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『涼宮ハルヒの漢検』(非公式冗長六次創作小説)非おむろ・2024/01/28~31

 三太九郎(サンタクロース)を何時迄(いつまで)信じてへぶしっ、寒い、寒過ぎる。吾等(われら)が屎莫迦(くそばか)団長様は、何をやっているんだかね。風が強(したた)かだ。馴鹿(となかい)が目の前に居たら、刹那の内に屠(ほふ)って毛皮に包まり、Gibier(ジビエ)の焼き肉で温まりたいものだね。
「馴鹿(となかい)を待っていたら凍死してしまいます。羗(きょん)で妥協する、というのは如何(いかが)でしょうか?」
 最早寒過ぎて顔が死んでいるぞ。折角のブラックジョークが台無しじゃないか。何時(いつ)もの偽善的微笑はどうした、小泉。
「私は進次郎ではないので、進次郎ではないです。プロデューサーさん、誤字ですよ、誤字。」
「……ふぇえええ……阿呆(あほう)な言動が飛び交っている間も……ずっとずっと寒いですぅ~……。……あのぅ~……莫迦女──じゃなかった、涼宮さんは何(ど)うしたんでしょうか~……。」
 朝比奈さんが長門の脛を蹴る。
「……何?」
「……いやぁ~……何、じゃなくてぇ~……。」
「……寒くて聞いていなかった。本格冬眠モードまであと四十秒。大丈夫。皆が悉(ことごと)く他界しても、私は生きていられる。」
「……ふぇえええ……貧乳だけ生きていても何(ど)うしようも莫(な)いですよぉ~……。」
 俺は貧乳も好きだから朝比奈さんの意見に完全に同意する事は出来ないが、それにしてもこの風が殺人的だ。雪は莫(な)いが、体温を根刮(ねこそ)ぎ奪いやがる。
「六甲颪(ろっこうおろし)に論駁(ろんばく)しても詮無(せんな)き事だとは思いませんか? 今日はもう解散にして、涼宮さんだけ北高に残し、後は皆(み)んなで他県へ転校しましょう。」
 落ち着け古泉。
「……羗(きょん)君~……あと、名前忘れたけど残り二人~……さようなら~……其処(そこ)で冫(こお)っていて下さい~……私は一足先に何時(いつ)もの喫茶店で温かい柚子茶を頂きますぅ~……あ、ココアもいいなァ~……。」
「……私もぶりっこ未来野良ホルスタインに賛成。涼宮ハルヒをこんな野外で待つのは、自殺行為。このコンクリートの柱の陰で風を避けるのも限界。」
 おいおい。しかし、そんな事をしたら彼奴(あいつ)が来た時、機嫌を損ねるだろう? 神人が暴れるんじゃあないのか、古泉?
「すみません、本当に寒いので特に洒落た返しが思いつきません。時間を破った自己中心的団長は無視して、さっさと喫茶店に急ぎましょう。あの人じゃヌけませんし。」
 早歩き、否、小走りで喫茶店へ走り出す三人を、俺も追わざるを得なかった。凍死した方がよいか、凍死しない方がよいか、という問いには、凍死しない方がよい、と答えるに限る。ただ、それだけの話だ。

 走る。
 走る。
 走る。
 風の中を、走る。

「あのう……。」
 喫茶店の入口の扉を塞ぐような形で、和布(わかめ)が立ち開(はだ)かっていた。梻(しきみ)らしき小枝が強風に舞い、足元を転がる。
「……あのぅ~……邪魔なので、退(ど)いてくださいぃ~……。……あと、和布(わかめ)が喋らないで下さいぃ~……。」
 ラリアットを喰らい吹っ飛ばされた朝比奈さんに目もくれず、古泉が白い息を吐いた。
「おやおや、お久し振りです、公鳥恵実理(きみどり えみり)さん。何(ど)うです? お茶でも。」
「字の、一切が異なりますが……ええ、ご一緒しましょう。」
 真っ先に飛び込んだ長門、それから古泉に俺が続いて、喜緑江美里(きみどり えみり)さんが入店して扉を閉めた。数秒して扉が開き、朝比奈さんが転がり込んできた。

