ロフトと元カレ

一生忘れないな、と確信する瞬間がある。

その日私は、当時付き合っていた彼氏と、人生初のロフトへ行った。自慢じゃないがド田舎生まれ、ド田舎育ち。おまけに、誕生日にケーキ食べれるなんてお金持ちじゃん!ってゆう金銭感覚なお家だったもんで、軽く10年は時代を遡る感じで育ったから、元カレに「ロフトで買いたい物があるんだよね、一緒に行こ」って言われた時も、ピンともパンともこなかった。どんなとこなのか想像もつかないまま、金魚のフンみたいに元カレに付いて行ったあの日の私は、ちょっと気分がブルーだった。なんでかって。


当時の元カレは、私史上No.1イケメンだった。キムタクと田村正和を足して2で割った感じ。嘘じゃない。見せてやりたい。いつも上下黒、黒いTシャツに黒いパンツ、カバン持つのが嫌いで、黒いジャケットのポケットに裸のままお金を突っ込んで、歩く時はパンツのポケットに両手突っ込んで。似てるって言われることが多かったから、たぶん自分でも意識して寄せてたんじゃないかと思うんだけど、髪型は「どんないいこと」歌ってた頃のキムタクに似てた。ロン毛が好きで。

ロックが好きで、自分でもバンドやったりして、ベーシストで。私がボンジョビやローリングストーンズを知ったのも、彼の影響。彼とクラプトンのライブにも行った。横浜アリーナ。

イケメンで、無私の優しさを見せてくれる彼が大好きだったけど、彼はいわゆる、残念な男だった。幸せを思い描けない、未来に絶望してる、刹那的な男だった。飲めば飲まれて、死を口にした。こないだ中華街で占ってくれた占い師さん、あなたドンピシャですよ。そう、私は恋愛が下手、ダメ男にばっかり引っかかる(笑)

彼は油絵も描いてたんだけど、割と良い絵を描いてて、私は彼の描く絵も好きだった。彼の描く絵も刹那的で、そこに彼らしさが見えるのが、私には愛しかった。

ブルーだったのは、その彼の残念さに潰れてしまいそうだったから。頭のどこかにいつも「別れ」が張り付いていて、でも顔を見るとやっぱり彼のことが憎めなくて、不安定だった。


彼のお目当てはベースのピックと、ポスターと、画材と、色々あった。私はロフトに並んだ魅力的な雑貨に目を奪われて、ときめきながら彼の後を付いて歩いてた。人が多くて迷子になりそうで、真っ黒な背中を確かめながら歩いてた。


その時だった。


高くて澄んだ音が聞こえて、私は反射的に振り返っていた。音の出所が知りたくて、もう一度その音が聞こえるのを、立ち止まってじっと待っていた。店内のどこか、それもそう遠くない場所から聞こえてきたその音は、風鈴のようで風鈴じゃない、金属的な、それでいて柔らかさのある響きだった。初めて耳にする響きなのに、いつだったかわからないいつか、ずっとずっと前に聞いたことがあるような音だった。記憶の向こう、意識の向こうの無意識から聞こえてきたような。

稲妻に打たれたみたいに立ち止まった私に気付いて、少し先まで歩いていた彼が戻ってきた。何度か名前を呼んだらしい。気付いて振り返ったら笑われた。「どしたの?」って尋ねる彼に、聞いたことがないくらい良い音が聞こえた、それが何の音なのか知りたくてここから動けないと伝えた。

彼と一緒に探した先にあったのは、ウィンドチャイムだった。シルバーの細い円柱が5本、黒い円形の板からぶら下がっていて、それがぶつかり合うと音がする。

高く響いて消えていくその音は、芭蕉が詠んだ俳句のような音なんじゃないかと思う。鐘を離るる鐘の音、正にそんな感じ。

ウィンドチャイムはそこそこ良いお値段がした。額面の一番大きいお札が飛んでいくくらいだったと思う。当時の私には、手が出なかった。本当に本当に欲しくて、そのウィンドチャイムの前を何回通り、何回立ち止まったかわからない。とうとう清水の舞台から飛び降りることができず、泣く泣く諦めた。

買えなかったウィンドチャイムに恋焦がれる日々が始まった。耳の奥に残った響きと、あの時の衝撃がリフレインする。ウィンドチャイムなんてなくても生活はできる。カツカツの生活をしていた当時の私には、ウィンドチャイムに10,000円投じる勇気がなかった。

あったのは、元カレと別れる勇気。

ロフトに行ってからしばらくして、私は元カレと別れて1人になった。


ところが、一人暮らしのアパートに、突然元カレが訪ねてきた。嘘でしょ!!!ってドン引きしてる私をよそに、ズカズカとアパートに上がり込んできた。普通来ないでしょ!ってめっちゃ引いてますアピール全開の私に「なんで?知り合いなんだし、別におかしくないでしょ?」ってニコニコ笑ってる。付き合ってた頃と同じテンションで普通にお喋りしてる。まさか私が古いの⁉︎固いの⁉︎と思考の迷子になった頃、元カレは包みを置いて普通に帰って行った。

あの、ウィンドチャイムだった。


なんてことしてくれんだよ。

泣いちゃうじゃんか。

そうゆうとこだよ、ずるいよ。


しばらくウィンドチャイムは箱にしまったままだったけど、その後結婚して子供が産まれるまで、私はずっとそのウィンドチャイムを大事に飾り続けてた。

後にも先にも、あんな事は初めてだったから。

あんな風に音と出会ったことは、あの時一度きり。

私にとって、一生に一度の出会いの瞬間だった。


今もロフトに行くたびに、ロフトの看板を見るだけで、いや、ロフトって名前を聞いただけで、あの時のことを思い出す。ロフトの店内を歩いていると、あの瞬間の衝撃がまた起こるんじゃないかと淡い期待をしてしまう。

最近、あの音に近い音を見つけて、また10,000円で悩んでいる。

誰か私に小田原風鈴プレゼントしてくれないかしら。

くれないな。今度は自分で買うしかないな。

あの後私は思い知ったんだ。

その音がなくても生きていけるけど、その音には金額以上の価値があることを。

中華街の占い師さんが当たってるのは確か。

でも、それを教えてくれた元カレが優しい人だったことも、確かなのだ。



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