真夏にコートを買った話

先日高い高い高い高い高い衝動買いをした。
わたしの人生において専門学校の入学金の次に高い買い物だと思う。

パルコ劇場からの帰り、エレベータの混雑を避けてエスカレータで1階へと向かっていた。
感染対策しているとはいえ久しぶりの外出と人混み、そして久しぶりの舞台、非日常感でだいぶ高揚していたと思う。ふと店頭のコートと目が合い、いつもコレクションを楽しみにしているブランドだったので「今店頭に出てるんだ〜、実物見ておこ」と軽い気持ちで立ち寄った。
パタンナーは買う買わない似合う似合わない関係なくとにかく羽織りがちだと思うが、わたしも例外ではないので、どうせ買えないけどとりあえず試着したい。
ドメスティックブランドの店員さんは基本クールで塩対応、買わなそうな客は一切相手にしない。(良い意味だよ、クレームじゃないよ)
その日の私は自粛という言い訳で美容室も行かずネイルも伸びていて久々の真夏日に負けて首元が緩んだTシャツワンピをぺろりと着ていた。どう見ても客じゃない、お呼びじゃない。でもわたしが呼びつけると気怠げに(良い意味だよ、クレームじゃないよ)試着をさせてくれた。

肩にコートが着地した瞬間、コートのスタンドをほんのちょっぴりだが体験した。
何を言ってるかわからねえと思うが、俺も何を言ってるかわからない。とにかくこのコートはわたしにとって良いものだ!とわかったのだ。

わたしはずっとコートを拗らせていて毎年、今年こそは買う、と言いながら納得がいかず何年も買えないでいた。フィッシュテールはコードが入っていて欲しい、ファーはいらぬ、もう少し緑がよかった、このワッペンさえなければ、ヨークにギャザーいらない…見れば見るほど条件が増えかぐや姫の無理難題のごとし。数年前にビビビときたコートは裏地が付いていなかったがそれ以外は最高だったので、以来ペラペラのコートで真冬の北海道もオランダも乗り越えてきた。
だけど、寒さに震える冬もここまでよ!!
「これ入荷が少なくて最後の一点なんですー。すっごくかわいいですよね」あ、気怠げな感じだけど元々そういう人なのかもしれない、話しやすい。
「お値段はかわいくないんですけど(笑)」
いち、じゅう、ひゃく、せん…わたしの中の石坂浩二が息を呑んで見守る中発表された金額は想像を遥かに超えていた。静まり返る会場、コートをそっと脱ぐわたし。少しでも買えるかもなんて思い上がってすみませんでした、このことは綺麗さっぱり忘れます…と言い店を後にしたのだった。

まあしかし検討の余地もない値段で頑張れば買えるというものでもなかったので気を取り直して駅に向かおうとした時夫が言った。

「どうしても欲しいなら買えないこともない」
これはこれは急に石油王ごっこですか。
「我が家の現在の経済状況はこんな感じです、フェスも旅行も外食も行けてないから例年より出費は少ないです」
石油王改め我が家の大蔵大臣が言う。
「先払いしておいて俺への無利子無担保の借金ということにして毎月のお小遣いで相殺すれば今年中に返せるはず」
ウシジマくんだった。
でも金額が大きすぎる、ちょっと家に帰って考えたい。
「残り1着だよ?このコロナ禍で次いつ来るの?今でしょ」
はやし先生〜!

悲しみの退店から15分後勇ましく店に舞い戻ってクールな店員さんに声をかけた。この店にノルマがあるかはわかんないけど、あるならクールガールの売り上げにしたい。「さっきの…」言いかけたら承知顔でコートを持ってきた。「やっぱりどんなに手に入らなくてももう一回袖通したいですよねわかります」心の声が聞こえる。
袖を通して最終確認。
「じゃあこれください」
店内に激震が走った、と思う。
ええーー!あのぺらぺらぼさぼさが!?ストックに駆け込む店員、商品とともに出てきた店長ぽい偉そうな人が出てきてレジを打つ。支払いをしながら夫は今日は何かの記念日ですか?と聞かれている。
今日はなんでもないんです、なんでもない日おめでとうなんです。むしろそこの一括で支払いしてる人が来週お誕生日なんです…。

お似合いでございました!ライナーは単品でも着れますよ!コレクションでも人気の商品でして!こちらまだお持ちじゃなければ今期のルックブック入れときますからよろしければご覧ください!店頭までお持ちしますよ!新作のご案内もさせていただきます!いつも!ありがとうございます!また!お待ちしております〜!!!
千と千尋のカオナシがどんどん金を出すシーンみたいだった。あのクールな店員さんたちが超笑顔で見送ってくれた。お金はこんなに人を変えるのか、と少し怖かった。

夜、ご飯を作ろうと冷蔵庫を開けたとき、そろそろ冷蔵庫が壊れそうだって調べた新品新作の冷蔵庫が2個買えるな、と思った。夫はコートくらいならお金は心配ない、来月も暮らせるよと言ったけどその怖さじゃない、一晩寝て冷静になってわたしが着るには高価すぎるよなあ、とかひしひし感じている今です。日割りにすれば〜とかいつも軽口を叩いているけどビビってます。今年の冬は寒いかわからないけど、裏地があっても震える予感。まだまだ小物でした。
身の丈を知った2021夏。
とは言いつつ買っちゃったし、後悔はしてないし、わたしのものだし。大事にしよう、せめて痩せてかっこよく着たいと思う所存です夏。ご飯もちゃんと作って節約します夏。
まだ暑いけどクーラーの効いた部屋でコートを羽織って慣らしたりしてる夏。

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