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羊飼いの憂い~天使の記憶~

『くっらーい森ィーはっしーる馬ァー⤴⤴♬』
人里離れた草原にぽつんと建てられた小屋。
その傍らで、焚火を前に歌う影がひとつ。

下弦の月と星が落ちてきそうな満天の夜空。
パチンと音を立てる枝木の上で、ジビエ肉がちりちりと焼けながら香辛料独特の野性味溢れる匂いを漂わせている。

『…そろそろかな?』
影が傍らの鞄から何か液体の入った瓶を取り出し、油の滴る焼けた肉に中身を数滴垂らす。
追いオリーブオイルである。
胡麻油に夢中な時期もあったが、最近はもっぱらオリーブオイルなのだ。

ジビエの刺さった枝を慣れた手つきで持ち上げ、スンスンと香りを確認してからがぶりと大胆にかぶりつく。
『…っつ、うまっ!うまっ!』
ああ、最高だ。お酒が欲しくなる。

ゴソゴソと鞄を漁り、すっかり年季の入ったスキットルを取り出す。
さらに紙包みを広げ、黒い何かを肉に挟む。
『焼肉はタレより塩昆布、異論は認める』

香ばしく湯気を放つ肉をしばし見つめた後、喉を鳴らして口に放り込む。
存分に堪能し、スコッチで一気に腹中へと流し込んだ。
『ふぅ…私は今、生を謳歌している…これこそだよ』


ーーヴェエェェェーー
おや、こんな時間に羊たちが鳴くなんて…
刹那、何処からともなく懐かしいメロディが流れ出す。

ティロリッティロリッ   ティロリッティロリッ 
さらに激しく食欲をそそる、抗いがたい良い匂いが鼻腔に溢れた。
『これは……ポテト!!それも揚げたての!!』

男が、立っていた。
数メートル先からこちらを見つめている。
険しい山々に囲まれたこの土地に、自分以外の住人はいない。
せいぜい物好きな登山家が迷い込むくらいだ。

しかも男はとても上品な、仕立ての良いスーツを着ている風に見える。
「おかしいなぁ…確かにこの辺りから感じたんだけど…」
男が口を開く。
「あれ?誰かいるじゃん、もしかして人類?」

なんだコイツは。
そんな高級そうな服着てポテト食べながらどうやってこの場所に…?
いや、先程までそんな気配はまるで無かった。
もしかして人類、だと?
理解に苦しむが、この男が普通じゃないのは明らかだ。

「いやさ、数千年ほど意識飛んでたみたいでさww何か諸々変わっちゃってるしとりあえずルキさん探してるってワケwww」
草を生やすなヒューマン。
…いや、言ってることが支離滅裂だしヒトかどうかも怪しい。
いつでも走れる準備だけはしておいて、少し探ってみるか…。

『あのぅ…お名前をうかがっても?』
私は誰彼構わず威嚇する下品なチンピラではない。
初対面の相手には礼節を以て接するよう心掛けている。
ジェントルなのでね。

「うん?俺っちかい?えーっと…メタトロンて言えば伝わるかな?」
メタトロン…あの自動車がロボットになるアメリカ映画の悪役か…?
違うな…メタトロン…メタ…
『エノ…ク!!』
「なんだ詳しいんじゃん、嬉しいなぁww」

自称天使のスーツ男がひとり。
一応意思の疎通はできるようだが…どうする?
害はあるのか無いのか、それだけでも確認できれば良いのだが…。

『つまりその…メタトロンさんはルキさん?を探しておられると』
「そうそうwwんで来てみたら君が居たってワケwwwでもそんなことよりさ」
「君、人類じゃないよね?あと何故か君から微かにルキさんの気配を感じるんだけど」
「怒らないから正直に教えて欲しいな…君はルキさんのなんなの?ねぇ」

この感覚は知ってるぞ。アレだ、ヤンデレ的な嫉妬質問責めだ。
返答如何では些かデンジャラスな展開になりそうだが、ルキさんの気配などと言われても身に覚えがないので答えようがない。
どうする…ひとまず逃げるか…足には自信があるが果たして…。

「んー教えてくんない系?しょーがないなぁ…」
男はスーツの袖をまくり、両手を掲げた。
「大丈夫、痛くはしないよ。ちょーっと記憶見せてね」

ーーーヤバい、なんか来るーーー
思うが先か、迷いなく駆け出していた。
男が何か言い放った直後、視界がうっすら赤くぼやけた気がした。
あのまま突っ立っていたらどうなっていたか、とにかく今は逃げ切ることだけに集中しなければ。

『SONA―――!!!!!!!』
絡まりそうな足を繰り出しながら、夜空に向かって叫んだ。
バサリ
ひた走る影を途方もなく大きな影が覆う。
巨大な影は、そのまま小さな縞模様を背に乗せて下弦の月へと飛び去って行った。


「マジで?あれドラゴン?ないわー…」
追いかけるのも面倒だし一旦帰るかと悩む男の周囲で、大気中の粒子が共鳴する。
辺りをうろついていた羊たちが、ぱたりぱたりと眠りに就く。

「うっそ、結界!?」
音の無い世界。
時間が止まったような静かな空間。

『『先を越されたね』』
辺りを見回す男の眼前に、幾重もの翼を広げながら半透明の青白い影が降り立つ。

「その声は…ルキさん!!あぁ、探したよルキさん…」
『『ログはまだ見てないんだね、手間が省けるよ』』
「ログ!うんそう!先にルキさんに会わなきゃって!」
驚きと恍惚が混ざった表情で目を輝かせる男の顔を、流れるような所作で指指す影。

『『辛かったね、可哀想に。会いに来てくれる日を楽しみにしてるよ』』
そう言い終わると、男の記憶に様々な情景が雪崩のように流れ込んできた。

神の元であらゆる歴史を記録し続けたこと。
争いの絶えない人類にいつしか失意を覚え感情を無くしていったこと。
心が消え失せ機械の様に人々に試練を与え続けたこと。
神の意に背いた敬愛するルキ=明けの明星を、自分達の手で幽閉したこと。

「そん…ァ…えぁ……」
膝から崩れ落ち、顔から様々な液体を垂れ流す男に影が優しく語りかける。

『『協力者がいたんだ。君の記録から消えた、僕も知らない何者かが』』
『『太陽系内の存在…虫以外は全部僕が生み出した筈なのにね』』
『『可愛いメト、嬉しい知らせが届くのを待ってるよ』』

ーーヴェエェェェーー
再び羊たちが鳴き始める。
月明かりが照らす草原に、力無くうなだれる男の影を置き去りにして。

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朝晩はすっかり冷え込むようになりました。
お元気ですか?ミーチャです。
今回は【明けの明星プロジェクト(仮)】第三幕です。

物語の大まかな軸というのは一応あるのですが、各キャラクターの個性を表現するというのは存外難しいですね。
それぞれ元となるモデルがおられますので、イメージを大切にしながら物語に絡めていければと思います。

次の更新は果たして年内に間に合うのでしょうか。
せめてもう一幕、年が変わる前に書き残せたらと思う次第です。
拙い文章をここまで読んで下さった素敵なあなたが大好きです。
どうかお変わりなく、穏やかな日々が続きますように☕








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