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大江健三郎「万延元年のフットボール」のサルダヒコについて

(承前)

サルダヒコとはだれか?

 「サルダヒコ」は「猿田彦」であり、一般的には「サルタヒコ」と読む。「古事記」や「日本書紀」などの日本神話に登場する。背が高く、鼻が高く、赤い眼と赤い顔をもつ異形の神である。もちろん「異形」とか「容貌魁偉」と感じるのは、「私たち」の姿形を「ふつう」と判断する感性のなせる技である。 

 猿田彦は、「古事記」や「日本書紀」によると、「天の八衢(やちまた)」で「天つ神」を出迎えた「国つ神」である。 「天つ神」は外来神であり、「国つ神」は土着の神だと言われているので、現実的な文脈に置き換えれば、大陸からやってきて日本列島の支配者になった民を出迎えた日本列島の原住民、言ってみれば「ネイティブ・ジャパニーズ」を代表し、象徴する存在だと考えることもできる。

 そして「国つ神」でありながら「天つ神」という外来の支配者の手先になったという点では、「裏切り者」だとされることもある。裏切ることによって二つの世界を結びつけ、「天孫降臨」を成功に導いた功労者である。

 『万延元年のフットボール』が万延元年(1860)から昭和35年(1960)にいたる“アメリカ100年の物語”であると仮定すれば、「サルダヒコ」はアメリカとの間に不平等条約を結んだ井伊直弼や、アメリカ大統領を迎え入れるために新安保条約を強引に成立させた元A級戦犯被疑者の岸信介を代行=表象するものだと言ってよいだろう。

 あるいは、大江健三郎の中では、ダグラス・マッカーサーを迎え入れ、“人間宣言”をした昭和天皇や、昭和天皇を象徴とする敗戦後の日本人、あるいは大江健三郎自身を表象するものだったのかもしれない。

 さらに言えば、「サルダヒコ」はまるで天狗のような容貌をしていて、幕末に描かれたアメリカ人のペリー提督の浮世絵にもよく似ている。

 ペリーの扮装をして縊死する井伊直弼。天狗の扮装をしてデモ隊に対峙する岸信介。支配者の表象と被支配者の表象がマッシュアップされることで、「万延元年のフットボール」の「サルダヒコ」は誕生する。

庚申信仰と猿田彦…そして万延元年

 サルタヒコは猿田彦であり、「猿」に通じることから庚申の日、つまり「かのえさる」の日に行われる「庚申待」という行事の主役になっている。

 各地に残されている庚申塚の中には、1860年に建てられたものが数多くある。なぜかと言えば、1860年が庚申の年だったからである。

 もちろん庚申の年である1860年とは、安政七年であり、同時に万延元年にもあたる年なのだ。


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「『万延元年のフットボール』とサルダヒコの謎―アメリカと文学をめぐる断章(その2)」による

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