「いらっしゃいませ。どうぞこちらへ。」
 50%ぐらいメイド風な従業員さんに案内されるままに、俺達は席に着いた。俺は一瞬、この従業員さんが古泉と同じ「機関」の人間である森園生(もり そのう)さんである事に対して驚いたが、正直もう、店内の温かさへの感謝でいっぱいで、直ぐに何(ど)うでもよくなった。さあ、温かいものを飲もう。今なら、数竡(すうヘクトリットル)でも飲めそうだ。
「それは危険。」
 分かってるよ、長門。それはそうと、何で貴方まで此処にいるんですか?
「おや!? お久し振りなのに随分冷たいですねえ。……ふっふ~ん、それはですね、」
「おや。またSabotage(サボタージュ)ですか。」
「あいてっ、痛っ、痛ててててててて、ちょっ、分かっ、分かりましたから! 厨房に戻ります、厨房に! ちょっ、耳は駄目、耳は、あの、耳と、耳以外も駄目、ちょっ、森さん、森さーん!」
 折角自然にボックス席の端っこにすとんと座った何故か従業員姿の橘京子(たちばな きょうこ)だったが、森さんの攻撃を受け、厨房の方へと渋々退却していった。
「彼女に直接怪しい動きがあった訳では莫(な)いんですけどねえ。最近ちょっと各組織に動きがありまして、それでまあ先手を打って、「機関」は彼女とContact(コンタクト)を取りました。で、今彼女は、監視と保護を兼ねて、森さんの監督下に居る訳です。」
 古泉がメニュー表から目を逸らさずに述べた。どうやらこいつは、カフェオレ・カフェモカ・カフェラテのうち何(ど)れにしようか悩んでいるらしい。こんな時まで違いの分かる男を気取る心算(つもり)か、こいつは。
「まさか。安いのにしようかどうか、迷っているだけですよ。後で涼宮さんが来て奢って下さるか、後で涼宮さんが来てなんやかんや有耶無耶になった挙句貴男(あなた)が奢って下さるか、それとも涼宮さんが結局来なくて自腹を切る事になるのか……。」
「それなら……涼宮さんがここに来る事は無いでしょう。」
 喜緑さんがポツリと云(い)った。
「……何か御存知のようですね。」
 古泉は畢竟(ひっきょう)、最も廉価(れんか)なホットコーヒーを森さんへ注文した。

 店内の温かさへの感謝のうちに、沈黙(しじま)に彩られた数分間が過ぎ去った。

 鶍(いすか)だか鵤(いかる)だかの鳥渡(ちょっと)した絵画、カーテン、硝子。窓の外は愈々寒そうだ。昼下がりだというのに、曇天故か、もう日没間際であるかのように見える。そろそろ旧正月。今週は一年で最も寒い一週間だと、昨日の新聞にあったような気もする。土曜の新聞で「一週間」と記してしまっては、じゃあもう、日曜である今日は〝最も寒い一週間〟とやらを脱した事になるのか……?

 ──抔(など)と一人で攷(かんが)え事をしていると、俺と朝比奈さんの柚子茶、長門のココア、古泉のホットコーヒー、喜緑さんの梅昆布茶が、橘さんと森さんによって運ばれてきた。
「それでは、ごゆっくり。」
 森さんがそう云うと、
「……ごゆっくり~。」
と、明らかに何か云いたげな様子の橘さんも倣(なら)った。
 店内は疎(まば)らだが、貸し切りという訳ではない。別の客の呼び声を聴き、二人は、去っていった。

