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金輪際廃止な!   (小説)

「ガァ~……キィ~……コォ~……ラァ~……!」
 ショウマサがそう唸るのも無理はない。扇風機が唸っている。大きな長方形の座卓の上では、多くの帳面が風に踊っていた。
 帳面というのは、ノートのことね!


 長野県の、或る市の、或る町の、或る町内会。合併して市や町という地名を冠しているものの、未だに村時代の帰属意識が強く残っている。と、いうより、事実上、物理的に集落ごとに区切られているのだ。陸の孤島が散在しているようなパターンは、何もこの市に限ったことではない。日本全国津々浦々に限界集落や準限界集落は点在している。

 で!

 五月の初めだというのに、三十度に届きそうな暑さの或る日曜。この、或る町内会──というかまあ洞平(ぼらびら)町内会なのだが──この、洞平(ぼらびら)町内会の男共は例によって全員、田植えに纏(まつ)わる農作業に駆り出されていた。無論、無給である。この洞平(ぼらびら)町内会で生きるということは強制的な兼業農家としての十字架を負うということなので、非常に厄介だが、致し方無い。昨日は消防団の訓練があったので、これで渠等(かれら)の土日はキチンと潰れた形だ。この山間部の男性諸氏は、そもそもが休日の少ない肉体労働に従事している者が多いというのに……。
 一方、女共はというと、洞平(ぼらびら)町内会集会所に集まっていた。

 山麓の集会所は、沢のせせらぎと橅(ぶな)の木陰で多少は涼しいものの、縁側の扉を開け放っており、扇風機もフル稼働だ。
 町内会の人口は本格的に減っている。市の中央に近い集落の高齢者の養護施設へ入っている三名は勘定しないとして、この集会所には洞平(ぼらびら)町内会の全ての女が集まっている。それなのに、九人、或いは、十人しかいない。

 ちりん、ちりんと、風鈴が歌う。



             非おむろ
           「金輪際廃止な!」
             (小説)



 
 女九人または十人のうち、裁判という程では無いが、渦中の人物が四人いる。先(ま)ずはその、〝悪い意味で〟主人公たる四人を簡単に紹介しようと思う。

 永川(ながかわ)。三十一歳、独身。女。ビャンビャン麺が好きだが、漢字では書けない。関西弁または似而非(えせ)関西弁を操るのは、大学と大学院が上方(かみかた)の何処(いずこ)かだった所為(せい)だろう。

 梶山(かじやま)。二十七歳、独身。女。グミが大好きだが、自分では絶対に買わないという謎めいた禁欲主義者。競艇で四百万円程勝った年もあるが、人生の合計ではマイナス二百万円である。

 市池(いちいけ)。三十八歳、独身。女。最先端の冷凍食品について調べるのが大好き。その他、深海魚に通暁しており、雑誌も買い漁っているが、あくまでそれはインターネットから得られる知識の範囲である。それでも、彼女の趣味を否定するのは野暮というものだ。

 ナズミヒジヤ。本名・泥谷 茇カる(ひじや バッカル)。カはパソコンに入っていない漢字で、「る」は類の変体仮名だ。ドロヒジヤ、と中学時代に(虐(いじめ)ではなくあくまで便宜的に)綽名(あだな)がついたが、
「ドロは嫌だ!」
と暴れて同級生数名の骨を折った為、町内会でもドロヒジヤとは呼ばれず、「ナズミヒジヤ」と呼ばれている。尤も、町内会の誰も、「暮れ泥(なず)む」の「泥(なず)む」の意味を知らない。四十一歳、独身。女。高校時代に砲丸投げにて長野県で二位を取ったことのある、町内会一の人間大砲。あとはまあ、耳掻きのし過ぎで逆に耳に悪いと皆から注意されているぐらいで、その他はこれといって特徴の無い人物。168cm・104kg。

 なお、職業は全員無職か、それに等しい感じだ。上記の四名──永川・梶山・市池・ナズミヒジヤ──が、或る意味まあ、〝被告〟だ。この四名の名前は……変体仮名だとか画数の多い漢字だとか、JIS第4水準漢字にすら入っていないような漢字が多過ぎるので、省いた。カタカナで、イケヰミ、カガセ、モラネ、バッカルと発音出来なくはないが、まあ、今回不要な情報だ。(尤も、今回は不要な情報だらけで、更に云えば、全ての文字が不要だが……。)
 それ以外の、検察側とも云えるし裁判官とも云えるし聴衆とも云える人物達を、そうだなあ、家が北から在る順に挙げよう。

