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渡辺明名人【将棋のこと】

私は将棋を観るのが好きだ。
そして山崎八段ファンです。

「その次は?」と聞かれれば大いに悩みますが渡辺明名人かもしれない。あの歯切れのいい物言いと説得力のある合理的な考え方が凄く好きなんです。
そんな渡辺名人が藤井五冠にだけ勝てない。先日の朝日杯決勝でも負けて通算2勝15敗になってしまった。しかも相対すると心なしか精彩が無い。こうなると相性という話が持ち出されるのですが、私も名人から見て五冠は非常に相性が良くないと思っているファンの一人です。

過去のインタビューで渡辺名人のタイトル戦に対する考え方で大いに納得させられた話があります。私のような者で恐縮ですが要約しますと、タイトルは奪取するよりも防衛の方が断然簡単だと名人は言う。そもそも奪取するための挑戦者になるまでの道程が大変過ぎると。基本トーナメントなので一発勝負に勝ち続けなければならない。またトーナメントがゆえに棋力が上であっても一発喰らうことは間々あり、実力通りに勝ち上がれる保証がどこにもないと。その上で、都度、誰が勝ち上がってくるかも判らなければ先後も振り駒なので事前の対策や作戦も非常に立てづらく、とにかく挑戦者になれる確率がそもそも低過ぎると。

それに比べれば防衛は番勝負で1勝でも勝ち越せば成功なので効率がいいと。相手も先後も判った上で同じ相手と続けて対局するので作戦が絞り易いとのこと。更に名人は作戦についても自分の棋力が上の場合はそう難しいことでは無いと言う。気力が上ということは普通にやったら勝てるということなので中盤まで互角に進む作戦があればそれで十分だと。あとは普通に指しても勝つ確率が高い訳で、その積み重ねの先に1勝を勝ち越せればいいのだから然程に困難なことではないと話されていた。

どうですか、この合理的かつ自信に満ちた見解。
確か名人が三冠の頃に話したインタビューだと記憶しており、自分よりも棋力が上の棋士なんて居ないのですからと言わんばかりで恐れ入りました。でも、このハッキリとした姿勢が私は好きなんです。言い過ぎでも言わなさ過ぎでもない正当な自己評価。確かに当時はトップオブトップでしたから嘘くさい謙遜なんかせず、合理的な判断に基づく渡辺名人らしいタイトル戦への向き合い方だと思いました。

ただ、こうも言っていました。困るのは自分の方が棋力が下になった場合の想定で、その場合は序盤でリードする作戦を絶対に編み出さないといけないと。それはとても難しくそんな都合のいい作戦は幾つも作れないと。でも中盤まで互角であれば今度は負ける確率が高い訳で、相手のミスを願うかリードが出来る作戦を無理してでも複数準備する以外に勝算が無いと。

今、渡辺名人はこれに悩んでいるように思います。
名人相手に本当に申し訳ないのですが、正直、今の藤井五冠の棋力は一人抜けているようで名人であっても並走しているとは言えない状況です。五冠になってなお勝率八割ですから正気の沙汰じゃありません。そんなことは誰よりも正当に判断しているであろう渡辺名人、藤井五冠を認めたがゆえに勝算を見い出すことに苦心しているように思えます。五冠に対して勝算を求めることは前述の合理的な理屈とも戦わなければなりません。どう考えても困難だと言い切った自分の論理を振り払ってまで勝てる方策を見つけ出さなければならない。渡辺名人が藤井五冠と相対した時、それは五冠と名人自身の二人を相手にして戦っているようなものではないでしょうか。それならば15敗の理由がつくし、それこそが相性の悪さの根源だと私は思っています。自身の合理的論理に矛盾する勝利を求めて、名人は今おそらく苦しんでいる。

藤井五冠のこれからの快挙を私も見たいとは思っています。でもそれは渡辺名人のタイトル陥落を伴ってしまいます。このままズルズルというのは見たくないし踏ん張る名人をそれこそ見てみたい。でもそれは矛盾した都合のいい話で世の中はいつも矛盾だらけです。だから名人には耐えるでも開き直るでもいいのでとにかく頑張って欲しい。そして本当に渡辺名人が踏ん張り始めたらそれは藤井五冠にとってはとんでもない脅威になるはずです。名人に限って偶然星を返し出すということは考えづらく、その時には合理的に勝つ方策を一世代上の天才がようやく見つけ出したという証ですから。

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