「それでは、乾杯。」
 喜緑さんはそんな事を云う人だっただろうか、と思ったものの、実際に目の前で云われては致し方が莫(な)い。
 勿論一気飲みではないが、俺達は乾杯後、自分の飲み物を啜(すす)り、温まった。
「……あ、や~いや~い、柚子茶被(かぶ)り~……! 羗(きょん)君の真似しっ子~……! 弩助平(どすけべ)~……! 異常性欲者ァ~……!」
「阿呆比奈(あほひな)さんは扨置(さてお)き、喜緑さん、何(ど)うされたのですか? 我々が喫茶店へ向かう事を智(し)っていて、先廻(さきまわ)りをなさっていたようですが……。長門さんが遂に何かやらかしましたか?」
「私は今、温まって、寛大。だから、古泉一樹(こいずみ いつき)の低水準(ていレベル)な発言も、或る程度までなら、看過(スルー)可能。」
 長門がそう呟(つぶや)いてココアを聢(しか)と舐(ねぶ)ると、喜緑さんが音声を発し始めた──。
「椚(くぬぎ)……じゃなかった、国木田、という人物を知っていますか? 羗(きょん)君。」
「え!? ッあ、ああ、知っているとも。あんたが知っているとは思わなかったがな。」
 知っているも何も、国木田とは中学からの付き合いで、高校二年生である現在も同じ学級だ。
 喜緑さんは梅昆布茶の湯気を凝(じ)っと見詰めながら、滔々(とうとう)と語る。
「国木田、という人物──渠(かれ)の脚力は、著(いちじる)しく優れています。駿馬(しゅんめ)の魂魄(こんぱく)を宿しているのならば、軈(やが)て、佳(よ)い俥(くるま)曳(ひ)きになるでしょう。渠(かれ)ね、下着泥棒なんですよ。それも、不特定多数では莫(な)く、見知った人物の下着を盗むのを佳(よ)しとしているようなのです。倅(せがれ)をおッ勃起(た)て乍(なが)らも、韋駄天(いだてん)。移り動く事にかけてはまさに鬼才。ENOZ(エノッズ)の四名と留学生Tの下着を偸(ぬす)み果(おお)せたのです。併(しか)し其後(そのご)、阪中佳実(さかなか よしみ)邸で御家族に目撃されたそうでして。何でも、全裸だったそうですよ、渠(かれ)。尤(もっと)も、同級生の阪中佳実さん本人ではなく御家族では、目撃したとしても「国木田」という名前までは、少なくとも直ぐには辿り着けなかった訳です。ですが、次の佐々木さん。」
 待て待て待て。頭が必死に空回りして、柚子茶の味も判(わか)らない。
「羗(きょん)君、元々味の違いが判るようなイカした男じゃ莫(な)い癖にぃ~……!」
 冗談を吐(ぬ)かしている場合ではありませんよ朝比奈さん。……国木田、あ、彼奴(あいつ)、何を!? 佐々木の家に迄(まで)!?
 喜緑さんが梅昆布茶で喉を潤した後、再び言葉を紡ぎ始める。
「凩(こがらし)を裂き乍(なが)ら佐々木〝城〟のバルコニーに侵入したところ、もう、言い訳の効かない至近距離で佐々木嬢と全裸で対面したんだとか。時は止まり、風は凪(な)ぎ、佐々木嬢は硝子越しの五十糎(センチメートル)先の人物を恐怖に彩られた形相で見詰めた。渠(かれ)の方はというと、佐々木嬢のパンティーを咥(くわ)え乍(なが)ら、佐々木嬢のパジャマと表情に更に勃起を進行させたとか。然(そ)して、遁走(とんそう)。佐々木嬢は絶叫を怺(こら)えた後、警察では莫(な)く、先ずは両親、続いて橘京子へ連絡。橘京子は以前の一件があってから、其処(そこ)の古泉一樹の「機関」とは、敵対しつつも持ちつ持たれつの繊細微妙な関係らしいですね。で、「機関」は一応、渠(かれ)は何(ど)うでもいいにせよ、涼宮……何でしたっけ彼奴(あいつ)、ハヒル? 兎(と)まれ角(こう)まれ、その屎莫迦女(くそばかあま)を下手に刺激してかみんちゅ……もとい、神人(しんじん)が出ちゃわないように気をつけなきゃね、と思ったらしいです。」
「仰る通りです。」
 古泉が珈琲(コーヒー)で暖を取りつつ、首肯(うなず)いた。
「其(そ)んな、若干の警戒態勢というか、注意態勢が敷かれた中で、未だに警察に追われているわけでは莫(な)い国木田氏の方はというと、遂に、所謂(いわゆる)Main dish(メイン・ディッシュ)の、鶴屋さんの豪邸へ静かに闖入(ちんにゅう)。凡(およ)そ凡(すべ)ての物質を凍てつかせんが如き、底冷えのする、到(と)ッ底(て)も寒い夜でしたが、国木田氏は全裸で闇夜を裂いたそうです。迚(とて)も摸倣すること能(あた)いませんね。今現在の野外より、各段に寒かった筈(はず)ですよ。昨晩は。」
 此処(ここ)で俺は漸(ようや)く、現在進行形で聞かされている咄(はなし)が昨晩発生した事実であるという事を、確信した。というか、確信させられた。
「ふぇ~……羗(きょん)君の同級生だけあって、羗(きょん)君と似てますねぇ~……。」
 朝比奈さんは無視して、話を続けて下さい。喜緑さん。
「はい。鶴屋邸の敷地の広さは貴男達も識(し)っての通り。だけど、国木田氏は、鶴屋さんが本命なだけあって、屋敷の間取りを完全に予習済みだったらしいのです。で、下着を盗みに洗濯物が部屋干しされている空間へと向かったのです。部屋に着くと、旦那のもの下男(げなん)のものか、兎に角男物の下着しか部屋にはなかったそうです。落胆する国木田氏。泣きっ面に蜂で警報が鳴り、警備員のみならず鶴屋さんとも鉢合わせ、遽(あわただ)しく退路を確保する中で国木田氏は例の金属棒を発見。……ほら。十糎(センチメートル)くらいの。貴男(あなた)が発掘に一枚噛んだ。彼(あれ)です。」
 ああ、あの謎のオーパーツか……。柚子茶が美味い。
「渠(かれ)は金属棒を肛(しりのあな)から体内に取り込み、」
 俺は吹き出しそうになったが、柚子茶が勿体無いので、何とか我慢した。畜生奴(め)国木田。俺のティータイムを冒瀆するのは控えて頂きたいものだ。
「〝白いおしっこ〟を残し乍(なが)ら遁走。迯(に)げ遂(おお)せたというのだから、見事です。」
「ふむ……。」
 古泉が、唸(うな)った後、囁(ささや)いた。
「国木田氏の変化球なのか直球なのかよく分からない、ツーシーム的性犯罪は兎も角として、〝例の金属棒〟──と便宜的に呼ぶ事にしますが、其(そ)の〝例の金属棒〟が盗まれたというのは……様々な組織も当然、感知しているのでしょう?」
「ええ。貴男方の「機関」は無能なので中途半端にしか現状を把握していなかったようですが、主だった各組織は殆(ほとん)ど状況を把握していますよ。」
「此(こ)の喋る和布(わかめ)の囀(さえず)っている事は、本当ですか、長門さん?」
「本当。」
「成程……。と、云う事は、其処(そこ)のポンコツ未来産乳牛の自称弟だとかいう、あの巫山戯(ふざけ)た狒狒(ひひ)も動いた、と?」
 喜緑さんは梅昆布茶を啜(すす)り乍(なが)ら器用に頷(うなず)く。
「はい。彼(あ)の、藤原とやらも、国木田氏の菊門の開闢(かいびゃく)を促し〝例の金属棒〟を奪取せんと欲して、行動を直ぐ様、起こしました。」
 おいおい、其(そ)の〝例の金属棒〟とやらは……一体何だってんだ?
「Gibier(ジビエ)は無視するとして、喜緑さん。奴の其後(そのご)の動向は?」
 覚えておけよ古泉。俺が本気になれば、特大の神人を何連発も造る事が出来るんだぞ。
「其(それ)は咲(わら)えませんね。然(そ)うなったら貴男はゲイ・バーへ売り飛ばすとして……で、喜緑さん。」
「はい。端的に申し上げますと、鶴屋邸脱出直後に国木田氏へ接近した藤原は、後一歩で国木田氏の後ろの洞穴(ほらあな)を探検するところでした。」
 後ろも何も、国木田には洞穴は一つだけだが、まあ野暮な揚げ足取りは莫(な)しにしよう。
「八〇一穴(やおいあな)……。」
「……な、何か云ったか? 長門?」
「何も。」
 喜緑さんは森さんを呼び、梅昆布茶のおかわりを注文した。朝比奈さんも柚子茶のおかわりを所望した。
 轟々と飆(つむじかぜ)が囱(まど)の外の寒空で踊っている。曇天故、午前中が終わろうとしている時間帯とは思えぬ程の暗さだ。

