展覧会「記録から表現をつくる2023」
レポート:稲垣佳葉
撮影:阿部修一郎
2024年2月9日から3月9日にかけてStudio04にて行われた展覧会、「記録から表現をつくる2023」。
NOOKが主催するワークショップ「記録から表現をつくる」の参加者による有志展として行われ、12の展示が集いました。
会期中の3月2日(土)には、作者が自身の展示について話すギャラリーツアーが開催されました。20名ほどの来場者の方々の前で緊張しつつも熱を込めて語られた言葉の数々を交えながら、ワークショップのいち参加者として展覧会の様子をお伝えできればと思います。
展示作品
ギャラリーツアーのトップバッターは横井るつさん。
横井さんの《風景と重なる》は、横井さんのお祖母さまがお住まいの団地からの風景を、横井さんご自身とお祖母さまがそれぞれ撮影した写真群でした。
ギャラリーツアーでは、写真を撮った時のお祖母さまとの会話を話してくださった横井さん。お祖母さまにカメラを渡すと、使い方を忘れたわよといいつつ真剣に撮っていらっしゃったそう。同じ場所からカメラを向けているけれどフレームにおさめられているものはそれぞれ違っていたりと、横井さんとお祖母さまの息づかいが感じられる作品でした。
田中有加莉さんは、聞き書きしてきたご自身のお母さまの人生をテーマに制作。
《母とダンス》と題された作品は、お母さまに縁のある土地に訪ねて行き、その記録を展示するというもので、「母のプライベートは公開せず、母から受け取った私にフォーカスした」とのこと。展示をみにいらしたお母さまがまたその土地に行きたいと仰ったそうで、田中さんの「母から受け取って私が返してまた母が返してくれて……」という言葉が印象的。また、来場者の方から書かれた感想に田中さんが返答していったりと、作品が繋ぎ手として存在していたように思いました。
櫻井絵里さんの展示、《大震災とは何かを考える》。
「震災」という名称がどのようにつけられるのか、そしてその報道のされ方など、綿密なリサーチの詳細が明らかになったギャラリートーク。淀みなく語る櫻井さんの様子は、その場に置かれた「震災」に関する記録が櫻井さんご自身に深く染み渡っているのだと感じさせるものでした。情報を求めに霞ヶ関を訪ねたものの、なかなか上手くはいかず。けれども最後には、詳しい方と出会うことができたそう。「知りたい」と「語りたい」が交差した瞬間だったのだろうな、と聞いているこちらも想像が膨らみました。
沼田梓さんの展示は、阿賀野川と水俣病に関する記録。水俣病に関心を持って、新潟に移住されたという沼田さん。実際にそこで暮らしていくなかで様々な方から聞いた話を語ってくださいました。
特に印象的だったのは、沼田さんと、沼田さんを気遣って縁談話を持ってきてくれる方、そして同じく身の上を心配してくださる方とのエピソード。沼田さんに親身になってくださるという点では共通しているものの、彼らの水俣病への意識の違いがあるがゆえに、三者が同時に重なることはないということ、そして「それが〝水俣病がある〟ってことだと思った」という言葉が忘れられません。
NOOKは、東日本大震災発災の3月11日からの年表を展示。
2011年3月11日から約13年、約4700日のあいだ積み重ねられた出来事を、NOOKのメンバーでその時々に選んで記していく営み。3.11から今へと繋がるなかで現れた「コロナ禍」の記録でもありました。これまで忘れていたようなことも、こうして文字としてのこされた記録を見るとたちまち思い出され、知っていたはずのことを取り戻すような感覚はなんだか不思議なものでした。
戦争を経験された4人の方へのインタビューを本にした舟之川聖子さん。
戦争を軸にはしているけれど、それがその人の人生のなかでどのようにあるのかが知りたいから人生全体を書いていらっしゃるのだとか。
私たち鑑賞者は、丁寧にリボンが掛けられたそれらの本の中身を読むことは出来ません。それをほどいてみたい気持ちはあるけれど、そこに記録された言葉の数々は、きっと舟之川さんとその方の間で共有されるべきものなのだということが伝わってくる舟之川さんの語り口。ご高齢のインタビュイーの方とのさよならを意識してしまうということ、そして話を聞くことは舟之川さんご自身の日常でもあるから寂しいというお話は、舟之川さんがその方々に向き合ってきた時間の深さを想起させるものでした。
東京・山谷にある介護施設で働く田中永峰良佑さんは、昨年のワークショップの時から、施設で出会った利用者であるAさんのもつ記憶をテーマに扱っていました。
