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鳩サブレとみちのくの祈り

某日

先週からの心の嵐がいっこうに止む気配なく、朝からしくしくと泣いてしまう。
夫のすすめで上品先生の所へ相談へ行き、ひとつ、お薬を飲むこととなる。
ちいさな、たった1粒のお薬である。
が、これが効果を発揮してくれ、翌朝からは朝の絶望感が、なりをひそめた。
調べるとなにやら新しめの薬のようで、副作用も少ないらしい。で、薬価は高い。

心に凪が訪れた、だが、そのかわりちょっとボーッとしてる。かなりかもしれん。かなりボーッとする。困る。あと集中力とやる気が減退。

ま、仕方がないね。ちょっとくらいボーッとしてても自分を許そう。

ただ、うすぼんやりしてても職場に行くと何故かしゃっきりとして、完全に普段通りの自分が舞い戻ってくる。
平常心。なんの心の波もなく、同僚と楽しく笑ったり、真剣にプログラムをこなしたり、会議に参加したり、普通に普通にやれちゃうのである。頭もきちんと回る。人間て不思議なものだ。なんなの、脳とか心とかって。

家に帰って夜ごはんを食べ、お風呂につかり、さてどっこらしょとこたつにinすると、ほぼ数分で意図せず眠りに落ちる。
そのままこたつで3~4時間寝てしまう時もあり、あちゃーという大後悔の気持ちで目覚め、そこからまたベッドに移動して寝直すのであるが、これまたぐっすり寝られちゃうのである。
おそらく日中の眠気(お薬によるもの)が、スイッチがオフになると一気に押し寄せるのであろう。

普段は6時間睡眠でちょうどいい体質なのだが、最近はお薬の影響で合計すると8~9時間くらい寝られてしまう。
そんなに眠れることに驚きだが、決して眠りたいわけではない。寝すぎた…という体の気だるさが好ましくないし、もう少し活動してたい。でも、いまは仕方がないなぁとも思う。

仕方ない、ばっかり言ってるよ。
でも、ほんとにこればっかりは仕方ないんだものな。

・・・

某日

初めて訪問する中学校にて、先生たちのケース会議に参加した。
この季節は、不登校の生徒さん達の進路相談が来る季節である。受験もせず、学校にも来られないとなると、義務教育が終わればどことも繋がりがなくなってしまう。その前になにかしら地域の支援機関と繋がっておこうというわけだ。
そのつながり先のひとつとして、わたしの職場も存在している。いまも、昨春に中学を卒業した15歳、16歳の子を働く方向にむけて支援しているところ。

外部での会議。
このわたしの「心にひそかな嵐あり」の状態で大丈夫か?とちょっぴり緊張したが、ぜんぜん大丈夫だった。
仕事しているほうが脳がいつも通りに「ハイ、いつものワタクシでござんす」となってくれるみたい。スイッチオンてやつですね。

この時はコボリさんも支援機関のひとつとして参加していた。集合場所の校門で私の顔を見た途端、バイオリンを弾く真似をされる。あっははと、わたしもギターを弾くジェスチャーをして返した。

もうひとり、また別の支援機関の代表で来ていた若い男性は、集合場所を真反対の裏口と間違えていたらしく、学校のグラウンドを全速力で駆けぬけてきた。
あまりに全速力だったのでマフラーも引きちぎれんばかり。そんなに走らなくていいですよ!!とストップのジェスチャーをするも、最後にはメガネをずり落としかけながら「スミマセン!!!」と我々のところへ滑り込んでくる。息も絶えだえである。

なんとなく、若者支援をしている男性(若めの)ってそういう人が多い印象だ。すごいいい人。いい人すぎて大丈夫?と心配になる。若者支援業界は決してお給料がいいわけではなく、敢えてそこを選ぶ若い男性というのは、やはり志ひとつというか、弱い立場にある人のためになにかしたいという心根の人たちなのかもしれんと思う。
少なくとも、髪型がツーブロックでとがった靴を履いている感じの人は一人も存在していない。
(というのは、わたしのツーブロックの人に対する偏見である)

・・・

某日

10年くらい前までお世話になっていた茶道の先生から鳩サブレが届く。
高齢のため指導から引退され、いまは鎌倉在住の先生は毎年クリスマスに娘宛に干支のパッケージに入った鳩サブレを送ってくださるのだが、今回はなぜかわたしが前に住んでいた住所に送ってしまったらしく、そしてその部屋の現住者の男性が鳩サブレを受け取ってしまったのらしい。
(宅配業者の方が名前を確認しなかったのであろう)

で、その見知らぬ現住者の男性が送り状のラベルを見て先生に電話をかけ「すみません受け取ってしまいました」と謝ってきたそうだ。「どうしましょう」と問われ、鷹揚な先生は「それ中身は鳩サブレなの。怪しいものじゃありませんからどうぞあなたが召し上がってください」と、鳩サブレを進呈したのだという。

なんというか、「どうしましょう」と先生に直接電話をかけてくるその現住者の男性も、食べてくださいとあげちゃう先生も人情的なエピソードだ。

で、クリスマスの当日に突然先生から電話がかかってきて、「あ、ののっつさん?ごめんなさいね~!鳩サブレ、あたし間違えて前のお家に送っちゃったの!そしたらいま住んでる方に届いちゃったらしくて!それ鳩サブレですからどうぞ食べてくださいって言っちゃったわぁ!」と、元気にまくしたてられ、結果として改めて年明けに同じ鳩サブレを送ってきてくださったというわけだ。

「わたしももう後期高齢者よぉ~」なんて電話口でカラカラと笑っていた先生だが、もう10年もお目にかかっていないのに昨日も会ったみたいに話してくれる距離感と、相変わらずの仏のような明るさがなんだか嬉しくまぶしかった。

・・・

某日

バイオリンレッスン。
初めてのビブラート体験ができた。
うれしい。
が、「できた」といえるような音はまったく出ず、キャプテンのビブラートの指の動きをいくら見ても同じような動きができない。
左手が変な痙攣を起こしてるような動作しかできず、なんだこりゃ!難しすぎる!とびっくりした。

「こんなに難しいものなのですか!」

と眉尻を下げて問うと、

「ビブラートは慣れるまでに半年くらいかかる方もいます。僕もすごく苦手で、時間がかかりましたよ~」

とさわやかに笑うキャプテン。

まだまだこれから精進である。
ビブラートの音、いつか綺麗に出せるようになるといいな。
時間がかかるけど着実になにかが精進できていくっていうのは、なんか、生きてるって感じがして嬉しいものだ。

バイオリンレッスンの日は「ああ、レッスン…」とすこし面倒な気持ちになりもするのだが(遅い時間に出ていかなくてはいけないため)、レッスンのあとは、かならず「楽しかった…!」という気持ちになる。
音楽はいいものだな、奏でるって素敵なことだな、という思いで胸が満たされるのである。いくら下手でも、ビブラートが妙な痙攣みたいになっていても、音楽は楽しい。
生きてる感じがする。

・・・

某日

ずっと気になっていたこれを、ようやく見てきた。
東京駅の丸の内北口にある、東京ステーションギャラリーにて。
丸く優しく、素朴で、東北のことばの祈りをまとったみちのくの仏さまたちが大集合しています。めちゃめちゃおすすめです。お近くの方は、ぜひ!