夜景を見ながら

僕の友人が会いに来た。
一年ぶりな気がする。電話はしても、今の僕は人と仕事以外で会わない。

・・

僕は彼を友達だと思っている。

ただ僕は彼を、尊敬はしていない。

ライバルのようにも思っていない。
カッコいい男だとも思わない。
彼は良い意味で学生時代の友人だ。

馬鹿話を今でも懐かしい話として笑う。

今も変わらず、相変わらずな俺らは、あの時とは少し変わったけど今でも当時の事を思い出して笑い合える。それも友人だ。だから彼は僕の友人だ。

僕は彼の幸せを祈っている。

本当に心からか?と聞かれたら、本当だ。

今は何となくだけど、みんなの幸せを祈っている。

ましてや人の事を
「幸せなるな」とか「不幸になれ」とは今は思わないかな。
気持ちは解かるけど、さすがにそこまではね。

・・

今日僕が彼と話をした中で一番重要な瞬間は、

「自分の姿や力を俯瞰して見ていないと痛い目に合うかもしれないから気をつけようぜ」

と僕が話した時だと思う。

僕は痛みを知っている。どんな痛みかは色々あるけれど、
傷つき、痛み、死にかけた挙句、その痛みから大事なことや経験、生きる力、術を学んだ。

絶望は死に至るが、いつか本当に最期の死に至るまで。
それまでに僕らはまだまだ、多くの学ぶ事があると思っている。

・・

僕は
「気が強いのと、我の強さと、我が儘と、肉体と精神が強いは別と思うわ」
と言った。

彼は
「わかってるわ」
と言った。

・・

彼曰く

「俺も経験したから解かるけどな」
「人事とか事務やったら人の事を考えるけんな、わかるようになるよ」

は、何をもってそう言っているのだろう。
彼がその次に言うのが

「でも普通○○だったら、年に何回かは○○するのが普通やろ」
「そういうやつはな大抵○○やから、○○みたいな事するねん」

それは自分の意見であって、さすがに常識とか普通とか言う固定概念が酷い。
彼の母親も似たような人だけど、色々話を聞いたけど、彼は大人になってから何が変わったのだろうか。

・・

「煽り運転する奴は○○の○○乗ってるイキってる奴やから見たら解かる」

偏見どころか甘く見過ぎだろうと思う。

彼は車やバイクが好きなのはわかるし認めるけど

「○○って外国では大衆車やぞ、そんなもんも知らんで何偉そうに」
「○○〇の車は向こうでは高級車だけど、日本やったら大衆車やろ、〇〇〇はあかんわ。やっぱり○○〇か○○○○が一番やけんな」

どんだけ普通や常識が強すぎるだよと、呆れも通り超えた。

もう長い付き合いだから笑って聞き流すけれど、いつも彼の話は聞いていると疲れる。

話はいつも長い。いつもそう思いながら聞いてる。
でも、逢いに来てくれてありがとう。

魔法が解ける事を祈っている。

僕らが幸せになって笑い話になる日を心から待ってる。

僕は彼の幸せを願っている。
いつか笑い話になる日を強く願っている。

僕は強くなるから。賢くなる。

その為には本当に殴られて、叩かれて。傷つきまくって、さらにその先のどん底にいるような気になって。
落ちぶれても、更に多くの生傷を抱えていくのだと思う。

それは嫌な事だ。カッコ悪いよ。無様だよ。
それでもこれが僕だ。僕のこれから生きていく現実だ。

言うか言わないか、笑うか笑っていないかは別。

・・

2024/03/24 追記

しかし相変わらず、決めつけの多い事、多い事。

バイク、パソコン、仕事、人間関係、男女の話。

バイクにしろパソコンにしろ、彼が知っている内容はやっぱり偏りが酷い。

自分が見聞きした情報だけを
「この情報は間違っていない」
と、断言しかできない。

それが一意見である前提が全くない。絶対の断言しか今でも彼は出来ない。
今の僕が一番苦手な奴だ。嫌いなタイプの人間だ。

「○○は○○が一番」
「○○はあかん。○○はすぐ壊れるからな」
「○○は基本的にそうだろ」

その基本や普通が、どこからか見聞きした、あるいは自分が経験はしているが、それも一意見であることが他人からは見えない言動をしている事が見えていないのだろう。

仕事や男女の話に関しては、僕から見れば

「お前童貞だろ」

「お前、仕事って偉そうに言うけど、親族の会社に入れてもらってるだけだろ」

「お前、喧嘩一つ、殴られた時の殴った時の痛みすらわからんだろが」

会社でも怒られたらすぐに退職願を書く。
偉そうに言える相手に偉そうにしてるだけ。
一緒に歩いて行くのが恥ずかしい。

というのが高校を卒業してからの彼への感想だ。やっぱり変わらなかった。

昨日電話して唯一理解できなのは、童貞を卒業してとうとう魔法使いのままで40代にならなくてよかったんだろうなって事くらいだ。

なんか一緒にいるのがやっぱり恥ずかしくなった。

これは人間としての話だ。
人間として、大人の社会人として、

彼と一緒にいたり、彼と関わっている自分を恥じるようになっただけ。

一緒にいるだけで疲れると言うより、馬鹿らしくなる。

なんでこいつはここまで痛いんだ。としか思っていなかったのが、僕はこいつと同じレベルにいるのかもしれないと考えるようになっているから縁を切っただけだ。

僕にも同じように見られて疎遠や縁を切られてしまった事はある。
だから全てにおいて、僕も彼も全ての仲間たちを見ながら僕も反省したり悔やむことがあれば謝れるなら謝りたい。

・・

けど、久しぶりに連絡したら、普通に
「ああ、あれは別に普通にいけたよ」
とスかした言動だったので

もうここでこいつの相手するのは止めようとブロックした。

お前、キモオタが何言ってんねん。
汚いオッサンが童貞の癖に偉そうな態度で気持ち悪い。

・・

これは「美学」や「己の正義」の話だと思う。

人と人が摩擦する時の、言葉にならない瞬間のあの冷たい痛みを知らないから、きっと当時の「俺ら」は優しかったのだ。

僕は、僕の優しさと、彼の優しさは大きく違うと思っている。

僕は当時、僕も含めて、学校やクラスで浮いていた奴を集めて
「面白そうだから」
「何かやろう、楽しい事やろうぜ」
と言って集めた「俺ら」が始まりだったはず。

いつのまにか何か大切なことや自分を見誤ってた時を青春と呼ぶには
青臭すぎるなと想う。

・・

人は変わるし、変われるから。

いつか僕が許される日まで。赦せる日まで。また。

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