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「猿の見る夢」長考中!!

桐野夏生さんの「猿の見る夢」を読みました。週刊現代の連載小説の書籍化です。

大手銀行からアパレルメーカーに出向した男、薄井は、社長の織部と二人三脚で会社の大規模な拡大に成功する。今年59歳になるが、定年後も良い立場を保ちながら会社に居続けられるよう抜け目なく立ち回っている。

私生活では10年来の愛人美優樹と週二回、定期的に会いながら、家庭には波風を立てない様に上手く保っている。妻の史代とは実家の土地に二世帯住宅を建てる話が出ており、ぱっと見順風満帆な男が、美人社長秘書の朝川や謎の占い師・長峰との出会いによって、盤石だった足元が異なる様相を呈していく。。。と言った内容でした。

VERY連載の『ハピネス』『ロンリネス』にはママ友やタワマンカーストなどで女性向けの味付けがされていましたが、こちらはセクハラ、パワハラに気を使い、定年後の雇用や二世帯住宅を建てる将来に思いを馳せる50代、60代の男性向けの味付けがされています。

最初の読後感は、なんかこの人楽しそうだな!でした。

愛人の美優樹とは本編を通じて、「まあさん」「みゆたん」と呼び合い、薄井はしょっちゅう美優樹を腐していますが、馴れ合った二人の関係性は心地良さそうです。別れるなら一千万払えとか、私の一人暮らしをあてにした逢瀬はセコいとか美優樹は怒っているのですが一千万はともあれ、言ってることは最もな内容が多いです。いくらでもジメジメ恨んだり憎んだりできそうな美優樹の環境になのに、ドライにかつ実直に薄井を愛している、とても都合の良い優しい人だと思いました。都合の良さを薄井につけ込まれてるから終始イライラしてるけど、薄井の都合にちゃんと振り回されてあげているんですよね。

それで、家庭はどうかと言うと、妻の史代は庭にゴミが捨てられてるとか薄井の実家の義母・義妹と仲が悪いとか、そう言うことをグジグジ考えながら、ゴルフの婦人会に入ったりして上流な生活を甘受している平凡な女性です。ニート次男の翔は、(薄井は草食ニートの翔と反りが合わないのですが、)素直で頼み事はきちんと受けてくれ、物語の後半でいざと言う時はすぐ就職を決めてくるとってもいい子でした。

薄井にとってこの家庭は、帰ってくるのに及第点って感じの場所です。色々めんどくさい事も気になる事もあるけれど帰る場所はここって言う。ちょっと上から目線な感じです。

何、この人!?あっちもこっちも上手いこと保って、マジで順風満帆なワケ?となりますが、いえいえ、そんな事はなく。

妻の史代も愛人の美優樹も、後から登場する実妹の志摩子もそれぞれに苛立ちや苦しみを薄井に伝えているのですが、薄井が利益の行方しか見ていないから、女の苦情はピーチクパーチク小鳥のさえずりの様にしか聞こえていないのです。他者の深みを見ようとしない、そう彼は軽薄。

そんな訳で、自業自得、無傷と言う展開にはなりません。薄井の上っ面人生はその終盤において大きなヒビが入ります。

ただですね、女性たちのお陰で金銭的にはプラスになったり、最後に好意を示した女性はなかなかの大物だったりして、それが薄井のセーフティネットになっています。

読んでいるこちらとしても、虫取りに夢中で山で迷子になった坊やを見てるみたいで、悲惨な最後は見たくないなあと言うバイアスが働くのですね。なぜか。

だからですね、

女性達が見せる甘やかな悪夢に溺れる薄井が、これからも続く人生で、もう一花咲かして、本当の孤独とか人生の暗さに気づかずに、低空飛行でも飛んで、虚飾の宴で踊っていてほしいなと思う次第なのです。猿の見る夢ならずっとずっと覚めなければいい。

なんか適当なところに再就職して、そこでそこそこ仕事しながらなんやかや美優樹と縁が続いたらいいねって思いました。

そして、この物語のキーマンである占い師の女・長峰は本編の中では作者・桐野夏生の化身なのだと思いました。作者であり演者である彼女はすごく怖くてすごく優しい、これは愛なんだなあーと勝手にしみじみしてしまいました。

なんでしょうね、長峰は一杯くれるけど、一杯怖いんですよね。田舎のばーちゃんみたいな、、、ふんだんで、居心地よくて、断りづらいなあ〜みたいな。あの感じ。その感じが、薄井の未来が悲惨になるかどうかにベールをかけているのですね。それは、やっぱり愛なのかなと思ってみたり。

薄井め、ズルばっかりしやがって、天罰が下ったんだバカやろう!とは思えない、そう言う作品でした。

なんだか取り止めも無くなってしまいましたけど、またいつかどこかで長考中にお会いしましょう。



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