 ショウマサ。本名・米倉 昌子(よねくら まさこ)。八十四歳。

 まさみ。四十二歳。本名・米倉 将美(よねくら まさみ)。普段は富山県で夜勤をしている、と嘘を吐いているが、別に働いている訳ではない夜行性の無職。生活保護のお世話になっている(生活保護のお世話になっているのは彼女だけではないが……。)。

 ヒジヒジヤ。本名・肘矢 雅美(ひじや まさみ)。七十六歳。寡黙。霊感が有り〼(ます)。嘗ては尋常に「肘矢さん」と呼ばれていたが、ナズミヒジヤの登場後、ヒジヒジヤと化した人物。

 ガマサ。本名・米倉 雅子(よねくら まさこ)。七十一歳。ショウマサとは八代前の先祖が義理の姉弟だとか。まあ、ショウマサ、まさみ、ガマサは、米倉姓と雖(いえど)も、家族でも親族でも何でもない、と思って頂いて結構だ。ガマサのみ髪が紫のパンチパーマ。併(しか)し乍(なが)ら、関西弁または似而非(えせ)関西弁を操ることはない。

 巽鉢(たつみばち)。六十九歳。今、集会所に集まっている人々の中で、唯一、旦那や子どもが存在する。

 先程の四名──永川・梶山・市池・ナズミヒジヤに、この五名──ショウマサ・まさみ・ヒジヒジヤ・ガマサ・巽鉢を加えれば九名だ。そこへ四年前に逝去した、生きていれば百歳になる佐藤の霊を加えたら十名だ。佐藤は聡明で人望も厚く、人間国宝に指定しても問題の無い立派な女性であった!

 で!

「ガァ~……キィ~……コォ~……ラァ~……! 訳が分かんねえんだよ!」
 ショウマサが改めて発声している。怒鳴っているようにもみえるが、老婆特有の大音量なだけであって、憤怒ポイントの有無は不明だ。
 本来ならば〝廃寺の大雀蜂(オオスズメバチ)の巣は無事に市が撤去してくれました、以上!〟で済む筈の町内会の定例会が、久々に集会所に上がり込んで侃侃諤諤の論(あげつらい)をせねばならぬ事態になっている。
 皆に、
「はいはーい! この三人(みたり)を裁いた方が良いと思いまーす!」
と提案したのは、ナズミヒジヤだった。その後、ナズミヒジヤの滑舌が悪いのと話の組み立てが下手なのと洟(はなじる)が大量に出ているのと……そういった様々な要因により、長時間かけての議会が必要と判断、集会所内の和室に集まったのだ。一階建(いっかいだて)の小さな建物だが、冷蔵庫があるので、九人は冷たい麦茶を飲んでいる。男は熱中症直前で耕耘(こううん)中だが……。
 最初はナズミヒジヤの独擅場(どくせんじょう)でマシンガントークをしていたが、何時しか渦中者(かちゅうしゃ)の永川・梶山・市池もワーワー騒ぎ始め、原稿用紙何枚分もの言語活動を、こいつらは行った。

 ナズミヒジヤ達に喋らせておくと埒が明かないので、ガマサが一旦整理する。

「するってえと何かい、一旦整理するが……この掃除帳面を先ず、おめえら四人(よたり)が去年の五月に引き継いだ訳だ。」

 洞平(ぼらびら)町内会清掃誌。通称・掃除帳面(そうじちょうめん)。
 物としては、何てことはない、一般的な大学ノート達である。

 町内会での我々女の清掃範囲は、この集会所、無人の神社である惣凡(そうぼん)神社の境内と便所、コイン精米機と自動販売機が在る三叉路の一角付近の草刈り、代表的な三基のカーブミラー付近の枝剪り。後は全て男の仕事だ(全範囲の草刈りや用水路の浚渫、剪定、ごみ拾い他)。
 本来ならば、掃除帳面には、日付に加えて備品数変化無しだとか、神社の納屋に雨漏り有りだとか、まあ少なくて一行、多くて三行程度の内容の筈である。
 ガマサは麦茶を啜った後、続けた。