 喜緑さんは二杯目の梅昆布茶を啜った後、語りを再開した。
「越橘(こけもも)……ツツジ科の常緑小低木。甘露子(ちょろぎ)……シソ科の多年草。酸塊(すぐり)……ユキノシタ科の落葉低木。宿花(よみはな)……花の季節が過ぎてから再び花を咲かせる事。返り花。二度咲き。」
「ふぇえ……!? 羗(きょん)君~……此和布(このわかめ)、毀(こわ)れてますぅ~……。」
 た、慥(たしか)に一寸(ちょっと)、別の卓子(テーブル)に行きたい気分だ。
「昆布さん? 119番の方々はお忙しいと思うので……AEDとか#7119とか110番とか、しましょうか?」
 古泉、昆布っていうのはAEDで調理するものなのか?
「失礼、少し情報統合思念体特有のERROR(エラー)があったようです。」
 喜緑さんのその言葉に長門が、眉を、0.01秒、困った方向へと、0.01mm、変化させた。喜緑さんは情報統合失調思念体だったのか……?

 強(したた)かに蹴られた臑(すね)を擦(さす)り乍(なが)ら俺は、復(ま)た、喜緑さんの咄(はなし)に耳を欹(そばだ)てた。
「この時点でだいたい陸阡陸佰文字(ろくせんろっぴゃくもじ)ですが、未(ま)だ未(ま)だいきますよ。紙を撚(よ)る事により出来るのが、紙撚(こより)です。蝦蛄(しゃこ)が啖(く)いたいですね、青竜蝦(しゃこ)が。皆様も民草(たみくさ)として蒼氓(そうぼう)として佳(よ)い物を食べて、尻腰(しっこし)の善良なる尸童(よりまし)と相成(あいな)って下さい。閨(ねや)は寝床で、閨門(けいもん)は家庭の事。煽(おだ)てと畚(もっこ)には乗るな。書帙(しょちつ)。逞(たくま)しい。不逞(ふてい)の輩。琺瑯(ほうろう)。可惜(あたら)若い命を。熱燗(あつかん)。」
「羗(きょん)君~……。別の店に行きませんかぁ~……? せめて、和布(わかめ)の居ない卓子(テーブル)がいいですぅ~……。」
「僕も同感せざるを得ませんね……。長門さん、此(この)海産物の情報連結を解除して、元のマリンスノーに変換し、万事解決、という訳(わけ)にはいきませんかね?」
「今やっている。ただ、強力なプロテクトがかかっており、だいたいあとニ千阿僧祇(あそうぎ)年前後かかる。」
 アソウギ?
「一阿僧祇(あそうぎ)は、十の五十六乗。」
 へえ。ニ千阿僧祇(あそうぎ)年前後あったら琵琶湖と布哇(ハワイ)が接吻しちまう、やめておけ長門。
「併(しか)し、となると僕達は永遠に此(この)毀(こわ)れた和布(わかめ)製蓄音機を聴き続けなければならないという事ですか?」
「ふぇ~……私だけ未来に帰りますぅ~……北京原人の皆様方だけで、寿命を消費していて下さいぃ~……。」
「随分せっかちな方々ですね。折角人が懇切丁寧に咄(はなし)をしているというのに。」
 あの~、喜緑さん? 謎のオーパーツである〝例の金属棒〟を鶴屋邸にて菊門から体内に匿(かくま)って遁走した国木田に対して、不逞(ふてい)の未来人Ⅱである藤原が──
「きぃ~……! Ⅰ(ワン)は誰ですかぁ~……!」
 不逞(ふてい)の未来人Ⅱである藤原が──
「二度も云わないで下さいぃ~……!」
 国木田の肛(しりのあな)を御用改(ごようあらため)する直前で噺(はなし)が止まっていますが?
「そうでした。」
 喜緑さんは、ズビビ、と梅昆布茶を愉(たの)しんだ後、口を開いた。
「国木田氏が掘られる直前で駆けつけたのが、弊社の狂犬・朝倉義景(あさくら よしかげ)です。」
「それは越前国の戦国武将ですね。涼子嬢の事でしょう?」
 やれやれ。実に、おっかない名前が飛び出したもんだね。
「然(しか)り。其(その)朝倉涼子が、藤原氏が国木田氏の菊門へ接近した隙に横からバタフライナイフの柄でブン撲(なぐ)ったのです。」
「おや。斬っても刺しても宜しかったのに、残念ですね。」
 同感だ、古泉。
「その後、うちの朝倉は地面に転がった藤原に馬乗りになって卅(さんじゅう)程の鉄拳を御見舞いした後、強力な催眠を掛けました。一部の記憶を捻(ねじ)り、撚(よ)り、拉(ひしゃ)げさせ、捩(ね)じ曲げる催眠。畢竟(ひっきょう)、藤原は今、谷口氏の菊門を全力で狙っています。」
 色々と理解に苦しむね。何故谷口が此処で出て来るんだ?
「朝倉にそれとなく聞いたのですが、周防九曜(すおう くよう)対策です。あの天蓋領域のふさふさ座敷童は、嘗て接触した谷口に未だに……そうですね……現在の地球人には上手く説明出来ませんが、GPSのログというか……まあつまり、催眠で操った藤原が谷口に固執している事をあの周防とかいうガキが把握した時に、もしかしたらミスリードを起こす可能性もあるのではないか、という狙いらしいです。萌芽(ほうが)したての未必の故意、ってなもんです。」
