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「カエシテ」 第45話

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「どうしたんだ。難しい顔をして」
 仕事を再開し、しばらくしたところで陣内が声を掛けてきた。
「えぇ、実はですね」
 加瀨は仕事の手を止め、陣内に目を向けた。頭の中では公子のことを考えていたのだ。もし彼女の言っていたことが事実であれば、陣内か由里がまだあの話を追いかけていることになる。加瀨は探りを入れる意味も込めて、公子のことを話してみた。
「そんな人がいるのか。このビルの清掃員の中に。初めて知ったな。俺は会ったことがないよ」
「私も知りませんね」
 陣内の声に由里も首をひねった。二人共同じような反応だ。どちらかが芝居しているのだろうか。加瀨には判断が付かなかった。
「そうですか」
 それでもなお、話を続けていく。
「あの話はマスコミやネットで大きく取り上げられているわけじゃありませんからね。それなのに、あそこまで的確に答えたということが気になるんですよね。一体何者なのか。もしかしたら、本当にそういう力があるんじゃないかって」
 加瀨の中では公子に傾倒しつつあった。
「そんな奴は相手にしない方がいいよ。霊能力なんて。そんな力を持った人間なんているわけがないじゃないか」
 だが、陣内はあっさり否定した。
「そうですかね」
 加瀨は聞く。
「あぁ、相手にしない方がいい。大体、その話には説明が付くからな」
「どういうふうにですか」
 興味を持ち、加瀨は前のめりになった。
「可能性は二つあるな」
 陣内は難しい顔をして話していく。
「まず一つ目は、その清掃員はここの情報をこっそりのぞき見や盗み聞きしていると言うことだ。清掃員は朝早くからここに来て清掃しているだろ。俺達が出社するだいぶ前から。その時間であれば、ここは好き勝手にいじることが出来るわけだ。俺達は警戒しているけどな。証拠さえ残さなければわからないはずだ」
 話を聞いたものの、加瀨は納得いかなかった。雑誌社では取材内容を第三者の目にさらすことはない。手帳は肌身離さず持っているし、情報をまとめた用紙をデスクに置いたままにすることもない。社内では徹底している。パソコンに関しても、電源を入れた後はパスワードが設定されているため、第三者が立ち上げることは出来ない。ハッカーレベルのスキルがあれば別だが、公子にそこまでの能力があるとは思えない。そこまでのスキルを持ち合わせているのであれば、清掃員の仕事などする必要はない。第一、そこまでして盗み出すほどの情報はこの会社にはない。また、一時は盗み聞き説を有力視していたが、これも可能性が低いことが判明した。陣内が万が一に備えて、入り口に監視カメラを設置していたのだ。その映像を見たところ、入り口で立ち止まっていたり、廊下を不自然にうろついている人間はいなかった。従って、対象外となったわけだ。
「あと一つの考えはどういうものなんですか」
 納得いかなかったため、加瀨は話を進めた。
「もう一つは簡単だよ」
 陣内はニヤリと笑った。元から最初の考えは捨て鉢だったようだ。本星はこっちらしい。
「あの女こそが、俺達の探していた人だって事だよ。つまり、北見明美って事だ」
 その答えに加瀨だけでなく、オフィスにいた由里も驚きを隠すことが出来なかった。


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