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人生は夢じゃない

先週、とある会議(10代後半の若者への支援に携わる人たちのミーティング)でコボリさんという方にお会いしたら、帰り際に、

「実はぼく、たまに駅前でギター弾き語りしながら若者にお味噌汁を配っているのです、あ、もちろん市の許可はもらっております」

と、言う。

コボリさんは礼儀正しく、まじめそうな佇まいで、しかしどこかなにか一風違うというか、興味深げな香りが羽織の裏から漂ってくるような青年(おじさん?)とは思っていたが、まさか味噌汁を配布しながらひとりで歌を歌っているとは。もちろんそれは仕事ではなくてただのコボリさんのライフワークである。

どこで歌っているのですか?と尋ねると、わたしの家からも近い、やや大きめの駅だった。えっ、そこならよく歩いてます。今度ぜひ聴きたいです。と言うと、その日のうちに、

「次の月曜の18:15くらいから駅前で歌いますので、ご無理なければお寄り下さい 」とLINEをいただいた。
わたしの言葉を社交辞令ととらずにちゃんと教えてくださる、律儀な方だ。
ちなみにわたしは、ほぼ社交辞令を言わない人間である。(言わないというか、言えないのである)
ほんとに行きたいときしか「行きたいです」とは言わない。行きたくないなと思ったら、「今度行きますね~」とは絶対言わない。
だから、コボリさんの歌も本当に聴きに行ってきた。

18:15って日も落ちてもう寒い頃だよなあ、なにか暖かいものでも差し入れすべきか?お菓子?それともホッカイロ?暖かい飲み物?
そんなことを思いつつ、ヴァイオリンをかついで(レッスン前だったんです)、陽の沈んだ寒い駅前へ。

ちなみに前の日記にあるように、土曜日にがっくしと気持ちの調子を落としたわたしはこの日の朝もまだ不穏な気配を漂わせていたのだが、いつもの朝のルーティンをこなし、朝日を浴びながら散歩をし、帰宅して掃除や洗濯をし、さらに毎度お世話になっているほぐし処へサクッと短時間だけ身体をほぐしてもらうなどして、まぁまぁ上向いてきたかな?どうかな?くらいの心持ちであった 。

……しかしそもそもほんとうにやってるのか、こんな暗い時間に、こんな駅前に。
と、ちょっと疑い気味に駅前広場に近づいてみると、ご本人の姿が見える前から高らかな歌声が聴こえてきた。

え!すご!
マイクなしでこの声量!?
めちゃくちゃ高らかに歌ってる声が聞こえてくる。

ほんとにいた!と思い、あわてて近くのお店でたい焼きを購入。よく分かんなくて、4つも。あんこ2つ、クリーム2つだ。

歌うコボリさんの近くには10人くらいの観客が遠巻きに、でも妙に親しげな距離感で歌を聴いていた。制服姿の女子高生や、部活帰りの男子高校生たち、会社帰りっぽい女性や、サラリーマンたち。通り過ぎるのではなく、ちゃんと立ち止まって聴いている。時折、会話して笑ったりもしている。
おお、と思い、その輪の片隅に目立たぬようにインする。

コボリさんは、「はっきりさせなくてもいい  あやふやなままでいい   僕達はなんとなく幸せになるんだ~」と、ギターを弾きながら歌っている。

あれ、この歌、聴いたことがある。

あるどころか、わたしは高校生の頃、この曲をウォークマンで通学中にたくさん聴いていた。
学校なんて行きたくなかったあの頃の自分。
いやだな、という気持ちを鼓舞するのか、紛らわすのか、わたしはいつもウォークマンで音楽を聴いていた。
あの頃のわたしは音楽やラジオにたくさん励まされて、その時期を乗りきったと思う。

コボリさんが歌っていたのは、そんな頃の自分を救ってくれた歌の中のひとつだ。

懐かしさに胸をぎゅっと掴まれる。

はっきりさせなくてもいい
あやふやなまんまでいい
僕達はなんなとなく幸せになるんだ

何年たってもいい 遠く離れてもいい
独りぼっちじゃないぜウィンクするぜ

夕暮れが僕のドアをノックする頃に
あなたを「ギュッ」と抱きたくなってる

幻なんかじゃない 人生は夢じゃない
僕達ははっきりと生きてるんだ

夕焼け空は赤い 炎のように赤い
この星の半分を真っ赤に染めた

それよりももっと赤い血が
体中を流れてるんだぜ

夕暮れが僕のドアをノックする頃に
あなたを「ギュッ」と抱きたくなってる

幻なんかじゃない 人生は夢じゃない
僕達ははっきりと生きてるんだ

夕焼け空は赤い 炎のように赤い
この星の半分を真っ赤に染めた

それよりももっと赤い血が
体中を流れてるんだぜ
体中を流れてるんだぜ
体中を流れてるんだぜ

ザ・ブルーハーツ「夕暮れ」

ふと気づくと、私の隣には、制服姿のあの頃の自分がウォークマンを耳につけながら立っていた。
(そんな気配がしたのだ)
44歳のわたしと、16歳のわたし。
並んで聴く、令和5年の、ブルーハーツの「夕暮れ」。

右肩にバイオリンの肩掛けベルトをギュっと握りしめながら、涙がぽろりとこぼれる。

なんだこの涙は?

「いい歌だからだよ」
と、ウォークマンをした16歳のわたしが言う。

そうだよね、いい歌だからだよね。あんたにもいい歌だったろうけど、おはさんになったわたしにもいい歌だよ。
いい歌だから泣けてるんだ。簡単なことだ。

ぽろぽろと涙しながら、拍手。

そのあともコボリさんは周りの人からリクエストを募り、「酒と泪と男と女」とか、「昴」とかをうたっていた。いちいち上手い。プロなのか?と思うくらいだ(だいたい、マイクなしであの声量なのがすごい )。

たくさんの人が足を止めて歌を聴いていた。
なんというか、人の気持ちを掴む、体温のある歌声だと思った。

4曲ほど聴いて、そろそろレッスンに向かわねばならない時間が迫ったので、流れを邪魔せずそのまま立ち去ろうと思ったのだが、ちょうどそのとき「ちょっと休憩します」とコボリさんが言う。
ササッと近寄って「コボリさん、ののっつです」と声をかける。
わたしが見ていたとは気づいていなかったコボリさんは物凄くびっくりした様子で立ち上がって、「おおぉっ」と目を丸くしてぺこりとお辞儀をする。

「とてもお上手でびっくりしました。「夕暮れ」好きなので嬉しかったです。これよかったら後で召し上がってください」とまだほかほかしているたい焼きの袋を手渡し、そしてレッスンへ向かった。

バスに揺られながらレッスンへ向かう。
いい歌を聴いて、涙が出るなんて久しぶりだ。
音楽っていいなとやっぱり思う。
あの歌は心が元気になるよ。ねぇ、と隣を見たら、もう制服姿のわたしはいなかった。

・・・

夜になって、コボリさんからお礼のLINEがきた。

「いただいた鯛焼きは、野球部の練習帰りらしき高校生たちと一緒にいただきました!」

とあり、なんだか笑ってしまった。


幻なんかじゃない、
人生は夢じゃない、
僕たちははっきりと生きてるんだ。