 谷口も災難だな。
「併し、周防九曜(すおう くよう)が阿呆なのか天蓋領域全体が阿呆なのかよく分かりませんが、兎に角、その昨晩の藤原へ打った一手が功を奏してか、周防が操る巨大竈馬(きょだいかまどうま)が今朝から、北高を破壊すべく町を驀進(ばくしん)しています。」
 何故、然(そ)うなる!?
「私に訊かれても困ります。」
「それなら、」
 長門が声を出す。
「おそらく、一度情報生命体が巨大竈馬(きょだいかまどうま)に変えた事のある例の男性ならば、再度素粒子インターフェイス集積の可塑(かそ)デバイス・ジャックを利用して、極めて短期的に侵攻用システムに実装可能であったからだと思われる。」
「成程。即席の蟲(むし)お化け兵器として、再利用したというわけですか。」
 何故会話が説明したのかよく分からんが古泉、すると、結局はまたコンピ研の部長が巨大竈馬(きょだいかまどうま)化しているという訳か?
「噺(はなし)の流れからして、そうでしょうね。」
 おいおい喜緑さん、貴女(あなた)の彼氏、秋が季語の直翅 (ちょくし) 目の昆虫として校舎を破壊している訳ですけど、謝罪会見でも開いたら如何(いかが)ですか?
「私の彼氏という設定は、死に設定です。」
「ふぇ~……思いっきりアニメでも放送されていましたがぁ~……?」
「閑話休題、噺(はなし)の続きを……と思ったのですが、抑(そもそ)ももう話す事がありませんでした。私が把握しているのは以上です。国木田氏は鶴屋邸から〝例の金属棒〟を座薬として使用したまま、一晩明けた今も全裸で逃走中。朝倉涼子は、今日は部屋のソファーの発条(ばね)が壊れたとか云って家具屋さんへ行っています。谷口氏は未だに町の何処かで藤原氏に掘られかけています。周防九曜(すおう くよう)が巨大竈馬(きょだいかまどうま)を操って北高へ向かっています。私は一応、以上の事を皆様へ伝える為に今回接触させて頂きました。私も忙しいので、これで失礼します。籐球(セパタクロー)の準決勝の放送がもう直ぐ始まりますし。」
 若干早口でそう云(い)い切ると、喜緑さんは、ずぞぞぞっ、と梅昆布茶を飲み干し、サッ、と立って一礼すると、厨房の近くで別客のオーダーを通したりして働いている森さんと橘さんの方を一瞥(いちべつ)した後、澱(よど)みなき動作で扉を出て行った。カランコロン。

 食い逃げじゃねーか!

「……ふ……ふぇ~……和布(わかめ)の分は当然長門さんが払って下さいよぉ~……同じ情報工学科でしょぉ~……というか、全員分出して下さいぃ~……。」
「工学部情報工学科ではなく、情報統合思念体。其(それ)に、私が全員分の飲食代を負担する義理は莫(な)い。」
 長門がゆっくりと、ココアを舐(な)める。

 じゃんけんの結果、古泉が森さんにお金を借り、俺達は店を出た。この野郎、本当に金も持たずに来ていたのか……。SOS団特有のアクシデントが発生したら、何(ど)うする心算(つもり)だったんだ? ……まさか、俺が払うものと許(ばかり)思っていた、なんて事はないよな?
「あ、私もついていきまーす!」
「駄目です。皿洗いでもしていなさい。」
 一瞬のやりとりだったが、何(ど)うやら橘さんは森さんに止められて、店内に留(とど)まり働き続ける事になったようだ。好意的解釈をするならば、「機関」に保護されていると攷(かんが)えられなくもない。

 それにしても寒い。風が強い。雪が降り始めそうな匂いもしやがる。まったく、とんだ日曜だ。
 珍しく、長門が早歩きで先陣を切り、その少し後ろに俺と朝比奈さんと古泉が並ぶ形となった。
 そろそろ正午になるが、この薄暗い曇天の中、食欲も然程(さほど)莫(な)い。
「ふぇ~……寒いですぅ~……おうちに帰りたいですぅ~……未来に帰っちゃおっかなぁ~……。」
 そんな愚痴を溢されても困りますよ、朝比奈さん。
 歩道が狭くなったので、俺が少し前に出る。長門と俺が前列、朝比奈さんと古泉が後列となった。後列の二人が、気付いたら失踪(ドロン)していないか心配だ。
 それにしても長門、俺達ゃ何処(どこ)へ向かっているんだ?
「もうすぐ着く。」
 体温が零(れい)になる前に着くなら有難いのだが。
「ふぇ~……寒いですぅ~……この俎(まないた)、私達を戮(ころ)す心算(つもり)ですぅ~……。」

