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バレンタインから派生した、ひとつのMDのお話。

二月のイベントといえば、節分とバレンタインデー。
トークネタとして、節分はともかく「バレンタインの思い出は?」というのを、仕事柄鉄板で訊かれる時期でもある。とはいえ皆さんはどれほど思い出があるだろうか?私は、無い。

「そうですねー。チョコレートが好きなので、何年間か、バレンタインの催事で自分用のチョコをかなりの額買い込んでいましたね(笑)。最近は好きなお店のものだけ買うようにしています(笑)。」
というトピックしか無いはずだった。
しかし先日不意に、特別な“Awesome Mix”(映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の主人公・ピーター・クイルが持つゴキゲンな音楽テープの意)のことを思い出した。でもそれはともすればホワイトデーにまつわる話かもしれないし、トークのネタとして広げるにはつまらない超個人的な話なので、どこで話すでもなくここにひっそりと記すことにする。

高校時代、私が真面目な生徒だった期間は一年も無かったと思う。二年生になるとアクターズスタジオに通い始め、学業そっちのけで夢中になっていた。
担当していた地方局ラジオ番組のコーナー台本と、ラジオドラマの脚本執筆に時間を割き、徹夜は当たり前。
そんな状態で朝から学校に通えるわけもなく、休む日もあれば、出席したとて居眠りばかりしていた。
しかし授業には出ずとも、とんでもない社長出勤で、ちゃっかり演劇部の部活動にだけは参加していた。もしかしたら私が部活だけ出ていることに、先生達も気づいていなかったかもしれない。
私の所属する演劇部は部員も少なく、大道具小道具の人員も足りないため皆で補い合う弱小部。それでも芝居をする場とあらば逃したくない気持ちが、私の足を運ばせていたのだろう。

演劇部時代、男役で舞台に立つ私

そんな高校二年生のバレンタインの日。
私は数少ない男子部員に、「お世話になっているから」とチョコを渡したらしい。正直どうでもいいことすぎてこの辺についてはよく覚えていない。
ただ、義理チョコのお返しなんて気にも留めていなかったホワイトデーの日、部活終わり。一人の後輩部員がお返しをくれたのだ。

「はい。先輩、どっちがいいでしょうか?」

月並みな苗字と珍しい熟語の名前を持つ、二律背反な彼の手には、二つのMDがあった(MD!今でこそすっかり廃れてしまったが、この当時はなんて画期的なものが現れたのだと胸躍ったものだ。)。
彼は私の一個下ながら賢くて、それでいてちょっと風変わりな男の子だった。割と何事にも動じず、達観して見えて、そして妙に丁寧な敬語を使う。今考えるとまるでアニメやライトノベルのキャラクターのようだ。
その彼が手にしたMDのラベルには、それぞれ“White Mix”と“Black Mix”と書かれていた。
どうやら彼が選曲した楽曲を入れてあるようだが、収録されている曲名を見ても知らない曲ばかりだった。

「せっかくお返しなんだから、君が私に合うと思う方を選んでよ」

「む……それもそうですね。では……」

少しの間考えて、彼は“Black Mix”を私に差し出した。

「先輩はこっちかな、と思いながらこれを作りました」

「じゃあ最初からこっちを渡せば良かったじゃん」

「んー……確かに。はい。先輩は“黒”なので」

先輩は黒。腹が?心が?なんだそりゃと感じたはずだが、私は小学生の頃、勝手に“黒のグループ”に分類されたことがあったので(この話もまたいずれここに記そうと思う)、「他人から見たらやはり黒なのか」と納得もしていた。 

「先輩は黒」その意味と、手にしたMDが何故“Black Mix”なのか、ぼんやり考える夜。部屋の中で一人、ヘッドフォンをしてコンポのスイッチを押した。
そうして一曲目に流れた曲に、度肝を抜かれた。
歌い出したその声は、このMDをくれた後輩の声そっくりだったのだ。歌い方も似ている。
え、まさか本人?知らないアーティストだけど、いやまさかさすがにそんなことはないか。でもそっくりなのだ……。
慌てふためいていた心の中が落ち着く頃、私の頭に歌詞が入ってくる。

まだ起きてるんですか
何が君をそうさせるのですか
眠れないのですか 眠らないのですか
何もせずにボーッとして
笑えないのですか 笑わないのですか
たった一人その部屋の中で
もがきながら手探りで探す
僕らが眠らない理由
GAKU-MC「word music2」収録「僕らが眠らない理由」

サビの丁寧な敬語。そんなところまでそっくりな後輩が、私に問いかけてくるようだった。
時間は深夜、たった一人の部屋。
GAKU-MC「僕らが眠らない理由」。この曲の歌詞は、すべて見透かされたかと思うほど私のことだった。

ワープロに向かって書いてさえいれば、いろんなことを忘れられた。
書いているから眠れないのかもしれないけれど、眠らないために書いているのかもしれなかった。
家にも学校にも居場所なんてなくて、笑えるほど楽しいことなんかなかったし、笑いたくもなかった。
夜を倒す術を持ち合わせていない私は、夜中(よるじゅう)にらめっこして過ごすしかなかったのだ。
私にとって、不安の象徴でもある夜に飲み込まれないために。
だから深い夜に何度もこの曲を聴いた。
そして何度もひっそりと泣いた。
安心してゆっくりと眠るために、私に何が足りないのか答えを探そうとしていたのだ。

Black MixのMDに他にどんな曲が入っていたのか、今ではもう思い出せない。
この曲を教えてくれた後輩は今どこで何をしているのかわからないし、今の私はもう眠ることができる。
私の“眠らない理由”は無くなった。
そもそもこの話には、その後輩のことを好きだったとか逆に好かれていたとか、ロマンティックな要素は微塵もない。
でもだからこそ、一時関わっただけの彼が、私にここまで影響を及ぼしたという事実が私自身非常に興味深いのだ(いや、違うか。正確には私に影響を及ぼしたのは、この曲の歌い手であるGAKU-MCなのだ)。

こうして書くと取り留めのない話ではあるが、「僕らが眠らない理由」があの夜の私を救った曲であることは間違いない。眠れるようになった今でも、よく聴く大好きな曲のひとつになっている。
間奏に流れる、ラジオのチューニング音と様々なチャンネルの音。ひとりぼっちの夜中に聴けば、格別な曲だと感じるはずだ。
もしもあなたが眠れずにいるのなら、ぜひ試してみてほしい。音のない深夜、その耳に届く、「僕らが眠らない理由」を。

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