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秋と17歳と空回り

何かと怒られる人生を送ってきた。

「行動が遅い」「バレーボールが下手」「寝すぎ」

特に高校時代の私は、欠点のバリエーションが豊富も豊富だったらしく、周りの大人たちはいつも私の顔を見るなり烈火のごとく怒り出した。あまりにも皆さんそうなので、自分の顔から怒りを誘発するフェロモンか何か出ているのではないかと疑っていたほどだった。

大事な試合が近づいたある秋の日、練習試合に汗を流していたら、あからさまに「偉い人のオーラ」をまとった小太りのおじさんが私達を視察しに来たことがあった。後で聞いたのだが、監督として大層な功績を残した方らしい。私のひとつ上の歳で、日本が注目するようなすごい先輩がいたので、その先輩にエールを送りにでも来たのだろう。

 大変偉い元監督は試合を1セット見るなり私たち全員を集合させた。嬉しかった。すごい先輩以外の選手にも目を向けてくれるんだ、ありがたいな、さすが名将だな、素直な気持ちで駆け出した。

第一声「馬鹿!!!」
えっ。えっ。私に言ってんの??
辺りを見渡してみたけれど、私以外の誰とも目は合っていないようだった。
「お前に言ってんだよ」
私に言ってるわ。恐ろしかった。言葉が刃物だというなら、完全に通り魔である。未来ある先輩を差し置くな。いや、差し置かなければならないほど、たった1セット分のプレーだけで私はこの方を怒らせてしまったのか。強すぎる。自分の力が怖い。襲撃にあった私は息も絶え絶え、心に滴る血を抑えながら、それでもなんとか「はい…」と返事をした。「覇気が無い」ということだった。

 なんとか怒られない方法はないか探した。ネットには「辛い時こそ笑おう」と書いてあった。そういえば小学校の担任の先生もよく言っていたような気がする。なるほどたしかに!  これは「情けない顔をするな」「お前だけがしんどいと思うなよ」等の怒られ対策として有効なんじゃないか。辛い時に辛いとメソメソ泣くのは当たり前の話だし、みんなもうそれには飽き飽きしているようだから。

行動は早い方がいい。その日の練習から早速実践した。辛ければ辛いほど笑う。怒鳴られれば怒鳴られるほど笑う。笑う。笑う。笑うぞ!!!

数日後、結果的に私は、満面の笑みを浮かべながら死ぬほど走らされている頭のおかしなやつと化してしまい、怒られこそしなかったもののチームメイトから相当気味悪がられた。ちょっと考えたら分かる事だが、「辛い時こそ笑おう」はもっと健全で前向きなタイプの人が使うべき技だ。小学校の担任の先生も自分の放った言葉が若干17歳の狂人を生み出してしまったなんて知ったらきっと涙するだろう。

 なぜこんなにも怒られるのか。分からないことが顔に出るのでまた人をイライラさせる。その繰り返し。

きっとあの大人たちにはあの大人たちなりの地獄があったんだろう。本当に怒りたい人には何も言えなくて、6畳のアパートに吹き込む風は冷たくて、毎日毎日限界で、そんなところに私が眠そうな顔をして突っ立っているものだから、そうだよな、そりゃそうなるよな、よし、飲みにでもいくか、などと今なら言えるかもしれない。

否が応でも大人になるのである。

あの時悲しかったこと、悔しかったこと、殴りたかったこと、泣きたかったこと、抱きしめて欲しかったこと。ひとつひとつ丁寧に思い出して、ひとつひとつ笑っていく。過去を何度でも書き換えていく。歳をとるということが、それらの積み重ねだとしたら、思っていたよりも悪くない。

深夜2時、窓を開けて澄んだ空気を吸う。もう冬の足音がする。来年の今頃は、何を思い出しているんだろう。できるだけ幸せなことがいい。幸せじゃなかったことも、ちょっとだけ面白く脚色されていればいい。

 さすがに冷えてきた。ヒートテックはどこだっけ。今年はこたつを出そうかな。ふと覗いた鏡の中の顔は、やっぱり覇気がなかった。

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