 朝比奈さんの野次を長門が無視した後、体感では三十分後、実際には五分後、長門に続いて俺達は、寂れたコインランドリーに闖入(ちんにゅう)した。中に人影は莫(な)い。
「おやおや、これは予想外のスポットへの御案内でしたね。長門さん、何か洗濯したいものでも? それとも、乾燥に御興味がおありですか?」
「ふぇ~……もう一万文字を突破しましたよぉ~……何がしたいんですかぁこの貧乳はぁ~……。」
「此処(ここ)であと二分二十九秒待つ。」
 何かよく分からないが、宇宙人特有の乱数調整か何かか? まあ、外より温かいから文句はないけどな。

 ……静かなコインランドリーだ。利用者の痕跡は莫(な)い。洗濯中の女性下着なんかがあったら、是非、転々(くるりくるり)と泡沫(うたかた)の舞で娯(たの)しませてほしかったものだがね。
 突然、玄関の手動の扉が開いた。

「あらあら、助平(すけべえ)な事を攷(かんが)えている顔(かんばせ)ね。」

 俺は背筋を凍らせ乍(なが)ら、反射的に後ろへ跳んだ。忘れもしない聲(こえ)、長い髪──。
「如何(どう)したの?」
「……そ、そ、其(それ)はこっちの台詞だ……!」
「ん~? おかしな人。ねえ、長門さん、渠(かれ)、如何(どう)しちゃったの?」
「渠(かれ)の挙動は元から変。恐らくは渠(かれ)が、物心ついてから。」
 長門の酷い説明で納得したのか何(ど)うかは判然としないが、小さく、ふうん、と呻(うめ)いたかと思うと、部屋の中央の卓子(テーブル)の脇の背凭(せもた)れの莫(な)い丸椅子に腰掛けて、非常にリラックスしているような雰囲気で、朝倉涼子は、論(あげつら)い始めた。
「扨(さて)、奇人変人の皆様。弊社(うち)の和布(わかめ)から事情は聞いたかと思うけど──涼宮ハルヒが全裸で下着を盗みに入り、失敗したので棒状のオーパーツを菊門で盗んで去った──という認識を鶴屋家の敷地内の人全員に植え付けといたから。鶴屋家の警備員さん達は警察と学校に通報してたみたいだから、彼女、そのうち逮捕されるかもね。」
 待て待て待て。初耳だぞ、そんなの。
「あら? そうなの?」
「僕達、そういえば抑(そもそ)も、涼宮さんの事をすっかり忘れていましたね。」
 お前は超能力があるから忘れちゃ駄目だろ、古泉……。それにしても朝倉、お前は藤原に催眠を掛けたんじゃなかったのか?
「何(なん)だ、知ってるじゃない。私は阿呆未来人の藤原に対して──谷口が全裸で鶴屋邸から棒状のオーパーツをあろう事か肛門でアクロバティックに盗み、其儘(そのまま)菊門から体内へ収納して遁走(とんそう)した──という記憶情報を強制的に埋(うず)めたの。その後、目撃者か否かを問わず、鶴屋さんの家に存在していた全生命体に──下着を盗もうとして警備員に追い詰められた挙句、全裸で棒状のオーパーツを菊門にて啄(ついば)み盗難した不逞(ふてい)の泥棒は涼宮ハルヒ──という記憶を与えたわ。」
 その、後半部分を、お前のところの和布(わかめ)は話さなかったがな。
「あら? 耄碌(もうろく)したのかしらね、あの海藻は。兎に角、鶴屋さんを含む鶴屋家の一族と警察は今、涼宮ハルヒに事情聴取を行っている筈よ。担任の岡部先生も警察署に行っているらしいわ。こりゃあ、中等少年院または特別少年院行きの可能性も出て来たわね。」
「う~む……実は「機関」も不確定情報としてそのような動きがある事を若干掴んでいたのですが……それならば、涼宮さんが来ない事を見越して、家でこたつにあたっていれば良かったですね。」
「ふぇ~……? じゃあ、頭ぱっぱらぱあの莫迦(ばか)女は警察にいるとして、藤原とかいう男は谷口とかいう男の菊門を追っていて、それとは別に全裸の国木田氏が今もなおこの世の何処(どこ)かに生きていて、更にそれとは別に天蓋領域の座敷童が巨大竈馬(きょだいかまどうま)で北高目指して前進中、ってわけですかぁ~……!?」
「そう。」
 そう、ってなあ、長門。何か解決策は莫(な)いのか?
「解決策とは? 何の?」
 何って、まあハルヒ投獄は妥当としてもだ、国木田に服を着せる事と、巨大竈馬(きょだいかまどうま)を止める事が求められているだろう、俺達には!
「あら? 谷口君は?」
 朝倉がのびをし乍(なが)ら、リラックスして訊いてくる。
 いや、谷口と藤原は何(ど)うでもいいよ……。二人の世界を邪魔する気にはなれない。
「ふぇ~……なら、国木田君も放っておいてもいいんじゃないですかぁ~……?」
 国木田は全裸の窃盗犯ですよ、朝比奈さん。
「ひゃわっ! そうでしたぁ~……。」
「兎に角、これで定時報告終わり! もう行ってもいいでしょ? 長門さん。」
「いい。」
「じゃ! ソファーの注文は終わったけど、折角だからクッションカバーやカーペットも新調しちゃうんだー。さようならー!」
 朝倉涼子は、嘗ての学級での日々よりも心持ち、より朗らかな立ち居振る舞いで、コインランドリーを出て行った。

