理想花嫁
西山 幸紀
1
理想の花嫁をあなたに。
そんな薄っぺらい惹句にまんまと騙されたわけではない。俺が『幸福クリエイション』なる怪しげな結婚相談所を訪れたのは、同僚の松岡のつよい薦めがあったからだ。
「お前もそろそろ結婚くらいした方がいいぞ」
ほんの一年ほど前まで、俺は一生独身だと酔い潰れていた松岡が、突然結婚したと言い出したのは、二週間ほど前のことだ。上司も同僚も急な報告に驚くばかりで、最初はたちの悪い冗談だと疑っていた。
しかし松岡は真剣で、どうやら本当らしいと判明すると、職場にもう一度衝撃が走った。一番ショックを受けたのは俺だったかもしれない。松岡はいいやつだ。その魅力に気付ける人と出会えれば結婚くらい一度や二度してもおかしくない。だが、気になる人がいるとか、彼女ができたとか、そういった話を俺にすらまったくせずに一足飛びに結婚を決めてしまったことに驚いた。
式は挙げずに籍だけいれたそうだ。
自慢したくてしかたのない松岡に見せられた写真にうつっていた女性は、たしかにキレイだったし、その隣で笑っている松岡は幸せそうに見えた。
結婚もいいかもしれない。
七年前に恋人と別れて以来、異性と二人きりで食事する機会すらなかった。このままでいいと思っていたが、松岡の緩んだ笑顔は考えを覆すのに十分過ぎるほど説得力があった。
2
「幸福クリエイションへようこそ」
俺の担当だという執事っぽい格好をした担当者に、内心でバトラーというあだ名をつけた。黒いスーツがきまっている。あだ名づけは、人の顔と名前を覚えられない自分なりの工夫だ。ちなみに松岡のあだ名はモジャだ。
モジャに紹介されたのは、結婚相談所だった。松岡はここを頼ったそうだ。結婚相談所なんて高い料金だけとってうまくいかなくても相性の一言で片付けてしまう。そんなイメージだったが、身近に成功例があると、試してもいい気になってしまった。
案内されたソファーは高級そうで、座り心地も格別だった。内装にも金がかけられており、高級ホテルのロビーを連想した。雑居ビルの三階のなかがこうなっているだなんて、誰にも予想できないだろう。
バトラーは俺が座ったソファーのそばに膝をついて希望について尋ねてきた。こんな丁寧過ぎる対応を受けたのは初めてだ。バトラーの整った容姿と相まって、ホストみたいだという印象を受けた。
「どのようなお相手をご希望されますか? いえいえ、遠慮なさらず、希望はすべておっしゃってください。遠慮したり、妥協する必要は一切ございません」
促されていくつか希望を伝える。
これといって好みが固定されているわけではない。これまでに交際してきた人のタイプも偏っていない。かつて付き合った三人の女性を思い浮かべても、これといった共通点はない。年上もいれば年下もいたし、髪の長さや色や服装の雰囲気などもてんでバラバラだ。
それでも話を続けていくうちに、ある種のカタチが見えてきた。バトラーは話を引き出すのがうまかった。
身長や体型などの容姿の理想。趣味や嗜好、たとえば休日の過ごし方といった性格の理想。友人に、たとえば松岡にどんな相手がいいかと聞かれたときは、自分とうまくやっていけそうな人なら誰でもいい、なんて答えていたが、こうしてプロの手に任せてみるといろいろとでてくるものだ。自分でも正直意外だった。
バトラーはうまく俺から理想の条件を聞き出しながら、手元のタブレット端末に入力していく。そうして、俺が理想とする結婚相手の条件ができあがった。
「かしこまりました。では二週間後までにご用意をいたしますので、またお待ちしています」
てっきりその場で検索してくれるのかと思っていた。それを伝えると「そこまでの技術はワタクシドモにはとても」と笑われてしまった。結婚を焦りすぎて周りが見えていないように思われたかもしれない。
データベースと照会するくらいなら可能でも、なにしろ相手がいることだ。プロを信頼して、なるべく条件に合いそうで、俺と相性のよさそうな人を探してもらうのを待つしかない。
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