双子の兄

 ぼくには双子の兄がいる。十年前ぐらいにできた双子の兄だ。
 兄はぼくと違って非常に活発な人だった。なにをするにも先陣を切り、兄が動くとみんな兄に付いていった。それは、そうしたいという意思が、兄の前にいた人の意思を汲み取ったうえでの行動でもあったけれど。
 兄は第一印象が良く、人見知りもしなかった。酒の席で、兄がいるテーブルはいつも騒がしかった。兄の周囲には常に人がいて、兄がアルコールの海で船を漕ぎ始めても、周囲の人が兄の世話をする。
 兄は口がよく回る人だった。もっともらしい言い訳を考えるのが得意で、それが面白いものだから、みんなが兄に話を振った。それを繰り返しているうちに兄はとてもおもしろい人になっていた。
 兄には人を引き付ける魅力があった。平々凡々な容姿に不釣り合いなユーモアセンス。真面目なリアリストかと思いきや、突然、馬鹿なロマンチストになったりする。兄の一挙手一投足にみんなが釘付けになっていた。

 たくさんの人に好かれている兄。たくさんの人に面白がられている兄。
 けれど兄にも弱点があった。人の心がわからなかった。
 兄が人の心を語る時、それは映画やドラマで得た知識でしかなかった。兄は人がどんな話題で笑うのかは知っていても、どんな風に笑うのかまではわからなかった。ぼくは兄が羨ましいと思う反面、兄の人間味のなさを怖いと思った。

 人の心がわからない兄は、そのまま人の心を裂く仕事についた。乱暴に人の心を裂きつづけた兄は、腕に刺さった破片で人の心を理解するようになった。人の心を知った兄は極端に人と関わることを恐れるようなった。兄は精神を病んで、ひきこもるようになった。もう誰も兄の世話をする人はいない。もう誰も、兄の面白い話を聴けない。

 ぼくは、兄を可愛そうとは思わなかった。自業自得だと思った。
 誰からも好かれていた兄は、誰からもそれを指摘されず、結局はいまも昔も変わらない、一人ぼっちだったのだ。
 ぼくは、いま兄と一緒に暮らしている。
 毎朝、兄の部屋をノックする。
 ぼくはノックする。返事はない。ぼくはノックする。物音もしない。ぼくはノックする。呼吸も聴こえない。ぼくはノックする。無音。ぼくはノックする。無音。ぼくは呟く「いつか元気な姿を見せてください」無音。


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