『自分の意見で生きていこう』 (ちきりん)を読んで

改めての気付きが多い本だった。しかも懇切丁寧に事例や図解を示して繰り返し伝えてくれるので、読みやすく理解しやすいように仕上がってる。一貫して述べられていてかつ常に意識しておきたいことは、

〈目の前の問題は、「正解のある問題」なのか「正解のない問題」なのか。正解があれば調べればいいし、なければ考えればいい。〉

〈その発言は「意見」なのか「反応」なのか。意見であればポジションがあるし、反応であればない〉 ということ。

この2点についてはすぐに実行できることと思う。

では、「正解のない問題」に対して「意見」を持つためにはどうしたらいいのか。グサッときたのは、ここ。

意見を言うときに気をつけるべきは、その意見が正しいか、間違っていないか、ではなく、むしろ「その自分の意見とやらは、本当に自分の意見なのか?」と言うことのほうでしょう p74

このnoteを使って、できるだけ毎日投稿をし、「自分」の形成をしたい。
ありのままでありつつ、一方でみられ方も気にしつつ、、本書では、自分なりの表現方法の模索の必要性も説かれていて、僕はいまはそれが文章だと信じている。ちなみに、そんな「自分」の作り方についてもちゃんと説明してくれていた。

他者から承認されたいと考える人にとって必要な最初の一歩とは、自分で自分を承認できるようになることなのです。p172
【承認欲求が充足するステップ】1.日常生活で見聞きし、体験した様々なことについて、自分の意見を明確にする。外部に表明する必要はなく ・・・2.それらの「自分の意見の束」によって、自分という人間がどのような人間なのかを、自分で理解する 3.そのありのままの自分を、自分で肯定する 4.それらの意見の束を(自分を理解して欲しい、と思える人に)開示することにより、自分という人格を、外務からも承認してもらう p173

22年年初から、日記の習慣が続いている。まずはその中身に、少しずつ意見を織り交ぜながら、一部、ここに吐き出せていけたらと考えている。

自分ではよく考えて、それなりに意見を言っているつもりでも、実は反応が多かったり、どっかから持ってきた考え方だったり、大切な場面でこそ他人に頼ったりと、反省しきりの読書体験だった。

世の中には、「答え合わせが必要な人」と「答え合わせなど必要としない人」がいるのです。「答え合わせが必要な人」も、タイムリーに背中を押してくれる人や本に出会えれば問題はありません。でも、その機会が得られないと、「やっぱりこうするべきではないか。いやいや、そうは言っても・・・」と悩むことに時間を浪費してしまいます。「私はこうしたい!」と思えることについては、誰に肯定されなくても、自信を持ってその道を進む勇気があれば、とても楽になるはずなのに。p138




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