パラレルワールド 21
☆
「おつかれっした!次はいよいよコンテスト本番すね。」
「ああ・・、まあ精一杯やるさ。せっかくはるばるトーキョーまで来たことだしね。」
出番を終えたタイシノムラは客席へ戻り、熱心にステージを見つめていた青年と喋っていた。
今日タイシノムラのステージを見守ったのは僕とこの青年、そしてバーテンだけだった。
終盤には確かに次に登場するメインアクトのバンド目当ての多くの客がフロアに居たものの、彼らにタイシノムラの演奏が届いているようには到底思えなかった。
これがタイシノムラのトーキョーでの現実だった。
タイシノムラはミネラルウォーターに口をつけると思い出したように尋ねた。
「なあ、トキオが東京に出てきてからは何年だっけ?」
「もう4年目っすねー。ベースの仕事はほとんどなくて、ニュースペーパー配りのアルバイトばっかりっすよー。」
会話の内容から察するに、彼らは同郷の先輩・後輩のようだった。トキオはベーシストとして数年前からこのトーキョーに出てきて、アルバイトで生計を立てながらベーシストとしての活動を行っているらしかった。
生真面目で、堅実で寡黙なベーシスト・・。
僕は「トキオ」というベーシストに対して勝手にそんなイメージを持った。
トキオという青年はためらいがちに、久しぶりに会った地元の先輩にこう言った。
「また一緒に音出しましょうよ。コンテストがおわったら・・、もちろんコンテストが終わらないことが一番ですけど。」
ステージではメインアクトのバンドが準備を始め、フロアには続々と人が集まりそれに合わせて熱気と期待が高まっているのが分かった。
それは、数分前にタイシノムラが演奏していた時にはなかったものだった。
そうやって徐々に高まっていくライブハウスの熱気を目の当たりにしながらタイシノムラは答えた。
「うん・・、今の感じで勝てるのか勝てないのか。それは自分でもよく理解してるつもりだよ。それでも、全力は尽くすつもりさ。そうだな・・コンテストがおわったら、久しぶりに一緒にスタジオへ行こう。トキオのベースが入って、ようやく完成だからなっ、俺の曲は。」
世界NO.1・・ステージでは強気だった彼は素直に弱音を吐いた。
きっとステージを降りたからではなくて、目の前にいるのがこのトキオという青年だからだろう。
メインアクトのバンドの演奏が始まるころにはフロアは満員近くにまでなっていた。
そしてオーディエンス達は皆一様に1つの同じ単語を叫び始めた。
それがこれから登場するメインアクトのバンドの名前なのだろう。
先ほどまでのタイシノムラのステージになど、誰も興味を示さなかった。
聴いてもらえなければ何も始まらないのだ。
この現状に打ちひしがれていることを悟られぬように、タイシノムラはぼんやりとステージを眺めている振りをしていた。
トキオはすべてを分かったうえで、こんな言葉を選んだ。
「でも、たった一人でこのトーキョーに乗り込んでくるあたりがやっぱりノムラさんらしいっすよ」
トキオは感慨深そうにそう言った。
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「記録の存在しない街、トーキョー」に送り込まれた一人の男。仕事のなかった彼は、この街で「記録」をつけはじめる。そして彼によって記された「記…
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