競売らしい。

僕は今紙以外にも書き込まれているらしく、電子データ? 内容としては保存されているから原本は必要ないそうだ。本の1冊も置いておけない程に、今の時代は物にあふれているのか?

感覚が広がってさらにぼんやりしているのは、そういう媒体で伝わっているからなのか。でも、それなら僕を競売で買い上げる人なんているのか??


次にシェフの意識と共に光景が伝わってきたとき、沢山の照明に照らされた白い空間が見えた。そして、多くの人が遠巻きに見ている中で2人が話しながら僕を作っている。何か覗き込んでいる物で記録しているのだろうか?

料理をしている2人の片方、罪人ではないだろうが両腕にカラフルな刺青を入れた人が……どことなくコヴェントの面影がある。料理の手際は、彼以上に良かった。しかも、あのときには存在していない調理器具を使っているかと思えば、懐かしい銅鍋を使ったりもしている。彼らは親友のように談笑をしながら、料理の来歴などを話していった。なるほど、コヴェントの子孫は確かなのか。

最初はその電子データになった僕を作っていたのだが、何度か作っていくうちに料理の起源について気にし始めるようになった。それで探っていくと、自分の血縁が料理本にしたことが判明する。

ソレが偶然にも競売にかけられる事を知ったので競り落とし、調理ドキュメンタリー番組として映像を撮影することに決めたようだ。文字や写真を書籍にするように、調理したり話している様子を保存できるのか。

それが、僕を競り落とした人物の正体だ。つまり、僕は形態は変わっても人々に忘れ去られることなくレシピが伝えられ続けることとなる。まるで永遠の命を得た……おっと、これは冗談だ。喜びはそこではなく、一番最初の声以外が食材になる動物の肉を使った僕だったり、辛い味の頃の僕が人々のトラウマを引き起こすこともなく受け入れられている地域もあるってことだ。この都市以外の伝統や歴史に縛られない人達に着々と伝わって浸透していったらしい。僕自身が廃れなくて、本当に良かった。


***


僕の話はこれで終わりだが、コヴェントが手がけた料理本には他にも様々なレシピが収録されている。ここからは別のレシピに、物語の語り部を譲り渡すことにした。肉料理の僕だけの話では、この料理本の素晴らしさは伝えきれないからね。そうだなぁ、別のカテゴリーの……。


***


⚫️ イベントを終えて

というわけで、結果としては今年も10万字に届かなかった。パートを区切って4巡していつもの数倍はあるボリュームを書き溜めることに、とてつもなく苦労した覚えがある。
多分私のように集中力が長続きしない書きて予備軍は、BODY//HACKのような31日分プロンプトが用意されているタイプのジャーナリングRPGの方がツールとしての相性が良いのだと思う。

でも、めっきり見かけなくなったんだよなぁ。


よろしければ、サポートをお願いいたします。 紹介もチョイスも未熟なところがありますが、“こういった遊びがあるんだー”というのをお伝えし続けられればと思います。