パラレルワールド 23
☆
ダンシング・ネコの存在を知って以来、僕は雨の日が少し楽しみになっていた。
雨が降る日にはダンシング・ネコは必ずあの廃材置き場で踊っていて、「今日は彼はいなかった」
ということは一度もなかった。
好きなことを心の底から楽しんでやっている者の姿というのは、それだけで十分なエンターテイメントだった。
☆
でも・・決して見ていたことを気付かれてはいけない。
とてもシャイなのだ彼は。
楽しく歌っている子供に対して、「上手だね、もっと聴かせてよ」なんて言うと途端に歌うことを嫌がったりするが、恐らくはそれと同じ種類のものなのだろう。
そういうところも含めて僕は彼のダンスが好きだったが、いつの間にか
僕は彼のダンスに対価を払いたくなっていた。
チップといえばいいのか、おひねりというやつなのか・・どういう言い方をすればいいのかは分からなかったが、とにかく僕は彼のダンスに対しての気持ちを表したかった。
感動した通りすがりのオーディエンスが、ストリート・ミュージッシャンの傍らに置かれた空き缶に小銭を入れるように。
だから僕はペット・ショップへ行き、店員に尋ねた。
「ネコが喜ぶような食べ物はありますか??」
店員は怪訝そうに僕を見つめていた。
「ネコの種類は?」
「あ・・実はあんまり詳しくなくて、シャムかなぁ・・たぶん。」
「・・まあジャーキーなら間違いないでしょうね。」
店員はやる気のない感じでそう僕に言った。
まあ、「ジャーキーなら間違いない」ということに関しては僕も同感だ。
僕はキャット・ジャーキーを購入し、出来るだけ置き忘れたように見えるようにあの空き地の土管の隅に購入したキャット・ジャーキーを置いた。
翌日廃材置き場の前を通ると、キャット・ジャーキーは綺麗になくなっていた。
☆
素人である僕の目から見ても日に日にダンシング・ネコのダンス・スキルは上がっていた。
安定感という点では確かにそれはプロのレベルとは呼べないのであろうが最高に「ノッて」いる時の輝きはプロと比べても遜色ないものだった。
まあ、何度も言うように素人の意見ではあるが。
帰り際にふと思う。
ああ、これが「ファン」てやつか。
もしかして僕が第一号なのかも。
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「記録の存在しない街、トーキョー」に送り込まれた一人の男。仕事のなかった彼は、この街で「記録」をつけはじめる。そして彼によって記された「記…
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