1選手1記事語り:ウラディミール・バレンティン
ウラディミール・バレンティン
経歴:シアトル・マリナーズ→シンシナティ・レッズ→東京ヤクルトスワローズ(2011-2019)→福岡ソフトバンクホークス(2020-2021)→サルティーヨ・サラペメーカーズ
通算成績(NPB):1104試合 打率.266(3759-1001) 301本塁打797打点 7盗塁 OPS.916
通算成績(東京ヤクルトのみ):1022試合 打率.273(3513-959) 288本塁打763打点 7盗塁 OPS.936
「NPBシーズン本塁打記録保持者」を、リアルタイムで見た当時に思ったこと。
2011年にバレンティンが来日した当初、ぼくが当時バレンティンに何を思っていたのかは実のところ覚えていません。
2011年は5月まで好調で、「これはいい選手を獲ったものだな」と思ったものですが、6月からは絶不調。チームもこの年しばらくは首位を走っていましたが、最後は中日に捲られて10年振りのリーグ優勝を逃したその要因の一つになってしまったかも知れません。ただ、「打率最下位」と言うインパクトこそありましたが、本塁打王のタイトルを獲ったことでそこまで悪い印象は覚えず、来年以降の活躍を期待していました。
2012年は怪我の影響で規定打席に満たないながら、2年連続で本塁打王。この「規定打席未到達での本塁打王」は2リーグ分立後初の出来事だったので、「じゃあ来年は何をやってくれるんだろう?」と言う見方をしていたのは覚えています。
2013年になり、バレンティンは打ちに打ちまくります。
開幕前にWBCオランダ代表に選出されていたものの、その時に負った肉離れで開幕は二軍スタートでした。しかし一軍復帰後は面白いように本塁打を量産、7月13日の時点で30本塁打を放ってからは当時の日本記録である王貞治の「55本塁打越え」なるかが注目されるようになります。
高校3年生当時のぼくは東京ヤクルトの試合中継を見られる環境がなかったので、当時の映像は動画サイトなどの後追いで知ることになりますが、55本塁打に並び、さらに抜いて56本塁打をマークし、最終的に60本の大台まで積み上げたバレンティンの活躍には快哉を挙げたものです。チームはこの年最下位に沈みましたが、その最下位チームから史上初のシーズンMVPを受賞したことも併せて歓喜したものです。
もちろん、60本塁打を放ったバレンティンへの期待はうなぎ上り。バレンティンが活躍することで、チームが長らく遠ざかっているリーグ優勝を手繰り寄せて欲しいと、少なくない当時のファンが思ったはずです。
実際、バレンティンは怪我で長期離脱を余儀なくされた2015年を除いて、東京ヤクルトでプレーした8シーズンで30本塁打をマークしました。
しかし、「バレンティンが原動力となってリーグ優勝」を果たしたことはありませんでした。よりによってと言うべきか、長期離脱した2015年に限って東京ヤクルトがリーグ優勝して「しまった」のです。
ファンとしては好きなチームのリーグ優勝を「してしまった」と表現するのはまず間違っていると思いますが、少なくとも当時のぼくは「バレンティンがいないリーグ優勝」については少々感傷的になっていました。
まるで2015年のリーグ優勝は、「バレンティンがいなかったから出来た」ようなものなんじゃないか。そう思ったような気もします。
2013年に60本塁打を記録したバレンティンへその先もハイレベルな活躍を期待したように、2015年にリーグ優勝を果たした東京ヤクルトへも連覇や最低でもAクラスを求めていましたが、現実は厳しいものです。翌2016年は、バレンティンこそレギュラーへ復帰して一定の活躍を見せたものの、チームは5位に沈んでしまいました。
2017年もバレンティンは32本塁打をマークしますが、チームは何と96敗を記録。2018年こそ2位につけたものの、2019年に再び最下位へ沈むと、バレンティンもこの年限りで福岡ソフトバンクへと移籍していきました。
ここから先はあえて記憶だけで書くので、不正確であれば申し訳ありませんが。
いつからかバレンティンは、「わがまま」「気まま」な印象を持たれるようになりました。実際にそう思わせるような行動も多々取っているのですが。
バレンティンの中では、2015年のリーグ優勝には大きく関われず、自身が活躍してもリーグ優勝の再現は出来ない。バレンティンに限らずプロ野球選手の多くが「リーグ優勝を経験したい、その原動力になりたい」と思うだろうけど、自分はそれが実現出来ていない。このままでは自分が美酒に酔えない、そう思ったこともあるのではないかと思います。
