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「カエシテ」 第18話

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 会社を出た加瀨は新宿三丁目駅へ行くと、副都心線で渋谷まで行き、東急線に乗り換え自由が丘駅で下車した。
 駅を出ると、九品仏川緑道沿いを進み、喫茶店の先の角を曲がると、二百メートルほど先に福沢が命を落とした結婚式場はあった。
 白いお城のような建物で、中に入ると突き当たりに受付があり、右側に階段。左側は廊下が伸びている。式を挙げている人はいなかったものの、見学に来ている夫婦は何組もいた。ホールでは、忙しくスタッフが歩き回っている。
 加瀨はその様子を横目に受付で事情を話した。
 すると、すぐに担当者が出て来た。スーツを着た短髪の男だ。結婚式場で働いているだけあり姿勢が良く、清潔感のある身なりをしている。胸に付けている名札には大山おおやまとあった。加瀨は、大山の案内により別室へと案内された。ソファーセットが置かれているだけのシンプルな部屋だ。壁には式を挙げた夫婦の写真で飾られている。
「この度は、福沢がご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
 腰を下ろす前に加瀨はまず謝罪した。
「いえっ、仕方ないですよ」
 大山は手を振った。式場にも影響は出ただろうが、おくびにも出さないため、プロの仕事と言えよう。
「それよりも申し訳ありませんね。ゆっくり話の出来る部屋はこういうところしかないので」
 場違いと自覚しているらしく、大山は苦笑いしている。
「いいえ、こちらこそ急に来てしまって申し訳ありません。ですので、気にしないで下さい」
 加瀨も苦笑いする。
 そこで女性がコーヒーを運んできた。
「あの日は会場にいたとのことですが、福沢の様子はどうでしたか」
 女性が去ったところで加瀨は話を始めた。
「別段、変わった様子はありませんでした。皆さん、旧友との再会を楽しんでおられましたから。様子のおかしな方は一人もおられませんでしたよ」
 大山は当たり障りのない答えを返した。
「福沢はお調子者だったんですけど、はしゃいだりはしていませんでしたか」
 記憶しながら加瀨は質問していく。
「私共は端の方で見守っていたのですが、事故に遭われた方はあまり目立っていない印象でした。人気のある方のようで、いろいろな方とお話になってはいましたけどね。騒ぐことはなかったので。ですから、いきなりあんなことになって私共も驚いていたんです」
「なるほど」
 明るいだけが取り柄と自虐していたが、その分、人気があったようだ。
「では、どういう流れからあいつはあんなことになったんですか」
 そう思いながら加瀨は聞いていく。その際、カップを口に運んだがコーヒーはコクがあり、本格的な味だった。
「それはですね。会も終盤に差し掛かったところでした。上の人間からも厳しく言われていたこともあって、我々は注意していたんですけどね。体育会系の方々でしたので、盛り上がり方が派手になるかもしれないので。その中、一部の方々がラグビーを始めたんです。ボールはなかったので真似だけでしたけどね。それでも楽しかったようで、少しずつ参加する人が増えていきました。そこに事故に遭われた方も加わったのです。最初はあの方も周囲の方々と同じで軽い動きだったんですけどね。突如として猛然と走り出し、我々が注意する間もなくプールに飛び込んでしまったわけです」
 大山は丁寧に顛末を説明した。
「そうですか。ちなみに、こちらにカメラは設置されていると思うのですが、テラスにはありますか」
 加瀨は聞いた。
「はい、カメラでしたら設置しております」
 隠すことなく、大山は答えた。
「でしたら、その映像を見させていただけませんか。別に大ごとにしようというわけじゃないので。ただ、福沢の様子を確認したいだけなんです。同じ会社で働いていた者として」
「それでしたら、かしこまりました」
 情に訴えたせいか、大山はすんなり受け入れてくれた。頭を下げて退室すると、十分ほどでノートパソコンを手に戻ってきた。
「こちらが、あの事故が発生した時の映像となります」
 大山はノートパソコンを加瀨の前に置くと、自身は膝を床に付き、簡単に操作した。
「拝見させていただきます」
 加瀨はすぐに動画を再生した。
 画面には、テラスが一面に渡って映し出されていた。人の姿がチラホラと見える。さすがにラグビー部に在籍したメンツだけあり、立派な体格をした人が多い。
 やがて、ラグビーが始まった。
 数人がボールを回す仕草をしている。当然、試合のような激しさはなく、遊び程度の動きだ。周囲の人間は笑顔で見守っている。
 その中、突如、突進してくる男がいた。
 福沢だ。
 彼は人を避けるように走っていくと、プールに飛び込んだ。
 正に一瞬の出来事だった。これでは止められるわけがない。飛び込んだ後も、周囲の人間はすぐには動けずにいたほどだ。
 だが、式場の人間が飛び出てきたことで止まっていた時間は動き出した。仲間は式場スタッフに続き、慌ててプールを覗き込んでいる。救急車と叫ぶ声も聞こえている。
 加瀨はそこまで見ると映像を巻き戻し見直した。
 今回は福沢の位置がわかっているため、最初から彼のことを追った。
 すると、新発見があった。
 福沢は突進する直前に携帯を見ていたのだ。直後には振り返っている。
 走り出したのは、その後だ。
 この様子を見ると、確かに何かから逃げるような動きだ。
(やはり、あいつには何かが見えていたのか)
 映像を見た結果、加瀨はそう結論づけた。この状況では他に思い当たる答えは見当たらなかった。
 ただし、映像を見れば何かしらの謎が解明できるのではという期待はあっさりと裏切られた。どうやらこの問題は、もっと奥が深いらしい。
 加瀨は重い足取りで式場を後にした。

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