ガマサ「掃除帳面なんてものは一冊四十枚の大学ノートでも下手したら一冊千五百年以上持つ物だと思っていたが、何だ、この山は。ここは古本市か!? 国立国会図書館か!?」

 怒りのあまり心做しか若返った声で、老婆は叫んだ。

ガマサ「去年の五月に月に一度、そう、第一日曜の午前八時からの掃除と共に、掃除帳面を引き継いだおめえら四人は何故だか掃除帳面に余計なことを書き散らかし始めたわけだ。」
ショウマサ「阿呆(あほう)か?」
永川「いや、ちゃうんです皆はん。一応町内会の交流も、と思いましてね、次に掃除帳面を持つ方へ、ちょっとしたエールと云いますか……。」
ガマサ「いやいや、あのー、阿呆が。……おいまさみ、ちゃんと議事録をつけとるか?」
まさみ「はい、無論です。皆様の、特に老人の皆様の滑舌が悪いので、少々手間取っておりますが……。」
ショウマサ「ガキコラボケ!」
まさみ「ヒィッ!」

 ショウマサは座った儘(まま)まさみの肩をぶん殴った。

ガマサ「永川から梶山、市池、ナズミヒジヤの順に掃除帳面を回したわけだ。一ヶ月に一回の清掃活動だから、一ヶ月に一回回る。で、最初の永川が……まさみ!」
まさみ「はい! 永川が……『水田探偵イーイー』。1枚裏表。」
ショウマサ「何なんだよ! 小説じゃねーか!」
永川「いや、あの、交流、」
巽鉢(たつみばち)「何(なん)で乎(か)喃(のう)……。何(なん)で然様(そう)成(な)った乎(か)喃(のう)」
ガマサ「まさみ、だいたいのあらすじを頼む。」
永川「あ! ネタバレ禁止やで!」
ガマサ「知るかボケ! ネタバレありで客観的な梗概(こうがい)を述べよ、まさみ!」

 このあらすじは、先程、作者である永川がだらだらと述べたものを、まさみが纏めたものである。

まさみ「ええっと……永川の『水田探偵イーイー』のあらすじは、こうです。

 霍鎧(かくがい)六十七年の秌(あき)、ムエタイ界を去った快男児・飯沼月鐸(いいぬま がちたく)は照明器具の販売会社に入るも、経営は芳しく無く、倒産直前に。そんな中、会社の近くの水田で、大量の鑓(やり)が見つかる。何と、金で出来た鑓(やり)で、調査の結果、アルジェリアの或る富豪の邸宅から盗まれたものだと分かった。長野県警の調査に秘密で協力する飯沼だったが、その労苦を嘲笑うかのように四十年の月日が流れ、結局、謎が解けぬまま、飯沼は老い、この世を去ることとなった。秋桜が美しい朝に。

以上ですね。」
ガマサ「いや、は!?」
ヒジヒジヤ「おお……。」
巽鉢「此(これ)は、何じゃ!?」
永川「ええ咄(はなし)ちゃいます!?」
ショウマサ「抑(そもそ)も、これが、弊町内会の〝呪われた十一作〟の嚆矢(こうし)なわけだが、あのー、何故清掃帳面に小説を!?」
永川「だから、交流!」
ガマサ「答えになっていないが……。」
ショウマサ「『水田探偵イーイー』。これが、本来書かれるべき〝備品数変化無し〟等の文言の前に、特に何の断りも無く、一枚裏表分を使って書かれているわけだが……〝水田探偵〟て。」
ガマサ「町内会関係無いやんけ。〝霍鎧(かくがい)六十七年の秌(あき)〟!? オリジナルの暦を、町内会向けの小説で使うか? というか、〝町内会向けの小説〟なんざ無えんだよ。」
梶山「正直この小説、永川さんの人生と同様に、詰めが甘いというか、うんざりですよね。飯沼月鐸(いいぬま がちたく)は結局、金の鑓(やり)達の謎を解くどころか、迫れすらしていない。」
永川「後期自然主義文学寄りの、写実的な暗さが上手く書けてんねんて! 寧ろ、社会小説の類や。」
市池「照明会社とも長野県警とも、結局、あんまり仲良くなってないんですよね、飯沼。疎まれていたというか……少なくとも、無能とは、思われていた。これって永川自身の要素が入っているのか?」
永川「無礼で無学なおばはん達ばっかで困りますなあ!」
ガマサ「兎に角、この悪夢じみた小品を皮切りに、次、去年の六月に掛かれたのが、梶山の作品なわけだが……抑(そもそ)も、これを受けて梶山は、何故続こうと思った? 永川一人の奇行で済ますか、町内会の複数人に及ぶ怪奇現象と相成るかの分岐点が、梶山へ掃除帳面が渡った時に発生した筈だが……。」
梶山「いやあ、愚作だと思ったんですよ。それで、自分ならもっと良い作品が書けると思いましてね。」
ショウマサ「まさみ、何だった? 梶山の作は……。」
まさみ「えー、六月の梶山の作品は、『側溝警察斬澤(そっこうけいさつきりさわ)』。5枚使ってますね。」
ガマサ「たわけこの!」
梶山「いやいや、名作ですよ。」
まさみ「筋はというとですね……。

