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人生で一番おいしいお酒 #38

14歳の頃、「天国の口終わりの楽園」というメキシコ映画にハマった。

セックスシーンから始まるその映画は、親せきの妻を「天国の口」という架空のビーチにいこうよっていうナンパから物語が動き出す。

けだるく、どうしようもなく、人間臭いその映画が大好きで、いつかメキシコにいくんだと思っていた。

そして大学生になった私はメキシコに渡った。

目的は、映画の舞台となったメキシコはアカプルコ。後日知るが、バスジャックがあったせいもあり、アカプルコは世界で4番目に危ない場所として紹介されることとなる。

メキシコに留学していた親友とバスに乗り、メキシコシティからボルボのごついバスでアカプルコに向かう。

途中大きな鳥がバスのフロントにぶつかり、黄色い液体がこびりついたバスは無事アカプルコに到着。

危ないことはなかったが、丘の上のホテルに行くとき、坂で親友がこけて膝を擦りむいた。

セメントづくりの荒く、急な坂の上にホテルはあった。

バスストップからホテルまでで疲れ切り、私達はスーパーやコンビニでご飯を買い込むことにした。

車どおりの多い大きな道を、メキシコ人のおじさんの「バモノス!(行くぞ)」という掛け声で道を渡り、スーパーではハムを切ってもらってポテチ、テキーラとジュース、オアハカチーズを買いあさる。

ホテルに帰ると力尽き、あとは観光もせずに気ままに過ごした。

本を読んで寝落ちし、気が向いたらテラスに出て、さびれた港町を見下ろした。

憧れの場所は、自分の身の丈に合っていて、曇りの空も、一昔前のつくりのホテルもとても気に入って、ゆっくり二人でお酒を飲み始める。

恋の話、これからの話を多分したと思う。

もうそんなことは覚えていない。

覚えているのは深夜に上がった花火のこと。

ぬるいベランダで飲んだコンビニで買ったテキーラのジュース割。

それがめちゃくちゃおいしくておいしくて最高だったことだ。

世界はひっそりと、その瞬間止まった。

酔っ払いに見えた黒い海とまばらな光、そして突発的な花火の光はまぶしすぎず、きれいすぎず、心の中に残った。

ペソで買ったその安いテキーラが、私の人生で一番おいしい酒なのは、ポールボキューズでワインを飲んでも、どんなに美味しいひやおろしを飲んでも変わらなかった。

写真に残らなくても、インスタでいいねがつかなくても、脳裏に残るあのホテルでのお酒が、私のナンバーワン。

映画の中と思い出はシンクロし、お酒の味とけだるい思い出と一緒に心をぎゅっとつかむ。

22歳の私は、私のあこがれの場で、最高の経験をした。


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