パラレルワールド 19
☆
昨晩からの雨は相変わらず降り続いていた。
今日は僕が夕食を作ることになっていた。
季節はまだ晴れた日中ならば半袖でも過ごせるくらいだったが、こうして雨が降ると少し肌寒いくらいには冬へと近づき始めていた。
だから僕は今夜の夕食のメニューをクリームシチューにすることを決めていた。
「そろそろ新しいミニ・レコードがあってもいいと思うの。」
同感だった。
僕らは新しいミニ・レコードを買い求めることを決めていた。
「いいのを選んできて。貴方が選ぶミニ・レコードを楽しみに、私は今日という日を生きることにするわ。」
やれやれ・・とんでもない大役を仰せつかったものだ。
僕は長い時間レコード・ショップに入り浸り、最も相応しいと思えるミニ・レコードを一枚、買い求めた。
☆
ようやく見つけたデビッドボウイの「ジギー・スターダスト」のミニ・レコードと買い込んだ食料品を濡らさないように僕は傘の中でうつむくように早足で部屋に戻ろうとしていた。
小さな、廃材置き場のようになっている空き地を通りかかったとき、何の気なしにふと視線を上げると廃材の陰で何かが動いているのが見えた。
???
ネコ?
ネコには違いないだろうが二本足で立っている。
そして、踊っている。嬉々として。
何故こんな雨の中で一匹のネコが踊っているのか、僕には皆目見当もつかなかったが、とにかくそのネコは踊り続けていた。
僕は少年たちのベースボールに足を止めて見入ってしまう暇を持て余した大人のように、そのネコのダンスを眺めていた。
☆
まあ・・なかなかに見事なダンスではある。
僕は買い物袋をなんとか脇に抱え、いつものペンと手帳を取り出す。
レコード・マンの職業病だ。
興味を惹かれるものはとにかく「記録」しておく。
ーー「ダンシング・ネコについての考察」
二本足で踊るその姿は少し不格好ではあるがそれはそれで愛らしく、確かに惹きつけられるものがあった。
これだけのパフォーマンスが出来るのならば人前に出れば仕事も舞い込み、食い扶持に困ることはなくなるだろう。
それなのに一体なぜ、こんな人目につかない場所で踊り続けているのか?
誰の目にも止まらないであろうこんな場所で。
よりによってこんな雨の中で。
僕はそのネコに声をかけようとしたがやめた。
声はかけない方がいい気がしたのだ。
なんとなくだ。
もし僕がそのダンスを見ていたことを気づかれてしまったら、ネコはもう踊るのをやめてしまうような気がしたからだ。
少なくともその廃材置き場では。
だから僕はそれ以来雨の日にはコッソリとそのネコが踊る姿を少し離れたところから眺めることにしていた。
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「記録の存在しない街、トーキョー」に送り込まれた一人の男。仕事のなかった彼は、この街で「記録」をつけはじめる。そして彼によって記された「記…
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