祈りの人
さて、春のバラをひとりで見にいってきた。
バラは夕方の陽が沈む1時間くらい前に見るのがいちばん綺麗だから、夕暮れ前に家を出て、トコトコと電車にゆられて行った。いつものバラ園へ。
夜が来る前の薄暗がりのなかで、じっと静かに咲いているのを見るのが好き。
でも、昨日は、ものすごい強風。
それはそれはすごい強風。
静かにというより、ゆっさゆっさと豪快に揺れるバラを、スカートをはためかせながら見守りました。こんな風の中で見るのは初めて。
このバラ園にはかれこれ10年くらい通っている。この街に越してきて良かったなと思う理由のひとつ。
なかでも春と秋にかならず会いに行くバラがあって、それは「グレイス」という品種のバラだ。
彼女は広い園内のすみっこのほう、目立たぬ場所にささやかにいるので、いつもどこにいるのか見失う。
でも、あれーあれーと探し歩くとちゃんと見つかる。
(そして、次に行くとまた忘れる)
満開の状態でたくさん咲いてるのは見たことがなくて、いつも少し早めか、少し遅めだ。
グレイスを初めて見たとき、たぶんもう咲き終わりの頃だったので、彼女は夕方の淡い光を受けてすこしうつむいて咲いていた。
たった一輪のそれが、わたしには頭を垂れて静かに祈る人のように見えたのだ。
とても静謐な祈りのうちにいる人に見えた。
そして、すこし悲しかった。
それからずっと、この花のことが好きでいる。
豪華で美しい色とりどりのバラたちがにぎやかに咲いている園内で、すこし地味なグレイスに注目する人はほとんどいない。
みんなその片隅へは足を運ばないか、気づかず通り過ぎてしまう。
でも私にとっては特別な、片隅に咲く祈りの花だ。この春もまた会えてよかった。
次の秋や次の春、また会いに来られるかは分からないから、その姿をちゃんと胸に留めておく。
・・・
祝日のバラ園は混雑しているかなと思ったけど、夕方にもなるともう家族連れやカップルは帰ったらしく、人口密度は低かった。
広い園内にはぽつぽつと気ままに気持ちよさそうに花を眺めている人たちがいて、それがなんだか自由でさわやか。
その中に、ひとりでじーっと風に揺れるバラの動画を撮っている男の人がいた。
ゆかゆさ揺れるバラを撮影してるみたい。ひとりで。わりと長回ししてる。
とても真剣な佇まいだった。
わたしが園内をあっちこっちと動いてバラを見ている間にも、何度もその人とすれ違う。
「ひとりで来て動画を撮るなんて、よほどバラが好きなのかな…」
と思い、すぐに、いやいやわたしも一人で来てるしさっき動画も撮ってたよ、と思い直した。わたしもおそらく「ひとりで来るなんてよほどバラが好きなのかな」と思われる側なのだろうな。
もし話せるならこの人と好きなバラの話をしてみたい。とも思う。
その機会はおそらくないだろうけど。
・・・
次にバラを見に行くのは秋になる。
その頃のわたしはどんな気持ちでいるのかな。