 斬澤 巖拾郞(きりさわ がんじゅうろう)、二十歳。男とも女ともとれる風貌をしている斬澤は、漁村・ポペンの全ての側溝を直す為に、競艇で稼いだ大金の全てを自治体へ寄附した。ところが、政治の腐敗に側溝を個人的に破壊する猪のゾンビ、更には側溝を盗む隣町の連中にセメント泥棒等、ハプニングが沢山起こる。斬澤は百円均一店の店員として働く傍ら、非番である火・金は側溝警察として、残りの人生の全てを過ごしたのであった……。

というものです。」
梶山「泣ける。」
ガマサ「いやいやいやいやいや。」
ショウマサ「これに、五枚か。」
市池「地球上の紙が、無駄になってしまったか……。」
永川「〝漁村・ポペン〟て。洞平(ぼらびら)町内会清掃誌やろこれ? 関係無いこと書くん、已(や)めえや。迷惑やで自分。」
梶山「永川さんにだけは言われたくないです。でも、良い咄(はなし)でしょ!? 側溝を、二十歳が、」
ガマサ「何(ど)んだけ出来た二十歳だよ!」
ショウマサ「で、梶山の悪い所は、〝五枚〟だもん。何(ど)れだけ枚数を増やしてもいいという流れが、ここで既に、出来ちまっている。」
梶山「革命家っぽいところありますからね、私。」
ナズミヒジヤ「悪い意味でね……。」

 巽鉢が、溜め息を吐き、麦茶を啜った。

市池「続く去年の七月の私の名作『登下校見守り探偵バスタブ』は、一味違いますよ! 登下校見守り、という町内会とも関係の有る概念を取り扱っていますし!」
まさみ「えー、『登下校見守り探偵バスタブ』の梗概(こうがい)はですね……。

 バスタブは三〇二四年五月、渠(かれ)の地元である洞平(ぼらびら)町内会の下校の見守り中に、子ども達が皆、金の笊(ざる)を所持していることを不審に思った。子ども達にそれを問うと、
「うわあ! しらないおじさんがはなしかけてきた!」
と叫ばれ、数秒をも経ぬ内にお縄と相成ってしまう。
 獄(ひとや)にて転寝(うたたね)する内に、バスタブは夢を見た。遐(とお)い記憶。幼い頃に行ったことがあるような気がする、山奥の墓地。そこへ誰かが、深海魚に纏わる禁断の論文を埋めている。そこには、写真や、分かり易い折れ線グラフ、正確な円グラフ、嘘偽りの無い棒グラフだって、鏤(ちりば)められている。学会垂涎(すいぜん)の筈(はず)の論文が、何故、ジュラルミンケースに入れられて埋められなければならない……?
 目が覚めてバスタブは脱獄を決意した。そして、何とかして、夢で見た墓地に隠された深海魚の論文の謎を解かねばならない。併(しか)し、看守達も莫迦(ばか)ではない。なかなか思うように獄(ひとや)を脱せず、今日もバスタブは眠りに就く。

