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僕にとっての写真の捉え方

母と話して偶に思うのが、写真の加工はいけない事だとと考えているのではないかと感じるときがある。きちんと統計を取った訳ではないので印象論になるが、多くの人が悪印象を抱いているように感じます。

で、僕はどう思っているのかというと昔は趣味でカメラをとっている者としては写真を加工することは、かなり悪印象を抱いていました。

理由は、写真の撮り方を教えてもらった人から、「被写体をとる際に落ち葉とか邪魔になるものが合ったら、取り除くんだよ」と教えられ、それを教えてもらった僕は、写真を撮るうちに『写真を撮る前に沢山真実を歪めているのに、写真を撮った後の画像を編集したら、そこには何が残るんだろうか?そこは写真として越えてはいけない一線ではないのだろうか?何でもかんでも加工するなら、全部一から作ったCGと何が違うのだろうか?』と考えていたからでした。

その為、その頃の僕は、デジタルカメラの有用性を認めていたことや加工そのものは割と好きだったものの、撮影後の写真の画像を加工し、写真として提出することに嫌悪感をもっていました。

そして、今は現像代の関係で銀塩フィルムのカメラは使っておらず、コンパクトデジタルカメラを使うようになったことと考え方が変わったこともあり、写真を加工する事に対して嫌悪感はなくなりました。

では、今はどのように考えているのかというと、考え方を変えた明確なきっかけはないのですが、僕にとっての写真は、撮影者が感じ取った表現したいモノを表現するための方法であって、真実を映し出すものではないと考えるようになったからです。

具体的に例を挙げると、空はもっと青いほうが奇麗だから、青くする。画像は暗いけど、明るくしたら奇麗だから明るくする。幻想的な雰囲気を出したいから、画像全体を少しぼかしてみる等です。

写真の捉え方は、人それぞれ他者に迷惑をかけない程度で好きにすればよいと思いますが、もしかすると前の僕みたいにデジタルカメラや画像の加工の有用性を認めつつも、嫌悪感をぬぐい切れない人がいるかもしれません。

その時は、上記みたいな捉え方をすると、嫌悪感は薄まるかもしれません。

余談ですが、今はコンパクトデジタルカメラを使っていますが、お金に余裕ができたらリバーサルフィルムで写真を撮るようにしたいです。あの色は、まだデジタルでは出せないと僕は思っているので。ただ、今ちょっと軽く調べた感じだと年々生産が減っているみたいなので、余裕ができたころに入手は難しそうだなぁと感じました。

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