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鶯谷ラプソディ

成人して5年も経つと、どうしようもなくお酒が飲みたい日が年に数回訪れる。

晴らしたい憂さがあるわけでも、
祝杯を上げるような成果も、働き通しの疲れがあるわけでもないのだが、

ただただお酒が飲みたいー。

そんな風に思える日、いつもよりピュアな気持ちでお酒と向き合える気がして、なんだか無性にうきうきするのだ。

ともかくそんな日だったので、一人で飲まないといけない気がして山手線東京駅のホームで一人算段を立てていた。

(上野に行こうかー)
(いや、あの街はにぎやかすぎて気が引ける。お酒を飲む前にあの活気に飲み込まれる)
(根津はどうかしら、あのあたりで美味しい熱燗をしっぽり飲むのもいいなぁー)
(あ、だめ、本郷から5分のあの場所は誰かしら知人がいるかもしれない)
(日暮里とか西日暮里は?)
(うーん、少し寂しすぎる)

結論が出ないままあてもなく乗った山手線内回りの電車で、
ぼんやり路線図を眺めながら、ふと上京したての頃の事を思い出した。


2011年 JR東京駅 山手線路線図の前にて。

渋谷、新宿、池袋、、、数少ない知った名前の駅名以外、何のイメージも感情も沸かない無機質な単語が並んでいる。

それでも、たった一つ、降りてみたいと思う駅があった。
『鶯谷 / うぐいすだに』
響きが美しくて、どこか田舎臭くて、少しくすんだミドリ色を思わせるその駅は、山手線にぴったりな気がした。

「東京に少し馴染んだら、いつか散策してみよう」

そう思ってからもう何年も経つというのに、一度も降りることのなかった事を思い出し、自分の薄情さをなんとはなしに責めた。

「あの駅にはラブホと風俗しかなくて、年間降車人数が一番少ないんだよ」と誰かがしたり顔で言ってたその街で、ひとり飲むことに決めた。

いい飲み屋があるのは前々から知っていたので、そうと決まればあとは早い。

焼き鳥が焼けた順から勝手にとるタイプの立ち飲み『ささのや』でレモンハイとハイボールを飲んだ。
キンミヤとウィスキー由来のアルコールにあやされながら、悪びれることなく自分を甘やかせていることに満足した。
と同時に、もう少し冒険したい気持ちになった。

(2軒目行こうか帰ろうか)
とは言え他に目をつけている店はない。普段お世話になっている食べログやRettyを使う気にはどうしてもなれなかった。

(ちょっとぶらぶらして、気になったところがあれば入ればいいし、なければ帰ってお風呂に入って寝よう)

散策しながら、私はすでにこの街を気に入り始めていることに気づいた。
手な色のライトで彩られた建物たちは、もはや畏怖と嫌悪の対象からは外れていたし、誰といようがひとりだろうが、干渉しないジェントルさと寛容さを肌で感じた。
近くにゲストハウスでもあるのだろう。何人かのバックパッカーとすれ違った。
あてもなく、ぐるぐる歩いていると、”Nightingale(ナイチンゲール)”と書かれた小さなBARの看板を見つけた。

入り口は木製の急な階段になっていて、上がった先の二階にあるようだ。
(2軒目行こうか帰ろうか、2軒目行こうか帰ろうか)
少し迷って、結局結論がでなかったので、とりあえず覗いてみることにした。

よくあるBARと違って、外から中が見えたのがよかった。中は案外賑わっていて、怖いところではなさそうだ。

ーギィィィ

思ったより軽い扉と暖房の熱にホッとして、マフラーを解いて席に着く。
マスターのお兄さんは、二言三言の簡単なやり取りで私の好みを把握して、濃い目のバーボンを入れてくれた。

ーーここのBARがはいつからあるんですか?

隙を見計らって、興味本位で尋ねた。

「ここねぇ、結構前からあるんですけどね。僕がここに立ちはじめたのは今年の3月からですね。」

ーー以前は別のところで?

「いえ、元々はここの客で。ここ、シェアバーで曜日ごとに立つ人変わるんですよ。元のオーナーがカンボジアに行ってから、たまり場がなくなった客同士で話して曜日ごとに回そうよって話になったんです。」

シェアバー。なんて素敵な響きなのだろう。

カーシェア、ライドシェア、シェアオフィス、etc、シェアと名のつくものは昔以上に増えたし、現に今わたしが住んでいるのはシェアハウスだ。
なのにシェアバーという概念はなぜだかとても新鮮で、完成されたシェアビジネスとは異なる美しさがあるように感じた。

もともとが空間や時間を分かち合うために存在していた場が危機に晒された時、存続させるためにBARそのものを分かち合うという発想が自然発生的に生まれたことに感動したのだ。

ーーところでどうしてナイチンゲールと言う名前なのですか?

私の素朴な疑問に、お兄さんはふっと顔をほころばせた。

「ナイチンゲールには夜の鶯っていう意味があるんですよ。夜の鶯谷にぴったりの名前でしょう?」

***

あの日のちょうど一週間後から、毎週金曜の夜、私はナイチンゲールのバーテンダーとして働くようになった。マスターのお兄さんとのやりとりの後、常連さんたちとLINEに招待してもらい(ナイチンゲールLINEがあるのだ、、!)気づいたらバーに立つ側に回っているのだからやはり鶯谷は寛容で、不思議な街だと改めて思う。

バーテンダーという言葉で思い出すのは、昔読んだ漫画に載っていたバーテンダーの由来だ。
そこには、
 バー=止まり木
 テンダー=優しい
 バーテンダー=優しい止まり木 
だと書かれていた。

ちゃんと調べると、その語源は正しくなくて、恐らくデタラメなのだけれど、”優しい止まり木”という言葉はぴったりな気がして、とても気に入っている。

さて、当のシェアバーは年内いっぱいの営業らしい(本当のオーナーがカンボジアから帰ってきたため)。

私がバーに立つのも、残すところあと二回だ(12/22と12/29)。

まだまだ腕は未熟だけれど、もしも遊びに来てもらえるのなら、精一杯美味しいお酒を作ろうと思う。

都会の鶯の、優しい止まり木になれることを祈って。

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