福岡ソフトバンクへの移籍にあたって、バレンティンはそのことを示唆するようなことを言っていたと記憶しています。ただ、2019年の時点でバレンティンのわがままに取れるような言動は危惧されていて、東京ヤクルトならバレンティンが慕っていた小川淳司や宮本慎也らの影響で手綱を締められるけど、他球団へ移籍したら歯止めが利かなくなるのではないか、そう思った人は多かったはずです。
その不安は的中し、福岡ソフトバンクでは2年間で目立った成績を残すことが出来ませんでした。SNSで古巣東京ヤクルトへの未練を何回か記したことなど、福岡ソフトバンク時代のバレンティンは様々な事情を差し引いてもぼくに高評価は下せそうもありません。
バレンティンが「悪い奴」ではないことは、東京ヤクルトのファンであれば多くの人は把握していたと思います。2017年のWBCでは、当時同僚だった秋吉亮との対決を楽しんだファンも多かったでしょう。
わがまま気ままな性格も、実績を残している部分が少なからずあるとは言え愛される部分にはなったと思います。ただ、その精神的な脆さは福岡ソフトバンクで出てしまった。
そして本当に間が悪いのは、バレンティンのNPB在籍最終年となった2021年に東京ヤクルトはリーグ優勝・日本一を達成したことです。この間の悪さがなくて、バレンティンの活躍でチームがリーグ優勝を1回でもしていれば、今のバレンティンの評価はもう少し高かったのではないかと思います。
WBCで「オランダ代表」として立ちはだかるバレンティンに見た、「敵から見る怖さ」。
バレンティンはオランダ領アンティル、現在で言えばキュラソー出身なので、WBCではオランダ代表で出場することになります。実際、2013年・2017年・2023年と3大会連続でオランダ代表に選出され、ついでに言うと2015年のプレミア12でもオランダ代表としてプレーしました。
東京ヤクルトのファンからすれば、レギュラーシーズン中のバレンティンは「期待の4番」です。しかしその多くを占めるであろう日本人と言う括りでは、オランダ代表を張るバレンティンは国際大会では「手強い相手」になります。
野球が決して盛んではないヨーロッパにおいて、そのヨーロッパのチームとしては強豪にカテゴライズされるオランダ代表で活躍するバレンティンは、東京ヤクルトのファンであればこそ注目していた人も多いのではないかと思います。特に2017年大会では秋吉との対決も前述しましたが、バレンティン自身が日本戦での活躍もあり、第2ラウンドでは打率.591、3本塁打10打点をマークし、オランダのベスト4進出に大きく貢献しました。
この時のオランダ代表は野手だけでもザンダー・ボガーツ、ディディ・グレゴリウス、ジョナサン・スコープ、アンドレルトン・シモンズら、メジャーリーガーはあまり知らないぼくですら知っているような選手が多く選出される中で、4番を張っていたのがバレンティンでした。
シーズンを通して出られれば30本塁打は堅いバレンティンが座るオランダ打線は、脇を固めるメジャーリーガー陣の実績も相まって一端の怖さがあったのを覚えています。楽しみでもあったし、好敵手でもあった、そう言った感じでしょうか。
バレンティンの打撃タイプは分かりやすい部類で、特に東京ヤクルトでプレーしていた時は「よく見ているファン」として弱点も知っている分、割と「外のスライダーで空振りやろなぁ…………」とかはよく思っていました。ただ対戦する打者として見ると、その空振りを誘う外のスライダーを最後に投げて三振を奪うまでの配球をどうするか、そこは苦慮します。
バレンティンのホームランで有名なものと言えば、そのひとつにこれがあるでしょう。
高めの普通は当たらないようなボールゾーンのコースも、合わせるだけの技術とスタンドへ放り込むだけのパンチ力がある。そこも知っていると当然警戒するので、バレンティンと同じNPBを主戦場とする投手の多い日本代表は相当に神経を尖らせたんじゃないかな、と想像するのは難くないですよね。実際、第2ラウンドで日本と対戦した際には石川歩から本塁打も放っています。
そんなバレンティンも今年2023年のWBCでは大会終了後の現役引退を表明し3度目の代表入り。第1ラウンド4試合で11打数4安打の活躍を見せたものの、チームは敗退が決定し、懐かしさとともに「お疲れ様」と日本にいる多くのファンは思ったことでしょう。
実際は4月に入ってから引退を撤回してメキシコのウィンターリーグでプレーすることを発表しており、先述した気ままな部分はまだ健在だったんだなと思いました。でもそれはバレンティンの人生ですから、気ままにやればいいんだと思います。NPBでプレーすることこそは2022年1月に「引退」を表明しているので可能性はゼロに限りなく近いでしょうが、メキシコでまた活躍が出来るならそれは嬉しいことだと思います。
「バレンティンの60本塁打」は結局「外国人選手の記録」なのか、外国人だからと価値は変わってしまうのか。
