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「カエシテ」 第20話

   20

 同じ日の日中。
(本当に自分勝手な人だな。あの人は。あそこまで鬼にならないとこの世界じゃやっていけないのかもしれないけど、こっちとしてはたまったもんじゃないよ。違法に近いことをやらされるんだから)
 加瀨は苛立ちを抑えながら、休憩スペースでコーヒーを飲んでいた。頭の中では、式場から帰ってきた後のやりとりが甦っていた。
 オフィスに戻ると、加瀨は見て来た映像に関して詳細な説明をしていた。その際、式場から映像を借りることは出来なかったと説明すると、陣内は烈火の如く怒りだしたのである。式場側からすれば、プライバシーの侵害に当たるため、外への持ち出しは禁じるとのことだったが、陣内は、それはわかっているのだから、何故盗撮しなかったんだと言ってきたのだ。加瀨としても真相を究明したい気持ちは強く持っていたが、何も不正を働いてまで突き止めたいとは思っていない。これには、さすがに腹が立っていた。そこで気分を落ち着かせようと、休憩所でコーヒーを飲んでいたわけだ。
(それよりも、福沢の穴はどうやって埋めるつもりなんだろ。あいつみたいなキャラクターはなかなかいないのに。怪異好きは控えめな人が多いから。探すとなると大変だよな。会社を運営していく中で、オフ会に潜り込ませるスタッフは必須だからな。そう考えると、あいつは貴重な存在だったんだな。やっぱり、そばにいるとその人の存在価値はわからないものだな)
 気持ちを切り替え、そんなことを考えている時だった。
「だから言っただろ。あの男は助からないって」
 突然、女の声が入り込んできた。
 慌てて振り返ると、そこにはいつだったかに現れた謎の清掃員の姿があった。名前は確か、高城公子と言ったはずだ。この日もモップを手にしている。
「何故、知っているんですか」
 目を丸くして加瀨は聞いた。福沢の件に関しては、会社の人間以外知らないはずだ。ニュースでも僅かに流れたが、犠牲になった人間がこの会社で働いていたことは報じられていない。
「私は何でも知っているよ。お前らみたいに無知な奴とは違うんだ。無知な奴ほど、何でも知っていると勘違いするからな」
 公子は答えを返したものの、説明になっていない。
「もう一度言っておこう。あの話から手を引かないと大変なことになるぞ。これは冗談で言っているわけじゃないからな。肝に銘じておけ」
 彼女は改めて忠告した。
「それはどうしてなんですか。根拠を教えて下さいよ。唐突にそんなことを言われたって、困りますよ。どうすればいいかわからないですし」
 加瀨は粘った。何とかして、公子から少しでも情報を吸い取ろうと必死だ。
「根拠は説明するまでもないだろ。私の言った通り、一人犠牲になっているんだから。論より証拠だよ。それでもわからないのなら、お前らは愚かな奴だということだ」
 公子は呆れたように鼻で笑った。
「だから、その説明を聞きたいんですよ。俺は」
 加瀨は訴えかけた。
「どうやら、お前らは言ってもわからないようだな。私がこれほど忠告しているというのに、聞く耳を持たないわけだから」
 だが、公子は突き放した。外からは救急車のサイレンが聞こえてきたことで、不気味さが増す。新宿という土地柄だけあり、毎日のように救急車のサイレンを聞いているが、この日に限っては最悪のタイミングだった。
「いやっ、もう遅いな。また新しい犠牲者が出るぞ。お気の毒に。お前もせいぜいそうならないように気を付けるんだな。お前の会社は次々と人材を失っていくことになりそうだな。その内、倒産するかもしれないぞ」
「どういうことです」
 加瀨は答えを求めようとしたが、公子が答えを返すことはない。モップで床を拭きながら歩き出した。
「ちょっと待って下さい。それはどういうことなんですか。また犠牲者が出るって。一体、誰のことを指しているんですか」
 加瀨は慌てて後を追おうとした。
 だが、そこにバイク便の男が入り込んだ。
「お疲れ様です」
 顔見知りのため、加瀨に会釈してきた。
「お疲れ様です」
 バイク便業者は大切な仕事相手のため、無下に扱うことは出来ない。加瀨は会釈を返すと、宅配物を受け取った。
「ありがとうございました」
 サインをもらうとバイク便業者は頭を下げ去って行った。加瀨は慌てて廊下の先に目を向けたが、そこにはもう公子の姿はなかった。
(くそっ、逃げられたか)
 加瀨は地団駄を踏むことしか出来なかった。


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