誰かのために残すもの

私のお仕事での師みたいな人がいる。
その人は、UXという考え方を日本で始めた権威で、仕事も企業から依頼が来たり、大学で講師をしていたりする。

だけど、その人にはいわゆるコーポレートサイトだったりポートフォリオサイトがない。
ずっと続けているブログしかない。
そのブログもジュゲムというサービスを使った簡易的なものだ。

その方がどういうことをしているか、どういう実績のある人か知りたくて探したけどなかったので、なぜないのか聞いてみた。

その時に言われたこと

「自分はこれまでの自分はどうでもいいから、これまでの自分がどうだったかということは知ってもらわなくていい」

これまでの自分の実績に囚われたくない、とのこと。
唯一ブログを書いている理由については、誰に書いているかって、自分の娘や息子のために書いているとのこと。

自分がどういうことを考えていたか、どういうことをしていたかを、後に子供たちが見られるように残しているのだそう。

そういえば、うちの父もそうだなと思った。

職人で無口な父で、何を考えているのかわからない人だけど、実はコソコソ日記を書いていることを私は知っている。

コッソリ読んだこともある。

そこには、母がとてもありがたい存在であるようなことが、いつも書かれていた。

私も、仕事以外ではそんなに話すほうではない。
家ではほぼ喋らない方だ。
だけど、興味がないとかそういうことではない。
ただ、自分の中で消化するのに時間がかかるだけだ。

だけど、そんな私が一体何を考えて今だんまりしているかとか、伝えることはしておいた方がいいなと思った。

伝えたいことがないわけではない。
ただ、言葉にして口に出すことが苦手なだけ。
文章にならできる。

そんなわけで、日頃だんまりなので、家族のために何か残しておくために、ボソボソブログ書こうかなと思う。

日々ラーメンを食べることができたらそれだけで幸せです。