見出し画像

写真において偶然という要素は避けられない

前からずっと思っていたことであり、今回以下の記事を書いた際にあらためて強く感じたので、書きました。

今日、三時ぐらいに夕焼けの光に移った被写体の写真を撮りに行こうとした際に、大まかに三つの選択肢がありました。一つ目は、夕方まで家で待つこと。二つ目は、そのまま家を出て外で写真を撮りながら、夕方まで待つこと。最後の三つ目は、夕方まで一人カラオケした後に写真を撮りに行くこと。で、今日僕は、三つ目の選択肢を撮ることにしました。

恐らくですが、三つ目以外の選択肢だったら、今回はこのような写真は撮れる事は無かったでしょう。調べたらこういうとり方はあるとは知ったのですが、そもそも今回の写真を撮らなかったら調べる事すらしなかったのは間違いない。偶然ってすごいなと改めて思いました。

そもそも、昔から僕が写真を撮ることにおいて偶然を避けられないと思っている根拠は、ある人が白鳥を撮った際にフィルムを使い切っていない状態で明るい場所でカバーを開けてしまったが、試しに現像してみたら虹色が掛かった写真ができたという話を聞き、且つその写真を見たことがあるからです。

見た印象としては、全体にグラデーションが掛かった感じな写真で幻想的な写真でした。狙って起こせることじゃないようなぁと当時ですら思っていました。

知識や経験で偶然の要素は出来る限り排除することは出来ますが、最終的な一線は偶然という要素を省くことは出来ないと今回の件で改めて思いました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?