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小説 彼女と言われる人

 2005年4月25日と26日の日が変わる時間まで、わたしには彼女と言われる人がいました。
 結婚をする予定でした。彼女がどうしても丘の見えて、チャペルがある式場で結婚式をあげたいといっていたから、結婚資金を300万円プラスにすべく、プロポーズの時期を遅らせていました。
 彼女と付き合って2年がたっていました。仕事はうまく言ってませんでした。開発職で入った会社でリストラ候補にされ、営業所に飛ばされ、備品を管理する仕事を拝命しました。営業所には地下があり、倉庫になっている部屋があります。そこに机が置かれわたしはそこにいろと言われました。
 彼女との出会いは、そんなときでした。上野の不忍池で池を眺めていたわたしに声をかけてくれたのです。
 身長は150ないくらいで、黒髪で化粧っけがほとんどないので最初子供かなと思いました。聞いたら、わたしと同い年でした。
 死にそうな顔で池を眺めていたかは声をかけたんですと微笑みながらいう彼女。右の頬にエクボができて、わたしが170あるから、わたしを見上げる形になったから、「なんか恥ずかしいですね」と目を逸らした時に、好きだなと思いました。死ぬつもりで池に行ったかはわからないけど、生きようと思いました。彼女が困ったら、命を賭して守りに行くと決めたんだっけ。
 彼女は、小野真由といった。仕事は大企業で知財をやってると言っていた。わたしが、開発してますと言ったら、じゃあお友達ですねと微笑む。連絡先を交換して、デートを重ねて、付き合いたいというと、ほんとに?と顔を近づけて目を大きく見開いていった。
ホント、ホント。これっ、OKってことかな?と確認したら、うんうん、お願いしますと2人で頭を下げ合いました。
 わたしの給料は手取り17万くらいだった。開発職を追われ、営業所で働くからいろいろ引かれるとそんな感じだった。一年がたつ頃には結婚を意識したけど、こんなんじゃ養えないからと尻込みしていた。お金があったらプロポーズしたい。でも仕事も不安定だしどうしたらと頭を悩ませていたら、真由が今度兵庫に行くんだと言った。
 開発部隊が兵庫にいるから兵庫に知財部ができるんだとか。真由はそこの主任として配属されるて言った。一緒にいて欲しい、結婚して欲しいと喉からでかけた。でも、頭の中がぐるぐるして言葉が出なかったら、真由はわたしの手を触って、大丈夫、一緒にいよって笑ってくれた。
「結婚しよう。前にやりたいっていた式場で。300万貯めたら迎えに行くから」
真由は驚いた顔をした。
「うん待ってる」とわたしに抱きついてきたから抱き返した。

 真由が事故にあった日は2005年4月25日。わたしは仕事をしていた。2005年2月に開発に戻してやるという上司がわたしに頓挫プロジェクトを成功させることを条件にしてきた。完成が目に見えていた。成功したら開発に戻れる。しかも、今月の給料日で300万円が貯まる。
 明日、真由に会いに行って、プロポーズ。開発にも戻れるし、まゆも喜んでくれるはずだ。鼻歌を歌いながら自販機でコーヒーを買っていたら、お義父さんから連絡があった。真由が事故にあって病院にいるから早くきなさい。
 上司に相談したら、ため息をつく。お前のためだろ、これ成功したら開発に戻れるんだぞ。彼女のことは後にしても大丈夫なんだからと肩をポンっと叩いた。
 明日行けば良い、という言葉が頭をよぎる。真由との今後があるのだから、仕事は大事。開発に戻れるならと仕事を選んだ。
25日から26日に切り替わる時間、お義父さんから連絡がきた。
 真由が逝去したよと言われた。わたしの名前を呼んでいたよと言われた。君は今どこにいるんだい?
 いや、あの、明日朝イチの電車で、、、
 そうか、わかった。来なくて良いよ。
 えっ、あっ、うっ
 ツーツーツー
 わたしの浅はかな考え方を恥じた。仕事なんて何でもやれば良いじゃない。養うなんて言ったって一緒に生きていけば良いじゃない。何カッコつけてんだオレ、、、