ひとりあそび

夏休みの宿題は、いつも最初の一週間で終わらせていた。母にそうすることを期待されていると思っていた。たしかに早く終わると楽ではあった。

結局、僕はいつまでも子どものままなんだと思うしかない。誰かに何か指令を与えてほしい、もしくは行動の許可でもいい。とにかく僕の次の行動を指定してほしい。そうじゃなきゃ動けない。

でも全部の行動が誰かによって決められていたわけじゃない。そこからはみ出るものがたしかにある。それが僕なのかもしれない。そこに僕がいるのかもしれない。

子どもの時は、よくアルミホイルを丸めて直径2センチくらいの球体を作って、一人で野球をしていた。これは結構やっていた。これはいつだろう。多分小学校の終わりから中学校を卒業するくらいまでやっていたはず。一人っ子の僕は遊び相手もいなかったし、何となく遊んでいるところを親に見られてはいけないような気がしていたので、母がお風呂に入っている時や外出している時を見計らって、一人で野球をしていた。

リビングの入り口のドアがピッチャーマウンドで、奥にあるカーテンがキャッチャー代わりになっていた。攻撃の時は、リビングの入り口がバッターボックスになり、カーテンは外野のフェンスになる。守備の時は、ひたすら一人でアルミホイルボールを投げ込み、攻撃の時は、一人でトスバッティングの要領で、ボールを上に投げて、使っていない長い鉛筆をバットにして打った。

基本的には対戦形式で進んでいた。甲子園が舞台になっていて、トーナメント形式でいろんなチームが出てきて、僕が一人で敵も味方もやって、ぐるぐるぐるぐる9回まで対戦して、それを何試合も勝者が決まるまで、もしくは母がリビングに戻ってくるまでやっていた。でも一番多かったのは、プロ野球形式だったような気がする。実際のチームと選手が出ていることもあったけど、ほとんど自分の頭のなかで作り上げた架空のチームと選手が1シーズンかけて戦っていた気がする。全部はできないので、ほとんどはダイジェスト的に、頭の中で処理して、要所の試合だけ自分でやっていた。

僕は、母のいない隙を狙っては、一人で何役もやりながら、ひたすらアルミホイルのボールを鉛筆でひっぱたいていた。豪快なアッパースイングの選手もいれば、イチローみたいなタイプの選手もいた。速球派もいたし軟投派もいた。そうやってひとりで探究していた。アルミホイル野球を。頭の中で、自分がヒットメーカーになっている時もあれば、和製スラッガーの時もあった。外国人助っ人の時もあったし、二段モーションで振り下ろすみたいに投げる高身長のピッチャーだったときもあった。僕のこの遊びを見たことがある人は、世界中で犬しかいない。実家で飼っていた犬だけが、僕のこの遊びを観戦していた。


犬だ。犬がいたんだ。昔は家に犬がいた。かわいいやつだった。寿命の半分近くを病で苦しんだあの犬。ああだめだ。犬のことを考えると泣きそうになる。遊びのことを考えていたのに。

犬は、僕の頭の上で死んだ。僕は、リビングの電気を消して、息絶え絶えの犬をなでた。僕には、寝て起きた時、犬が死んでいることがわかっていたから、どうしても電気が消せなかったけど、結局僕は電気を消した。電気を消したから犬が死んだ。僕はリビングで、犬のふとんの横で、犬の足が頭に触れているのを感じながら寝た。犬も僕の存在を感じながら死んでいったのだと思う。

犬が死んで何年が経ったんだろう。4年か、5年か。そういえば、何日か前、犬の夢を見た。何をしてたっけ。思い出せない。たしかに夢のなかに犬が出てきて、僕は口角の上がった犬の笑顔を見ていた。にかっと笑っている犬がいた。

夏休みになった。子どもたちが、朝から晩までそこらへんをうろついている。僕はマクドナルドでメガマフィンのセットを頼んだ。飲み物にアイスカフェラテのMを頼んだ。砂糖はいらないと断り、トレーに載った僕のメガマフィンセットを運ぶ。二階には、何人か宿題をやっている子どもがいた。中学生くらいだろうか。最近ますます中学生と高校生の区別がつかなくなってきた。僕はもうおじさんか。年なんか関係なく中学生と高校生の見分けはつかないのものかもしれない。

朝からマクドナルドは盛況だった。本を読んでいる女の人、電話をしているおじさん、前を凝視しながらハンバーガーを口に運ぶおじいさん、カバンを持って仕事に向かうおじさん。

僕は、自分のメガマフィンを早々に腹の中に入れて、カフェオレのカップを直飲みしながら、パソコンを開いた。紙ストローはどうにも好きになれない。どこかの店で竹を原料にしたストローというのが出てきたけど、あっちのほうが口当たりはプラスチックに近かった。どうにも紙ストローの口当たりは好きになれない。仲良くできない。時間がくるまで、僕は何も意味のない文章をひとしきりパソコンに打ち込み、バイトに向かった。パソコンは重たいのでなるべく持ち運びたくない。