昨季、東京ヤクルトが29年振りのリーグ2連覇を達成した中で、その大きな原動力となったのは「村神様」と称され打撃三冠を獲得した村上宗隆でしょう。
昨季の村上はハイペースで本塁打を量産し、一時はバレンティンの持つ「60本塁打越え」を期待されました。実際、ぼくも大きな期待を寄せていました。結局村上は56本塁打で終わり、バレンティンの記録を破ることは出来ませんでしたが、三冠王を獲得したこともあって大きなインパクトを残したことに変わりはありません。
しかし、村上の本塁打への報道で違和感を覚えた人は少なくなかったはずです。本塁打の記録で特にマスコミが言及したのは、「王貞治の55本」だったと言うことを。
確かに、日本プロ野球史において「55本塁打」は特別な意味を持ちます。「ON砲」の一角である王が記録した55本塁打は長らくシーズン記録であり、背番号としての55は松井秀喜が巨人入団時に背負ったことで「ホームランバッター」が背負うものと言うイメージも定着しました。村上もその1人です。
記録面では、1985年に挑んだ阪神のランディ・バースは54本塁打で終わり、2001年に55本塁打で並んだ大阪近鉄のタフィ・ローズと西武のアレックス・カブレラも、新記録を樹立することは叶いませんでした。
特にバースとローズは新記録更新の可能性があったにも関わらず、真偽のほどは分かりませんが四球攻めでそれがならず。2001年当時までは、「外国人選手に王貞治の記録を抜かされるのは如何なものか」、と言う風潮はあったんだと思います。
だからこそ、2013年にバレンティンが王の記録を更新した時は、「もうそんな時代じゃないのか」とも思いました。
厳密に言えば王のプレーした時代とバレンティンのプレーした時代は、球場の広さだったり試合数の多さだったり、実は突こうと思えば突っつける箇所はあるんです。それでも、記録として長らく崇敬されていた「55本塁打」をバレンティンが更新した偉業が霞むことはないはずなんです。本当なら。
しかし昨季の村上の活躍で、言及されたのは大抵「王の55本塁打」だったように思います。「王の55本塁打」を超えるべき数字に持ってきた少なからぬ人たちの中には、やはり「外国人選手の記録」へ何かしら思うことがあったんでしょう。本当は王に関して色々考慮すべき点はありますが、デリケートな話でもあるのでここでは触れません。
村上の本塁打数が話題になることはいい。最終的には流行語大賞を受賞した(これも色々意見はあるでしょうが)「村神様」と呼ばれる活躍を見せたんだから、それは報道しないとおいしくない。それは理解できる。ただそこで村上が目指すべき、もっと言うとマスメディアがラインとして提示すべきだったものは本当に「55本塁打」だったのだろうか。日本記録は2013年のバレンティンが記録した「60本塁打」がちゃんとあるのだから、それが相当に霞むような報道は果たして正解だったのか。
まだ村上とバレンティンが同じ東京ヤクルトに在籍していたから、バレンティンはマシなのかも知れません。55本塁打は前述のローズとカブレラも記録しているのに、その2人はほとんど顧みられず王ばかりに注目が集まったことを疑問視した人もいるでしょう。
マスメディアに言いたいことはこの1件以外にもいくらでもあるんですが、それに突っ込むと本筋から外れるので言及はしません。しかし、れっきとしてある公平性の高い「記録」が、「恣意的なフィルター」を通して矮小化させる報道に、ぼくは違和感を覚えました。
9年前のバレンティンを、もう忘れてしまったのか? と。
もっと言うと、2014年に山田哲人が193安打を放った時も、「日本人右打者シーズン最多安打記録」とか言う「えらい限ったなぁ」と思わせる恣意的なフィルターがありました。純粋に右打者で記録を持っているのは、2010年の阪神マット・マートン(214本)です。「外国人枠」のあるNPBで日本人と外国人を区別する発想が出るのも理解できますが、言ってしまえば「もうそんな時代ではない」となる話ではあるのです。
ともあれ2022年に村上が56本塁打を放ったことで、「日本人選手の最多本塁打」は村上の肩書きになりました。この先村上が再度記録更新にチャレンジするのか、はたまた他の選手が足を踏み入れるのかは分かりませんが、その時は「56本塁打の村上vs日本人の○○」ではなく、「60本塁打のバレンティンvs○○」と言う単純な構図をマスメディアには演出して欲しいと思います。誰が何を言おうと、バレンティンの偉大な記録は1位である限り永遠に、抜かれたとしてもマイルストーンとして残るのですから。
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