パラレルワールド 24
☆
たまたまコーヒーを飲みに入った喫茶店で、僕はそこでたまたま流れていたTVコマーシャルに釘付けになった。
「 年に一度のスペシャル・プログラム。
面白ければ何でもあり。
自薦他薦問わず。
モリータのザ・シークレット・アート 出場者募集中」
さしてその番組を贔屓にしているわけでもなかったし、とりたててその司会者の熱心なファンというわけでもなかったが、年に一度放送されるモリータのTVショーのスペシャルプログラム「モリータのザ・シークレット・アート」は、テレビジョンの画面に映っていればつい見入ってしまうほどには求心力があった。
とにかく面白ければ何でもありの番組だ。
素人のチャレンジャー達がそれぞれ得意とする自慢の芸を披露する。
20分にわたって円周率を計算し続ける者もいれば、筋肉自慢の老人、世界一の低い声・・。面白いものなら何でも取り上げる、というスタンスだった。
芸を披露したのちに、審査員による採点、そして「面白かった」と感じたオーディエンスによる挙手の合計点が一番高い者が優勝となる。
この「モリータのザ・シークレット・アート」の優勝をきっかけにTVタレントとして成功しているものもいる。
わずか20秒にも満たないそのTVコマーシャルを観た後で、僕はまた余計なことを考え付いてしまった。
ダンシング・ネコよ。この「モリータのザ・シークレット・アート」に出場するのだ。そして今年こそ世間からの脚光を浴びるのだ。
我ながらおせっかいなファン第一号だ。
正直ダンシング・ネコにとっては迷惑な話かもしれない。
でも僕は彼に・・「ひとりじゃない世界」の中でも踊ってみてほしかった。
そして後になっていろんなところで自慢話をしたい。
「僕はずいぶん前からダンシング・ネコには注目していてね。絶対売れると思ってたんだよね。」と。
僕は本屋へ行ってモリータのTVショー出演をかけたオーディションの申し込み用紙を兼ねたチラシを手に入れ必要事項を記入し、偶然を装ってそのチラシをあの廃材置き場に「落とした」。
僕には何故か、ダンシング・ネコがその申し込み用紙を兼ねたチラシを使ってモリータのTVショーの事前オーディションにエントリーするという確信があった。
そして数日が経った。
☆
降り始めた雨に気づいた僕は新聞社へ提出する原稿のチェックを中断してあの廃材置き場へと急いだ。
いつも通り、彼はそこにいて、踊っていた。
より一層ダンスの特訓に熱が入っているところを見ると、どうやら予選は無事に突破したようだ。
☆
劇場は熱気に包まれていた。
生活のために何としても賞金を手に入れようとするもの、とにかく有名になりたいもの・・。それぞれの背景にあるものは様々だったが、何とかして這い上がろうとするパワーで会場は包まれていた。
僕は緊張していた。
別に僕がステージに上がって踊るわけではないのに。
けれど、彼が・・ダンシング・ネコが世間に認められるということは、自分自身が認められることと同じかそれ以上に価値のあることのように思えたのだ。
「ステージで輝く存在」というのは、それを信じたファンが輝くことをも意味しているのかもしれなかった。
でもねダンシング・ネコ。
君はそんなこと気にする必要はないし、そんなどこの誰かも分からないような奴の期待なんて背負う必要はないからさ、どうか自分のために、気分のままに踊りなよ。
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「記録の存在しない街、トーキョー」に送り込まれた一人の男。仕事のなかった彼は、この街で「記録」をつけはじめる。そして彼によって記された「記…
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