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回文ショートショート・ 柿太郎

蔵暗く 鹿、案山子、狗ら苦楽
くらくらくしかかかしくらくらく

上 案山子とイヌ

 柿から生まれた柿太郎
 あられぽりぽり鬼退治
 あらあら鬼さん泣き出した
 柿太郎印の柿あられ
 鬼の格好をした売り子がそんな唄をうたいながら、タレの焦げる匂いをプンプンさせた屋台を引いて歩くと、屋台の後には子供たちの長い行列ができた。子供たちが面白がって鬼に合わせて唄うと、今度は大人たちまで何事かと窓から顔を突き出した。タレの焦げるいい匂いがする。お試し品をちょっとつまむ。ピリ辛で南蛮風の味がやけに後を引く。ハイカラだね。酒の肴にもいい。そんなこんなで、柿太郎の似顔を染め抜いたのぼりが立った屋台は、今日も押すな押すなの大賑わいであった。
 面白くないのが町の駄菓子屋である。客が目新しい商品に飛びつくのは仕方ないにしても、店の目の前でそんな屋台を広げられては堪ったものではない。
「あんた、ここで商売する道路の使用許可はちゃんと取っとんのかい」
ちょっとそんな小言を言ってみると、さっきまでニコニコしていた鬼がギョロリと目を剥いて、あられを煎る鉄の棒をブルンブルンと振り回して凄んだ。困り果てた駄菓子屋の主人が駄菓子組合に相談に行くと、どうもあちこちで同様のトラブルが発生しているらしい。緊急の会合を開いた駄菓子組合は、ここはひとつ案山子屋の親分にお願いしようということで話がまとまった。
 案山子屋の親分。通称、案山子の親分は元ヤクザ者で、出入りで片足をなくしたのをきっかけに堅気になり、奈良公園の鹿せんべい販売で成り上がった業界の顔役である。組合員のなかには、鹿せんべいは駄菓子ではないと、案山子屋を見下すような向きも無いでは無かったが、柿太郎のような無法者を相手にするには、義理人情に厚く、押しも強くて強面な、案山子の親分にまかせるしかないだろうということになったのである。
「柿太郎のことはワイも聞いとるで。まかしとき。」
 組合から派遣された代表者約三名は、親分が彼らの顔をみるなりそういったので一安心して帰っていった。実は組合の代表者約三名が案山子屋を訪れる前の晩、案山子屋の裏口の戸を叩くひとりの男の姿があった。男は名をイヌといい、自分は柿太郎の店から脱走してきた奴隷であると身の上を明かした。
 イヌは朝鮮半島の出身で、狗肉を扱う商人だった。ところが食文化の違いから、なかなか商売が上手くゆかなかったところへ、ついつい博打に手を出してしまい、拵えた借金の形に奴隷として柿太郎に売り飛ばされてしまったのだ。実は柿太郎の店で働いている鬼たちも、元々は、働きながら手に職をつけられると騙されてさらわれた異国人で、言葉もわからない彼らは、異国の地で死ぬまでこき使われていたのである。多少なりとも語学に通じていたイヌは、柿太郎の下でそんな鬼たちの世話をさせられていた、という話だった。
「案山子の親分さんのご高名はかねがね伺っております。どうか哀れな鬼たちをお救いくださいませ」イヌはそういって深々と頭を下げた。
「イヌはんいわれましたな。どうぞ頭をお上げになっとくれやす。」
この男、鬼を助けるために命懸けで柿太郎の店から脱走してきよったんや。イヌの肩に手を置いた親分は男泣きしていた。(つづく)
(2021年1月noteで公開)

中 柿太郎とサル

「柿太郎はんおりまっか」
 柿あられ本店の暖簾をくぐって帳場のへりに腰掛けると、案山子の親分は帯に挟んだ煙管入れを取り出した。帳場で作業していた若い鬼がさっと煙草盆を差し出す。
「こらおおきに」親分は煙管に火を点けて、深々と煙を吐き出した。
「これはこれは案山子の親分さん。生憎主人の柿太郎は留守にしておりまして、代わりに私がお話させていただきます」そういいながら印半纏を着た赤ら顔の男が姿を現した。
「あんた誰や」
「へえ、番頭のサルもうします。お見知りおきを」番頭のサルはそういってちらっと帳場の奥の衝立を伺う素振りをみせた。あそこに柿太郎がおるんやろうな。親分はそう察したが、素知らぬ振りをしてぷうーと煙草の煙を吐き出した。
「ほんだら云わせてもらいますけどな、おサルさんや」サルは愛想のよい笑顔で相槌を打つ。「あんたとこの屋台の商いが、えんらいえげつない云うて組合のほうに抗議が来てましてな、もうちょっと遠慮してもらえませんか、とまあこういうご相談ですねんわ」親分は一息にそういうと、一服してまたぷうーと煙を吐いた。
「へえ。まあそう云われましても、ウチにはウチのマニュアルがございまして」サルは愛想のよい笑顔はそのままに、眉をハの字に曲げて困ったような顔をしてみせた。
「せやかてあんた、商人(あきんど)には商人の仁義ちゅうもんがおますやろ」
「仁義といわれましてもねえ」サルはニコニコと頭を掻いてみせた。「一応うちは法令遵守で、警察の方からもちゃあんと道路の使用許可も頂いておりますので」申し訳ありませんがお引取りいただけますか、といおうとしたところ、親分がさも可笑しそうに煙を吹き出して豪快に笑ってみせたので、サルは言葉を詰まらせてしまった。
「法令遵守といわはりますか」親分はわざとらしく驚いたような顔をしてみせた。「なんや小耳に挟んだんどすけど、お宅で働いとる鬼さんら不法滞在の不法就労ちゅうはなし、あれ、わいの聞き間違いでっしゃろか。」
「はて、なんのお話やら」サルは笑顔のままだったが、その目はもう笑ってはいなかった。
 カン。親分が高い音をたてて煙管の灰を落とすと、それを合図にイヌが暖簾をくぐって姿をみせた。
 イヌの姿を見たサルは、また眉をハの字に曲げてすこし困ったような顔をすると、パンッパンッと手を鳴らした。すると店の奥から数人の鬼が出てきて、親分とイヌを取り囲んだ。
「お客様を奥へお通しして」サルがそう言うと、鬼たちは親分とイヌを羽交い締めにして、あっという間に店の奥に連れ去ってしまった。
「おい、サル」衝立の奥から甲高い男の声がした。「用心棒のキジマ先生どないした」
「へい、それが、朝から酒飲んで、奥で鼾かいてます」
「まったく無駄飯食いやがって」衝立の向こうからため息が聞こえた。