 却説(さて)。

「ふぇ~……深厲浅掲(しんれいせんけい)……その場の状況に応じて適切な処理をする事……早くこの小説、終わってほしいですぅ~……。」
「同感ですね。……拳拳服膺(けんけんふくよう)……常に心に銘記し、決して忘れぬ事……。国木田氏が全裸の怪盗になった事は、慥(たしか)に由々しき事態であり、捕縛すべきなのでしょうが、それは我々ではなく公僕(ポリ)の出番というものです。」
 古泉の云う事も、尤(もっと)もだ。となると、周防九曜のムシムシ大行進さえ沈静化してしまえば、俺達の日常は元通り。然(そ)う云(い)う事だな、長門?
「そう。天蓋領域の管理下にある巨大竈馬(きょだいかまどうま)は、先程市役所の方から北高へ向かっていた筈だったが、システムを収容する筐体となる当該枢軸反応が、想定侵攻ルートを逸脱。東北東へ向かったと思われる。」
 何だって!? 分かり易く端的に云うと、何(ど)ういう事だ!?
「丁度、先週オープンした、所謂(いわゆる)マニアショップの前で停止している模様。」
 へ……? 出発点が何処(いずこ)であったのかが語られていなかったから其迄(それまで)の事はよく解(わか)らないが、市役所から二次元的新店舗への方向じゃあ、北高とは全然方角が合わない。
 くっ……ここは行くべきか?
「併(しか)し……外は例によって肌寒(はだざむ)の空間ですが。」
 とはいっても古泉、巨大竈馬(きょだいかまどうま)を放置して、後々増えたりなんかしたら厄介だろう。それに、家で寐(ね)ていたら突然巨大竈馬(きょだいかまどうま)が舌鼓(したつづみ)を打ちつつ壁を壊して来て、刹那、俺達の肉体を蛋白質(たんぱくしつ)として摂取し始めたらたまったものじゃないぜ。
「う~ん……まあ、巨大竈馬(きょだいかまどうま)に食べられたいか何(ど)うか、と云われると……否、ですね。」
 古泉はポケットから錆鉄御納戸(さびてつおなんど)のガラパゴス携帯電話を取り出し、パカリ、と開いた。未だに使えるのか? そのボーダフォン。

 数分をも置かずして、コインランドリーの前にタクシーが現れた。古泉の手招きに応じてタクシーに乗る。一瞬と雖(いえど)も、外に出た時の寒さたるや。
 古泉は、助手席に、特に話の進行に関わって来ない朝比奈さんを押し込み、長門と俺と自らを後部座席に配置した。
「ふぇ~……!? 主人公である私が、話の進行に関わって来ないとは、何(ど)ういう料簡(りょうけん)ですかぁ~……!?」
 タクシーは動き出す。

「着いてから十五分程が経ちましたが……?」
 運転手の新川さんが遂にそのような事を云い始めた。ハンドルは御凸(おでこ)では莫(な)いが、新川さんはハンドルに連続デコピンをしている。

 やれやれ。俺、長門、古泉、朝比奈さんは、結局タクシーを追い出された。寒空の下(もと)で俺達は、がたがた震えながら突っ立っている。眼前の左にはマニアショップ。結構人がいっぱいだ。眼前の右には巨大竈馬(きょだいかまどうま)。望まぬ邂逅(かいこう)に外(ほか)ならない。相変わらずの大迫力だ。此(この)寒さでの麻痺と、前回の経験が無ければ、奇声を上げながら失神しているところだ。
 少ないとはいえちらほらいる通行人や店に群がっている二次元文化を大好(おおごの)みしがちな連中は、まるで巨大竈馬(きょだいかまどうま)が見えていないかのような態度だ。
 お、おい長門、これ、どうするんだ?
 長門は数秒間を置き、
「……強力な妨害プロトコルによるタスク・ジャマーの可能性を検知。」
 と囁(ささや)いた。

