恐怖を感じる瞬間

 未知の生物が人の頭を丸かじりするよりも、異形のモンスターが画面いっぱいに映し出されるよりも、恐怖に狂って意思を放棄する人間のほうが怖い。死人がよだれ垂らして歩き回る映画なんかじゃ必ずと言っていいほど絶望的な状況にとち狂う奴が1人はいる。お前こそ本物のゾンビだ、と言いたいぐらいの見事な足の引っ張りをする。人が意思と理性を放棄した瞬間はゾンビがガブッと噛みつくシーンなんかよりもよっぽどグロテクスだ。

アンホーリー 忌まわしき聖地」はお粗末なB級ホラーといった具合で、お約束もあるが全編を通してやや緊張感に欠ける暇な映画だった。ただ主演を務めているのがジェフリー・ディーン・モーガン。「ウォーキング・デッド」とか「ウォッチメン」が好きな自分としては嬉しいキャスト。強くて勇ましい男性を演じることが多い演者で、映画前半の怪奇現象にビビり散らかす姿はかなり貴重なものを見た感じがして嬉しい。調べてみるとこの映画、日本では劇場公開されてないらしく、さらにレアな物をみたという気持ちが湧いてきた。

 視聴中はウォッチメンやらウォーキングデッドやらの印象が強すぎて、こんな化け物、一撃で倒せるだろ……、など別作品のイメージが先行してしまって作品に集中できなかった。これは作品自体の……ストーリー自体に入れ込むことができなくて別の部分に注目してしまう、面白いと感じなかった映画に対してだけ発生する現象。物語自体が役者に負けているのだ
 物語が演者に敗北するのは結構ありがち。絵は良い、とか、キャストは良い、とか映画に限らずドラマや漫画なんかでも発生する。この現象が全く持って悪いとは思っていない。これが発生するおかげで面白いか否かの判断がつけやすくなる。指標になるわけだ。

 なんかすごく面白くない映画だったと言ってるみたいだけど(実際あんまり面白くない)良い場面もあった。それは聖母マリアを名乗る悪魔がろうあの女の子を通して下半身不随の男の子に奇蹟を起こすシーン。それまでやんややんやとお決まりの如く不信感を募らせていた群衆が奇蹟を目の当たりにした瞬間、まさに手のひらを返すようにして、ろうあの女の子に信仰心を抱く。その場にいた人たちのひっくり返り様が全編通して1番怖かった。人知を超えた御業を前にすると人間はこうも簡単に倒れこんでしまうのか、と。僕たちは知恵と勇気と、強靭な意思と意識を持ってここまで生きてきたわけです。そういったコツコツ積み上げてきた人間たる要素を積み木を崩すみたいに簡単に壊されて不安と恐怖でいっぱいだった。

 怪物のドアップや爆音SE、薄気味悪い雰囲気よりも、物語を進める上で必要だから差し込まれたシーンにかなり重たい気持ちになった。



寿命が伸びます