(つづく)

(2021年1月noteで公開)

下 三本足のイカ

「いてて」頭に出来た大きなたんこぶをさすりながら、案山子の親分が目を覚ました。
「親分さん、お目覚めですか」周囲は真っ暗闇で何も見えなかったが、すぐそばでイヌの声がした。
「イヌさんここどこや」
「柿太郎の蔵の中にある座敷牢です」
「なるほど、あんたの云うた通りになったな」
「あのサルというのもワンパターンな男ですので」
「あんた大丈夫やったんかい」
「へえ、まあ、あの鬼どもは私の子分みたいなもんですので」
「わいには手加減なしや」親分がたんこぶを撫でながらぼやいた。気配からすると夜もかなり更けているようである。次第に目も慣れてきて、親分のすぐ脇にイヌが正座しているのがぼんやりと見えた。
「親分さん。それでこれからどうなさるので」
すると親分はなにやらゴソゴソと着物の裾をはだけて、右足の義足を取り外した。
「これ、ダイナマイトやねん」親分は外した義足をイヌに手渡してニヤリと笑った。イヌはその重さをたしかめるように両手でしっかりと義足を受け取ると、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「まあその前に腹ごしらえや。」そういって親分が袂からとりだしたのは鹿せんべいの束であった。「これ、わいの非常食でな。あんまり旨いもんやないけど腹の足しにはなるで」
「それならこの肉味噌を付けて食べましょう」するとこんどはイヌが懐から竹皮の包をとりだして開いた。「これは私の故郷の薬味でして、私はこれがないとどうもめしが進みませんので」
「ほう。こらグットタイミングやな」親分が肉味噌をつけた鹿せんべいをパリッと齧った。「カラッ!」
「あっ申し訳有りません。この肉味噌はほんのちょっと付けるだけで良いので」
「それ先に言ってくれんと。むむ。でもピリ辛でちょっと後を引いて、結構合うな」親分はまたパリッと一口鹿せんべいを齧った。「しかしこの味、どっかで・・・」
「柿あられの味付けはこの薬味を元にしたものなんです」
「なるほど。すると柿あられを考案したんはあんたやったんか」
「いえ。あられの味つけにこの薬味を使うことを思いついたのは柿太郎でして。あの男、あれでなかなか商才のある男なのでございます」そういったイヌの声にはどこか寂しげな響きがあった。
「あわれな男なんやな」親分はまた鹿せんべいをパリッと齧た。「閃いたで」

 雷が落ちたような大きな音をたてて柿太郎の蔵から火の手が上がったのは、真夜中すぎのことであった。火はほどなくして消し止められたのだが、騒ぎに乗じて逃げ出した鬼が至るところで騒ぎを起こし、それまで柿太郎の違法行為を見て見ぬ振りをしていた警察も、ついに重い腰を上げざるを得なくなった。柿太郎は人身売買と傷害致死などの罪に問われ、市中引き回しの上打ち首獄門。手下のサルには島流しの刑が言い渡された。保護された鬼たちは、鹿せんべい販売卸業案山子屋番頭からの申し出によって、一時案山子屋預かりとなり、その後順次故郷の国へ送還されることが決まった。
 しかしあの夜以来、案山子の親分とイヌの二人は忽然とその姿を消してしまっていた。もちろん蔵の火災現場にもそれらしい遺体はなく、火災が起こる直前に二人が蔵から逃げだすのを見たと、ある鬼が証言している。その鬼の話では、親分をおぶったイヌは火事のどさくさに紛れて、そのままどこかへ走り去ったということだった。

 それから暫くして、誰もがそんな事件があったことも忘れてしまった頃。三本足のイカを染め抜いたのぼりが目印の、イカ煎餅の屋台が評判になっていた。各地のお祭りなどで見かけるその屋台はあっという間に全国で知られるようになり、その後末永く人々から愛される銘菓となったという話である。(完)
(2021年1月noteで公開)

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