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VTSと言語教育

今一緒にお仕事させてもらっている日本語教師の友人から、
「なっちゃん、今度日本語学習者向けにVTSやってみない?」
と提案をいただき、
んんん?VTS?何それ何それ!
と、自分の勉強とイベント準備を兼ねて本を読んでみました。
今日のブログはそのまとめです。

VTSとは?

VTSとは、Visual Thinking Strategiesの頭文字を取ったもの。
これはもともと、ニューヨーク近代美術館の教育プログラムとして、アート作品をよく見て、考えながら鑑賞するために開発された対話型の美術鑑賞法です。
美術館に来た来場者に、いくら分かりやすく絵画に関する解説をしても、最終的に来場者はその情報をほとんど覚えていない。また、そもそもじっくりと鑑賞したり考えたりしながら「キャンバスをみつめる」経験をしていないという課題意識から辿り着いたものだそうです。

VTSの大きな特徴は、鑑賞する際に作品名や作者名、歴史的背景、解説文などを一切伝えず、鑑賞する人の解釈に任せながら、いろんな人の意見を取り入れながら、本来のアートの楽しみ方を実感してもらうというところです。アート作品をじっくりと鑑賞してもらった後に、ファシリテーターが後述する3つの問いかけをしながら参加者の発言をつないでいきます。

この手法を用いると、美術への造詣を深められるだけでなく、批判的思考能力・言語能力・観察力などの複合的な力が育成できるため、アメリカではさまざまな学校や美術館・博物館などで導入されているそうです。

3つの問いかけ

やり方は非常にシンプルで、
一定時間じっくりとアートを鑑賞してもらったあとに、ファシリテーターがオープンエンドな3つの問いかけを参加者にしていきます。
その3つの問いかけとは;

1. この作品の中で、どんな出来事が起きているでしょうか?
2. 作品のどこからそう思いましたか?
3. もっと発見はありますか?

の3つです。
そして、ファシリテーターは参加者の意見に対して、情報を付け加えることも、コメントをすることもなく、どんどん参加者のいろんな解釈をパラフレーズしながらつないでいくことでディスカッションを展開させていきます。

これを通して参加者は、
・作品をよくみる
・観察した物事について発言する
・意見の根拠を示す
・他の人の意見をよく聴き、考える
・話し合い、さまざまな解釈の可能性について考える
ということができるようになります。

例えばある写真や絵をみて、「この家族は貧乏だと思う」という参加者がいた場合、作品のどこからそう考えたのかを話してもらう。すると、別の参加者が「貧乏ではないと思う。服装からだけではその人が貧乏かどうかなんてわからない。表情を見れば幸せそうだし・・・」と言った意見を出したりします。この発言をつなげていくのがファシリテーターの大きな役割になります。

ファシリテーターの役割(パラフレーズ&リンク)

参加者の発言に対して、ファシリテーターは、絵や写真の該当箇所を指差しながら発言をパラフレーズ、つまり別の言葉で言い換えていきます。

「ああ、なるほど、ここ(指差し)を見て◯◯さんは____だと思ったんですね。」

これって、アートという本来の目的から少し離れて言語教育に応用させて考えてみると、視覚情報を指差しながら教師がパラフレーズしてくれるので、言葉と視覚的イメージがしっかりと結びつき、語彙力の向上につながります。
また、自分ではまとまった言葉でうまく言えない時など、ファシリテーターがパラフレーズしてくれると、「ああ、そう!それが言いたかったこと!」という感じで表現の幅も徐々に広がっていくのではないでしょうか?