そんな感じで終わっていますね。尚、市池はこの作品に、二十二枚使っています。」
ガマサ「二十二枚!?」
ヒジヒジヤ「五枚の次が、二十二枚……!?」
ガマサ「あと、何だよその物語。脱獄しろよ。」
市池「いえ、リアリティを追求したので……。」
ショウマサ「金の笊(ざる)は何(ど)うしたんだ! 自分の夢にばっかり現(うつつ)を抜かしおってからに……!」
永川「〝金の笊(ざる)〟って、私の〝金の鑓(やり)〟のパクリちゃいます?」
市池「完全に私のオリジナルであり、私に著作権がある!」
ガマサ「あと、バスタブっていう名前……。」
市池「三〇二四年五月の洞平(ぼらびら)町内会が舞台ですからね。人名の感覚は、まあ、未来ですから、現代人である皆様方からしてみたら、多少の違和感は禁じ得ないやも判りませんね。」
ガマサ「何故千年後に……まあ、言ってもキリが無いか。」

 麦茶を自らのコップに注ぎ足して飲み干すヒジヒジヤ。まさみは音も無く欠伸をしている。

ナズミヒジヤ「この三人(みたり)が、到底(とて)もじゃないが、掃除帳面に綴るに値せぬ愚作しか生み出していないことが、現時点でも察せられるでしょう?」
永川「何やねん!」
ガマサ「ナズミヒジヤ、あのなあ、今振り返った市池のターンは〝去年の七月〟。で、去年の八月にナズミヒジヤは掃除帳面を手にした。……この時にお前が臨時の会議を開いて三名を糾弾したのならば、まだ分かる、分かるというか、〝こちら側〟だ。」
ショウマサ「だが、そうはしなかった!」
まさみ「去年の八月、掃除帳面という暗黒のバトンを掌(たなごころ)に収めたナズミヒジヤさんは、『二つ目の透けた骨』を上梓(じょうし)。一冊目の最後迄(まで)なので、十数枚を要していますね。」
ガマサ「綴ってんじゃねーよ! しかも、今までの三人と毛色の違うタイトルだ!」
まさみ「要約すると、」

 ここで、正午を告げる町内会のチャイムが鳴り響いた。『ブエノスアイレスの春』をチャイムに編曲したものだ。年がら年中、『ブエノスアイレスの〝春〟』であって、四季により変化するような小洒落た概念は存在していない。

ガマサ「けっ、そういえば腹が減ったな! 下らねえことを話していないでさっさと飯を食いに帰り度(て)えよ。まさみ、マキで頼む!」
まさみ「はい! ナズミヒジヤの『二つ目の透けた骨』の筋はこうです。

 丁度第五十代目の長野県知事の御代(みよ)の事。消火器のホースの箱に磔にされる形での連続殺人事件がBという町内会を騒がせていた。四人目の犠牲者が発生した時、富山県からサワバユ宇部村が派遣されてきた。宇部村は某(なにがし)とかいう国と日本国とのハーフで、〝山菜探偵 QR〟の異名を擅(ほしいまま)にしていた。山菜を中心とした植物全般の知識を武器に難事件を解決してきたことと、QRコードによく似た柄のツナギを着ていることから、いつしかそう呼ばれるようになったのだ。よく見ると、縮尺を変えた布袋寅泰のギターの柄なのだが。」
ガマサ「もういい! 腹が減った!」
ナズミヒジヤ「ここからが良いところ……というか、まだ序盤ですよ!? 富山県警からも切れ者の警視正〝推理野郎アルペッジョ〟が到着して……。」
ショウマサ「都道府県警察に所属する警察官であっても警視正以上の階級にある者は警察法第五十六条第一項の規定により身分が一般職国家公務員の地方警務官とされるし、警察法第五十五条第三項によりその任免は国家公安委員会が行うから、富山県警からの派遣というのはおかしいだろ!」
ナズミヒジヤ「越権行為は賄賂で解決されますよ! そんなことより、実は全員自殺でして……。」
ガマサ「こいつが一番ミステリしているな。いや、町内会の清掃の記録さえ簡潔に書いてくれればいいのであって、ミステリは勘弁してほしいのだが……。」
まさみ「お腹も空いたので一気に述べますが、続く去年の九月は永川に掃除帳面が戻りまして、『ドラベース警察 鋼』。二冊目の半分まで。その後、十月の梶山の作は『ドンジャラ探偵 鋼』。二冊目を使い終わっただけでは飽き足らず、三冊目の三分の二までその文章は及んでいます。」
ガマサ「色々と、待て! 著作権というか、そもそも物書きとしての矜持……いや、腹が減った、もういい、続きを。」
まさみ「それに亜(つ)ぐのは十一月の市池『洗剤探偵 ニプルファッカー』。」
永川「〝ニプルファッカー〟はもうそれ、あかんやろ!」
梶山「何故!?」
まさみ「この作で六冊目の終わりまで。」
ショウマサ「長いのは、純粋に迷惑だろ! 人が読み切れないペースで作品を生み出すな!」
市池「おっと、それは文壇全体への批判ですか?」
まさみ「お次に著(あらわ)されたのが、十二月、ナズミヒジヤの『残飯共の宴』。」
ナズミヒジヤ「『残雪共の宴』。」
まさみ「失礼、『残雪共の宴』。七冊目を丸々一冊使った作品です。」
ガマサ「此処で一応は、文章の量のピークが過ぎるわけだな。」
まさみ「ですがこの七冊目の大学ノートだけ、三百枚綴りのものなんですよ。」
ショウマサ「阿呆!」
ヒジヒジヤ「何千年分の清掃記録をつける心算(つもり)なんだ!」
まさみ「年が明けまして今年の一月。永川『田螺探偵 谷繁』。四十枚ノートに戻りましたが、掛ける六冊。十三冊目まで行きました。」
ガマサ「もう!」
まさみ「二月には梶山が『防具警察 鋼』。十四冊目から十七冊目までを、百枚綴りのノートで、しかも、細かい字でリリース。」