認知症で会話も難しいAさんと話す際にたびたび言葉に出るという「海」。今回は、わずかな情報をもとにAさんが少年期を送ったという北海道の町に赴き、その記録を展示。冬の北海道、雪降る極寒のなかでホワイトアウトしたという話なども交えつつ語られる、Aさんのかつての足取りを辿る旅の様子は、田中さんとAさんの視線が交差する時間でもあったのかもしれないと感じられました。
「まちというフィールドが大好き」と話す柴田成さんの作品は、お祖母さまとお母さまが住んでいた大宮・柴田さんがかつて住んだ大口・柴田さんがいま住んでいる鎌倉、という3つのまちを柴田さんならではの関わり方で記録したもの。お祖母さまが制作された絵を片手に大宮を歩いた映像だったり、大口商店街のたい焼きが3Dプリンターで再現されていたり、鎌倉・若宮大路の写真などが載った長い長い巻物があったり。展示されている一つひとつを眺めているのも楽しいのですが、それらの記録をとった時の話やそれぞれの説明をギャラリーツアーで聞いていると、より一層そのまちの風景が立ち現れるような気がしました。
建て替え予定のご実家で撮影されたという映像は、阿部修一郎さんの作品。
ワークショップ以前から撮り貯めてきた映像の数々や、今回撮ったものなどを選び編集したとのこと。
ギャラリーツアーでは、自分以上に長くその家で暮らしてきた両親よりも自身のほうが家の喪失へのこだわりがある、と仰っていたのが印象に残っています。家にまつわる出来事についての会話やご両親の日常の風景が詰まった作品は、そういったこだわりがひしひしと伝わってくる、丁寧に時間が紡がれた映像だったように感じました。
鬼神丸信濃さんの《アウトプット》は、そのタイトル通り、信濃さんご自身が日頃から考えていたり気づいたりしたことが表された展示でした。言葉をメモしたSNSのコピー、イラスト、影響を受けた本など、メディアも多種多様。「他者」「病」「子ども」「苦しみ」等々、触れられる話題は多岐にわたっていましたが、イラストや本も含め、様々なことが繋がっていく頭のなかをそのまま展示にしたのだそう。展示されたものはもちろん、ギャラリーツアーでそれぞれの展示物について語る信濃さんの様子からも、真摯に思考をしていらっしゃることが窺えました。
第五福竜丸をモチーフとしたドキュメンタリー番組を制作したディレクター、工藤敏樹に関する記録を扱った展示を行ったのは、万里さん。
ドキュメンタリー番組をのこした一方で、自身のことは語らなかった工藤敏樹。《語らない記録者を記録する》と題されたこの展示では、工藤の年表や、工藤に関して語られた言葉の数々を用いることで、「語らない記録者」であった工藤の存在が新たに記録されているよう。記録が残っていないということは、決して「いない」ということではないと、改めて思い出させてくれた展示でした。
以前から記憶と記録をテーマに据えている私は、《「かつて通った道」を辿る》というタイトルで来場者参加型の展示を行いました。通学路などのかつて通った道とそれにまつわる思い出を書き記していくというこの展示は、記憶を記録として変換することで自身の過去と距離を置き、さらに記録を通じていまの誰かと対話することを目指したものです。「同じ通学路を使っていた友達と一緒にやっても面白そう!」との感想をいただいたくなど、展示をすることで私自身も新たな発見を得ることができました。
終わりに
さて、ここまで、ほんのわずかではありますが、「記録から表現をつくる2023」の様子を書かせていただきました。
記録という共通項がありつつも、参加者それぞれのテーマや視点はまさに十人十色。けれども、Studio04という同じ空間にあることで、実は重なっている部分が見えてきたり。「記録から表現をつくる2023」は有志展であり、そして、そこに集ったそれぞれがお互いの記録へのまなざしに触れる場でもあったのではないかと思います。
もしかするとこの先も向き合っていくかもしれない記録の数々。またどこかで、そこから生まれる表現を見ることができたらいいな、なんて思う今日この頃。ワークショップに参加し始めてから約半年間、濃ゆく良き時間でした!
執筆:稲垣佳葉
2003年生まれ。大学にてアートマネジメントを専攻しており、研究の一環としてアートプロジェクトの企画運営に携わるなかで、プロジェクトのアーカイブおよび記憶を記録することに関心を持つ。そのほか、まちなかでの表現や非専門家による表現活動に惹かれ、ひとと生活と表現が重なる場づくりを模索中。
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