見出し画像

「カエシテ」 第40話

   40

 翌日。
 従業員にとって思わぬ事が起こった。
「すまない。今まであの画像を追いかけてきたが、もう止めようと思う」
 この日の朝礼で陣内がそう発表したのである。
「どうしてですか」
 真っ先に理由を聞いたのは加瀨だ。今まで何があっても追いかける構えだったため、疑問を持ったのだ。
「俺としても、こんな形で終わらせたくないんだけどな。週刊誌が動き出したんだよ。これを見てくれ」
 陣内は週刊誌を手渡してきた。
 代表して加瀨が受け取り中に目を向けていった。
 すると、S社の怪死について書き込まれていた。ブログとは違い、十人ものスタッフが短期間で次々と不可解な死を遂げていったとセンセーショナルな見出しと共に書き込まれている。警察は事故と断定していることで動いてはいないが、何かしらの事件や問題があるのではと、含みを持たせた内容になっていた。
「この記事がどうしたんですか」
 記事を一読すると、加瀨は週刊誌を由里に渡した。読んだ感想としては、決して手を引く決め手になるような内容ではなかった。
「まぁ、ここだけを読めば大したことはないと思うだろうけどな。でも、週刊誌はこの手のネタを書く時、その後の取材も進んでいるんだよ。第二、第三の手も秘めているんだ。これはジャブにすぎない。ジャブを何発か打った後で、爆弾を落とすんだ。その方が効果があるからな」
 雑誌社の勤務歴が長いだけあり、陣内は週刊誌のやり方も熟知しているようだ。
「ここを読む限り、まだそのジャブはS社にしか打たれていない。でも、それは甘いんだ。いつ頃からか、ハッキリとは覚えていないけどな。うちの周囲をチョロチョロしている不審な奴がいたんだ。おそらく、あいつは週刊誌の記者だと思う」
 さすがにそこを聞くと、三人は顔を見合わせた。
「週刊誌ってところは、ハイエナ以下だからな。一つの情報だけじゃ満足しないんだ。一つの情報を踏み台にして、更なる情報を得ようとする。うちとしても、既にスタッフを二人失っているだろ。わずか二週間ほどで。きっと連中は何かの段階で、この情報を仕入れたんだよ。このまま行けば確実に飛びついてくるはずだ」
 考えただけでゾッとした。
「そうなれば、うちはS社の二の舞だよ。S社みたいに大きな会社だったら対策も練れるかもしれないけど、うちじゃ無理だ。週刊誌の思うままにやられてしまう。俺としては、そうなりたくないんだ。もしそうなれば、どうなるかわかるだろ」
「はい」
 ここまで聞けば三人としても頷くしかなかった。週刊誌とは、ガセネタを記事している印象が強いが、何故か、世間からの信用度は高い。もしも、そこであの画像に拘わるネタを書かれたら、矢面に立たされることは間違いない。人が亡くなっていることからも、暇人から集中攻撃を受けることは目に見えている。そうなれば、会社の運営に大きな影響を与えることは確実だ。会社を今後も運営していくのであれば、ここで手を引くことが利口な選択と言える。
「そういうことだから申し訳ない。中途半端な形で終わることになってしまって」
 陣内は打ち切りを告げると共に頭を下げた。彼としてもこの話には力を入れていた。金になると判断し、他の話には目を向けずに追いかけていたほどだ。こんな結果になり、本人がもっとも悔しいはずだ。それでも、会社とスタッフを守るために身を引く英断を下したのだ。従業員からすれば、陣内の気持ちを理解しないわけにはいかなかった。
「わかりました。では,今後はいつも通り、話を収集していくと言うことですか」
 平子が聞く。あの話に人一倍怯えていたため、手を引くことが決まり気が楽になったのかもしれない。
「あぁ、そうしてくれ。今後は今まで通りだ。この後はスタッフを増員する予定だからな。ちょっと忙しくなると思うけど、少しの間だけ我慢してくれ」
「わかりました。それじゃあ、SNSやホームページの方であの事件に関して呼び掛けた情報提供も消さないといけませんね」
 思い出したように加瀨が言った。陣内から許可を得て求めた情報提供には、続々と寄せられていた。件数は百件近い。加瀨は時間が許す限り、その情報に目を通していたが、残念ながら有益なものはなかった。ガード下で寝泊まりしている親子がいるや、二年ほど前から居酒屋を経営している親子がいるなど、確証のないものばかりだった。何とか力になりたい気持ちは伝わってくるが、こういった情報を全て相手にしていては人手はいくつあっても足りなくなってしまう。
「あぁ、そういうことになるな。そっちの方は任せるよ」
「わかりました」
 陣内から目を向けられたことで加瀨は頷いた。
「それなら俺も、純の両親に連絡を入れておきます。携帯はいいですって。先日の電話では探してみるって事だったんで」
 その後で思い出したように平子が付け加えた。
「あぁ、そうだな。その辺も任せるよ」
 陣内の指示が出たことで、この日の朝礼は終わり、従業員はそれぞれの仕事をこなしていった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?