花火工場

※ホテル・ミラクル6の中の作品「最後の奇蹟」(作:フジタタイセイ氏@肋骨蜜柑同好会)が好きすぎるがあまり、その世界観から勝手に二次創作してみた

【花火工場】
 いつだっただろうか、あのバカでかい施設が本間地区に出来たのは
田瓶市による企業誘致の成果だと市議会議員が演説していたような気もするし、国のなんとか特区に選ばれたと田瓶日報の記事で見た気もする。
たいして高いビルも無いこの街に突如現れたその施設は、大きく四角い建物が視界の続く限り並んでおり、集合体恐怖症の人間が空から見たら卒倒してしまうのではと思うほど果てし無く奥の方まで続いていた。
施設の入り口にはたしか「未来」だとか「創造」だとかありふれた、本当にありふれた文字が並んでいた気がするがあまり覚えていない。
自分の住む街に出来たとてつもなく大きい施設が一体なんなのか当然気になる。一応施設のホームページもあったので見てみたが、ありきたりな理念や沿革・組織図などが書いては有るものの結局の所なにをやっているのか、ページを遷移し続けてみても辿り着けなかった。ただ「ムーンストライク」というプロジェクト名をいくつかのページで見かけた。何かのプロジェクトが動いているということは漠然と感じるのだが、それ以上はもはや好奇心の触手も伸びることを止めてしまった。
そんなまるで得体の知れない施設に対し飛び交う噂は、巨大ロボットを作っているだとか軍事兵器を極秘開発しているだとか、挙句の果てには施設自体が巨大なシェルターになっているなど適当な話ばかりで現実味を感じさせない割には、かといって正解との距離もまるで測れないようなものばかりだった。大抵の物事というのは知っている者からすれば大したことはなくて、知らない者だけが頭の中で大きく膨らまし、恐怖だったり怒りや悲しみ、義憤や社会正義など関係ないものを巻き込み転がり続けて、元の形もわからないくらいの大きなゴミ屑になり、それでいてやたらと存在感の有るものになっていくのだ。

 ある時、高校時代の友人たちと飲む機会があったのだがそこに懐かしい顔がいた。大学から東京へ出て就職も向こうでしていた十和田という男だった。転勤でしばらくぶりに田瓶市に戻ってきたと言うので飲み会に呼ばれてきていたのだった。
「転勤って、どこに就職したんだっけ?なんか凄い良い会社じゃなかったっけ?」
俺たちの質問に十和田はさらっと一流企業の名前を答えたうえで
「ただ俺は研究職なんでなんかもう大学からやってることが代わり映えしない感じだよ。今回の転勤もこっちに大型プロジェクトの研究施設ができたっていうから地元だし気分転換にと願い出てきたんだからさあ」
と鼻でため息をつきビールを飲む
「研究施設って、あのバカでかい本間地区にあるやつか?」
「ああそう、あれあれ、あの中。といってもうちの会社だけのじゃないんだけどね、企業間の合同プロジェクトなんで」
十和田は例の施設の中で働いているというのだった。
「てか十和田、あれって何の施設なの?」
ここぞとばかり俺は聞いてみた
「ああ、あそこね、ん~企業秘密」
「いやいやいや、そんな秘密?」
「いや~だって機密事項ってやつよ、リテラシー、コンプライアンス。つーか実際の所、全体的に何やってるか知らんのよね。なんか明らかに俺のやってる所だけのプロジェクトじゃないのはわかるんだけど、他と組み合わせて一体何になるかが全然わからないと言うか、そこらへんのセキュリティが滅茶苦茶高いんだよねぇ」
機密事項とか言う割にはだいぶべらべら喋り始めた十和田だったが、こいつ自身も自分のやっている事以外はあまり良くわかっていないようだった。プロジェクトを取り仕切るもっと上のマネージャーレベルじゃないとわからないものなのだろう。
「で、結局何作ってるの?」
俺的には、こうしてそこに働く人間がいるということが現実的な感触として自分の中に落ちてきたことで、既にそれより細やかな部分には興味を失いかけていたが、まあなんともなしの流れで最後に聞いてみる。
「作って、いるねえ、、、」
上機嫌だった十和田の表情から突然、機嫌というものが消えた気がした。
「いいか、秘密だぞ」
真面目なトーンで低く言う
「花火、を、作ってるんだ」
、、、は・な・び???
「花火?」
何故だか十和田の後ろの壁を見ながら聞き返してしまった。
「ドッカーンって打ち上げる花火、花火ね、作ってんだ、はっはっはっ」
機嫌に「ご」が付いて十和田の顔に戻ってきた。みんな一気に白けてそんなに秘密にしなくてもと思いながらも、まあ昨今の会社の情報漏えいとか厳しいもんなとそんな空気になり、おかわりや追加注文を頼む流れになっていった。
あのバカでかい工場で花火を作ってるって、全国で一晩中打ち上げ続けて夜のない特別な日でも作るつもりかよ、と馬鹿らしく思いながらも、あれだけ正体不明な施設で作ってるのが本当に花火だったらと想像すると、悪くはないなとなんとなく十和田のその答えを気に入ってしまった。

「花火が完成して打ち上がるの楽しみにしてるよ」
飲み会の帰り際ついつい十和田に意地悪く、今度は俺こそが上機嫌に声をかけた。
十和田も少しニヤリと笑い返してくる。
「それまでにどこで見るのか考えておけよ」
どこで見るか、、、
「昔のドラマの話か?確かにそれは重要だな」
そう言いながら頭の中には空という空、全てに打ち上がる花火が夜を覆い尽くして、4尺玉の太陽と煙で作られた雲が昼の空として広がっている光景を思い浮かべていた。

その日以降、俺はあの施設が何なのか考えることはなくなった。だって一番楽しい正解がわかったのだから。
「あの施設って何作ってるんだと思う?」
そう誰かに聞かれたら俺はこう答える。
「ああ、あそこだろ。花火工場だよ」



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