 抑(そもそ)も、鋼、鋼って、私の父の『鎖鎌探偵 鋼』の盗作だろ!

ヒジヒジヤ「おい、私に霊感があるのは知っているだろう? 四年前に死んだ屎佐藤(くそさとう)の山姥(やまんば)さんが、〝抑(そもそ)も、鋼、鋼って、私の父の『鎖鎌探偵 鋼』の盗作だろ〟って云うとるぞ!」
永川「なんや、急にオカルトな事云わんといてやヒジヒジヤはん! 未(ま)んだ夏でもなければ夜でもあらへん! 怪談には時期尚早とちゃいまっか!」
巽鉢「『防具警察 鋼』は、私がその頃県の雑誌に寄稿した『プロテクター刃牙』のパクリじゃないか喃(のう)。」
ガマサ「『プロテクター刃牙』自体が有名作品の盗作だが……まあ、何にせよ、パクリは良くないな。」
まさみ「三月! 市池による『お料理探偵ンラメーブ』。」
ショウマサ「いつまでその探偵や警察のシリーズを続けるつもりなんだ!」
ガマサ「何(ど)うせ碌(ろく)に推理しないくせに!」
市池「『お料理探偵ンラメーブ』の主人公・回岡五十転(ふいおか いそまろ)は、推理をしますよ! それに、四十枚綴りのノートで、普通の字で、節度を持って書きました。」
まさみ「……十八冊目から六十八冊目までが、『お料理探偵ンラメーブ』です。」
巽鉢「十八から六十八!?」
ヒジヒジヤ「それは多過ぎる!」
ガマサ「インフレにも、限度があろうに!」
ナズミヒジヤ「ね? 非道(ひど)いでしょう? 故に、私は今回皆様に、三人を裁いて貰おうと思って、」
巽鉢「ところで、旦那が云っていたけれども、集会所も神社も精米機周辺もカーブミラーの辺りも、てんで手入れがなっちゃいないから男衆がここ一年は、やったそうだが……あんたら、私から引き継いだあと、肝腎要(かんじんかなめ)の清掃の方は、キッチリやったんだろうね?」

 静寂(しじま)が三十秒程、集会所内に涼風を伴って駆け抜けた。

ショウマサ「ガキコラ! 何だてめえら!」
巽鉢「尤(もっと)も、私は何十年もずっと一人でやっていましたが……皆様、サボタージュの連続だったので……。」

 何て酷い奴等だ!

ヒジヒジヤ「佐藤さん、あんたも全く清掃活動をしてなかったでしょうが!」
市池「鳥渡(ちょっと)! 怖いので霊と喋らないで下さいよ。」

 風鈴が姦しい。ナズミヒジヤの、地鳴りが如き腹の蟲の絶叫。


 静寂(しじま)。



 ガマサは、麦茶を飲み干した後、宣言した。

「……兎も角、洞平(ぼらびら)町内会清掃誌──通称・掃除帳面(そうじちょうめん)は──」

 

                
                    〈了〉

             非おむろ「金輪際廃止な!」(小説)
                2024/05/05



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