ファシリテーターのもう一つの大きな役割が参加者のアイディアの「リンク」づけです。ファシリテーターは情報を与えることも発言を訂正することもしないのですが、常に前の参加者の発言を拾う形で、一歩下がった立場から参加者たちの声をつないでいくという大切な役目があります。

「さっき◯◯さんが_____と気づいたのと同様に、△△さんは____だと思ったんですね。でも、ここの部分で______ではないかという新しい気づきがあった。なるほど。もっと発見はありますか?」

このように、自分の意見を拾って、パラフレーズして、他者の意見と繋げてもらうことで、もっと発見したい・共有したいという気持ちを引き出すことができます。
逆にいうと、ファシリテーションをする側にはかなりのスキルが求められるということにもなります。

VTSを実際に体験してみました

さて、今日はたまたま文化の日ということで、オンラインイベントに参加してルミエールの絵をVTSで鑑賞するというのを体験させていただきました。その時に使われたのがこの絵です。
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参加者からは、
「シャンデリアがあるから屋内だと思う。」
「いやでも木漏れ日があるよね、ってことは屋外かも?」
「お年寄りがいないから婚活パーティーか何か?」
「地面が白く見えるのは雪かな?」
「麦わら帽子みたいなのを被っている人もいるし、もう少し暖かい季節じゃない?」
など、いろんな意見が交わされていました。

絵の解釈は、自由で開かれたものである。
アートは作者と見る人とのコミュニケーションだ。
という、美術本来の楽しみ方を体感するのにまさにぴったりのやり方だなと思いました。
正解不正解がないので意見が否定されることもないし、自由に安心して発言を楽しめて、他者の意見も素直に「なるほど、そういう見方もあるか!」と受け入れられる。これはなかなかいいコミュニケーション方法だなと思います。

まとめはしない

このVTSですが、授業やワークショップなどでよくあるファシリテーターや講師からもまとめというのはしないというのもポイントの一つです。
対話への参加に対する感謝を伝え、ファシリテーターがその日の対話から学んだことをコメントして終了となります。(例:こういう気づきをする人がいて、私も勉強になりました!etc.)

VTSでは答えのない問題に、対話を通して真摯に向き合い探究していくプロセスこそが大切という考えられているので、正解不正解が問題ではなく考えることが大切なのだというスタンスを最初から最後までファシリテーターが突き通すことが重要なのだそうです。

一旦「分かった」と思ってしまうと学びは深まりにくいとよく言われます。
分かったと思っていても、よく見て検討してみたり、他者の別の視点を取り入れることで考えが深まったり変わったりするという気づきを促す。
そして、話す過程で根拠を示していくことで思考力も鍛えられる。
VTS、なかなか奥が深そうです!

言語教育への応用

このVTSって英語教育や日本語教育でも十分に生かせるなと思うのです。

例えば、読解の授業である物語を読む前に、物語に関連する写真(解釈の可能性が複数あるものが望ましい)を用意して、「ここで、どんな出来事が起きている?」と尋ねます。
学習者はいろいろと意見を出し始めたり、彼らなりのストーリーを頭の中でつくりあげたりする。そして、写真に出てくる人物や物について話す中で、読解に関連する語彙なども出てきてスキーマが活性化される。

何よりも、自分で想像力を働かせてしっかりと考えてから読解に望むので、内容を知りたい!読んでみたい!というモチベーションの向上にもつながると思います。

思い返せば、高校で英語を教えていた時はVTSっぽいことをよくしていました。

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この写真↑で、どんな出来事が起きてる?という問いかけをすると、
「男の子がいる!」「消防署?」
「隣にいるのはお父さんかな?」
「職場体験?」
などいろんな意見が生徒からあがってきます。

ちなみにこれは私が実際に英語の授業で使った写真でBopsyという読解教材の導入に使ったものです。どんなお話か気になる方はこちらから!

このように、解釈の可能性が開かれたビジュアル資料やアートなら応用可能なので、授業の導入やまとめなど、いろんな形で応用でき、言語教育との親和性が非常に高いのではないかなと思っています。また、先ほども説明したとおり、ファシリテーターがどんどんパラフレーズしていってくれるので「理解可能なインプット」が大量に繰り返され語彙力・表現力の向上にも結びつくのではないでしょうか。

VTSの言語教育への応用。もう少しアイディアを練ってから、今後イベントなどの形にしたいと思います!またまとまったらブログに書こうと思いますので、乞うご期待!

VTSについて学びたい方は、ぜひこちらの本がおすすめです。


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