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「カエシテ」 第46話

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「もし、その清掃員が北見明美であれば、そこまで詳細に語ることが出来て当然だろう。自分にまつわる話なんだから。知っていて当たり前だよ」
 部下の驚く様子に満足するかのように陣内は話していく。
「目的はおそらく、俺達をこの話から手を引かせることじゃないかな。あえて怖い話をして」
 外では救急車のサイレンがそばで止まったが、三人は気にすることはない。話に集中している。
「俺は、その人がいつから清掃員として働いているのか知らないけど、どこかから俺達がこの話を追いかけていることを耳にしたんだろ。そうなると、また周辺が騒がしくなってしまう。せっかく新潟から逃げて静かに暮らしていたのに、また戸倉のような記者が来たらと思うと我慢できなかったんだろ。そこで何とか阻止しようと、乗り込んできたとは考えられないか」
「なるほど。それなら可能性はありますね」
 今回の加瀨は納得した。今でこそ手を引いたものの、取材で茂吉の元にまで押しかけていた。北見家の人間が焦りを覚えたとしても無理はない。
「それなら、あの清掃員のことを調べてみますよ。もしかしたら、灯台下暗しという展開になるかもしれないので」
 考えた末、加瀨は提案した。本人であれば、あの話に関してより詳細を聞くことが出来る。一度断念した話だが、思わぬ形で掲載できるかもしれない。
「いやっ、いいよ。そんなことをしなくても」
 だが、陣内は手を振った。
「いいんですか。もしかしたら、あの画像の謎が解けるかもしれないんですよ。あの人を問い詰めれば」
 まさかここまで来て放置とは思わなかったため、加瀨の声には力が入る。
「あぁ、いいよ。何回も言っているけど、うちはもうあの話から手を引いているわけだからな。仮に俺の考えが正しかったとしても、そのことを本人にぶつけたら怒りを買うことになるかもしれないだろ。そしたら、仕事どころじゃなくなるよ。週刊誌と手を組むことも考えられるからな。金で動くような人間だとしたら、簡単に情報は横流しされてしまうよ」
「記者って、まだうろついているんですか。この辺りを」
 加瀨は聞いた。
「あぁ、いるよ。あいつらは一度目を付けた相手から離れることはないからな。今は記事にならないとしても、ストックとして残しておくんだ。そして会社の株が上がってきたところで、爆弾を落とすんだ。相手にもっともダメージを与えるタイミングでな」
「なるほど」
 加瀨は頷いた。確かに、そういう流れで消えていった著名人は何人もいる。下手な動きを取れば、本当に自分達も二の舞になるかもしれない。社会人がもっとも恐れることは失業だ。今のまま突き進んでいけば、その恐れはある。
「だから、下手にあの人を追うのは危険だ。情報とは、どこから漏れるかわからないからな。お前達も、この世界で生きていくのであれば、この言葉は覚えておいた方がいいぞ。何かの時に思い知ることになるから」
「わかりました」
 話に納得いったことで加瀨は引き下がった。自分のデスクに戻った頃にはもう、公子のことは頭から消え、自分の仕事に没頭していた。

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