「お~い、こっちじゃ、こっち!」

 振り返ると──新川さんが運転するタクシーは既におらず、そこには……。
「今日は人間が散策するにはちと気温が優れておらぬ日だとは思うが、それをおして逍遥(しょうよう)するとは、君達、見所があるな。」
 シャミセンだ! うちの猫が、また、喋っている。
 シャミセンは、夥しい毛量の少女の上に乗っかっているわけだが……。
 ……お、おい。九曜! お前、何を企んでいる!? 巨大竈馬(きょだいかまどうま)で、北高を破壊する心算(つもり)らしいじゃねえか。
「──あは──あははは──莫迦(ばか)な事を云う──あは──載籍浩瀚(さいせきこうかん)……書物が多い事の例え──。──枉駕来臨(おうがらいりん)……訪問を歓迎し敬う表現──。──瓦釜雷鳴(がふらいめい)……能力の無い者が高い地位につき、威張り散らす事──。」
 ちょ、一寸(ちょっと)待て。宇宙人っていうのは皆(み)んなこんな調子で、くるくるぱーなのか!?
「僕から提案ですが……帰りませんか? この巨大竈馬(きょだいかまどうま)も、僕達変人以外には矚(み)えないようですし。触手を動かして黙ってぼ~っとしているだけじゃないですか。」
 つってもだな、古泉。
「見て下さい、周囲を。建物を壊して来た、というような感じがしません。」
 云われてみれば本当だ。先程の咄(はなし)の印象だと、瓦礫(がれき)の山がそこかしこにあるだとか、更に云えば町内会単位で一面更地になっている事も覚悟して来たのだが。
「それは、再生メカニズムの断続的フォーカスを、重複した異次元領域にて変則作動させた事によるもの。安定的な動作を促す為に、態々(わざわざ)十秒前の世界と限りなく零秒前に近い少し前の世界を、繰り返し重ね合わせる事によりコネクテッド・メソッドを常に更新し続けた。平たく云えば、素粒子単位にて、壊すや否や再生させる、という行為を行ってきた。」
 長門にしたは最後だけ分かり易かったぜ。何(ど)うやらこの巨大竈馬(きょだいかまどうま)、街を壊し、刹那、街を直し──という事を繰り返しながら、ここまで来た、という訳か。
 おい、九曜。お前はこの巨大竈馬(きょだいかまどうま)に、北高破壊を命令したんじゃなかったのか?
「──あは──あははは──莫迦(ばか)な事を云う──あは──泉石膏肓(せんせきこうこう)……自然や山水の中で暮らしたいと強く思う事──。──曲突徙薪(きょくとつししん)……未然に災難を防ぐ事──。」

「うおらっ! 掘らせろっ!」
「のわっ!」

 声がした方に振り返る。マニアショップの玄関近くで、全裸の男が二人。……心底慵(ものう)くなるが、二人とも、中学時代の俺の同級生だ。
 薬物と悪質タックルで有名な中河はアメフト部の猛者(もさ)。奴は別の高校に進んだわけだが……。
 全裸の国木田が全裸の中河を躱(かわ)し、巨大竈馬(きょだいかまどうま)の股を抜けて、明後日の方向へと走り去る。なんという俊足。
「待てえ!」
 バイの中河が全裸で追う。これにはマニアショップ店内の数名も、目を丸くしている。

「じゃ、なんか、取り敢えず僕、帰りますね。寒いですし。」
 反駁(はんばく)の言葉が浮かんでこない。そうだな。俺も帰るよ、古泉。
「ふぇ~……じゃあ、〝例の金属棒〟って、どうなっちゃうんですかぁ~……。」
「興味があるのなら、国木田という個体の排泄タイミングで鳴るポケベルを、この市町村にいる全員に配布可能。」
 やめてくれ長門。〝例の金属棒〟は確かに引っかからん事もないが、大局的に攷(かんが)えると、国木田の菊門を出たものに俺は一切興味が無い。
「同感です。もし事態を収拾したいのであれば、朝比奈さん、貴女がホームセンターかどこかで金属棒を購入し、鶴屋さんにプレゼントしたら如何(いかが)ですか? ホワイトデーも近いですし。」
「い、意味不明ですぅ~……。」
「──あは──あははは──莫迦(ばか)な事を云う──あは──蹇蹇匪躬(けんけんひきゅう)……自分の事は後回しにして主君や人に尽くす事──。──蒼蠅驥尾(そうようきび)……凡人が、賢人についていき、功績をあげる事──。」
 じゃあなシャミセン、遅くなる前に帰って来るんだぞ。妹が心配すると厄介だからな。
「うむ。心得た。」
 俺達はその場を去った。まあ、国木田が排便後、〝例の金属棒〟を其儘(そのまま)屎尿(しにょう)と共に流すか、再び体内へ押し戻すか、はたまた別の選択肢を取るか──そんなことは、今、俺が此処で攷(かんが)えても何(ど)うにもならない事だ。
 俺達は、寒空の下、橋を渡り、踏切を渡った。

「じゃあ、私は此処等辺(ここら)でぇ~……。」
「僕も此処で失礼します。」
「……。」
 おう。じゃ、また学校で。

 黄昏が近づき、漸く少しだけ、曇天に切れ目が出て来た。
 冬。
 水分補給と云えば夏の季語、と思う方もいるかもしれないが、この乾燥の季節である冬も、存外水分補給は重要だ。というより、年中を通して水分補給は重要だ。

 扨(さて)、帰ったら手洗いと嗽(うがい)をした後、冷蔵庫に冷やしておいた杜仲茶(とちゅうちゃ)を一杯飲(や)ろうかね。

 最後の最後で把手(とって)の静電気に脅(おびや)かされる、という凄惨な事故が発生したものの、何とか帰還した。奇蹟的に宿題も終わっている。のんびりしよう。
 冬の風に暫しの別れを告げ、俺は、玄関の扉を静かに静かに閉めた。



               〈了〉


     『涼宮ハルヒの漢検』
       (非公式冗長六次創作小説)
          非おむろ・2024/01/28~31

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