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通訳業あれこれ

東京のIT企業で日韓会議同時通訳者とし働き始めて2か月が過ぎました。通訳業のあれこれ、会議中のあれこれ。誰かに言いたいけど在宅だから誰とも共有できないでいるひとり言をここに。

「ゆってよ」案件

ズーム会議の特性上、わたしはいつも韓国語を聞いて日本語に訳すという一方向のみを担当している。日を聞いて韓に訳すのはもう一人の通訳さんがやっており、1会議2通訳者体制だ。ただ、相手の通訳さんの声は私には聞こえない仕組みになっている。なので実存主義的観点からするともう一人の通訳というのは実はいないのではないか、と思うくらい一緒にやってる感はない。

ズーム通訳では自分が訳しているとき以外は雑音を入れないためにミュートにしていないといけないのだが、ついつい日韓が速いスピードで入れ替わると自分のミュートを解除するのを忘れて訳しているというミスを何回かしてしまった。

そうするとだいたい日本側から「日本語通訳が聞こえません」とか指摘されるので慌ててミュートを解除するのだが。

ところがある日のこと。わたしが20秒くらい訳し続けたところで、ハッと自分の音声がミュートになっていることに気づいた。いつものように慌てて解除したが、ふと疑問におもった。参加者よ、訳なしで話者が20秒間べらべらしゃべってるの理解していたのかい、と。分かってないなら通訳が聞こえないともっと早くに言ってくれよ、と。でも、こうも思った。そもそも会議になんてみんな集中してないんじゃないかと。他の作業をしながらBGMのように会議音声を聞き流しているんじゃないのか。それが韓国語だろうが日本語だろうがBGMなのだから別に構わないのではないかと。

それはそれでわたしの下手な通訳が見過ごされるからいいけれども。

「焼肉屋」が瞬間、訳せない

またある日のこと。その日は食べ物の話がたくさん出る会議だった。寿司、ラーメン、カフェ…そこで日本語話者から「高級焼肉店」というワードがでたのだが、なんと「焼肉」を韓国語でなんて訳したらいいのか瞬間出てこなかった。韓国の誇る焼肉。あの国で「焼肉」ってなんていうんだっけ!

一回落ち着いて、韓国で焼肉を食べに行った日のことをよくよく脳内リプレイしてみる。「고기 먹으로 가자 (肉食べに行こう)」「삼겹살 먹자 (サムギョプサル食べよう)」「오늘은 소고기다(今日は牛肉だ)」「오늘은 집에서 고기 구워먹자 (今日は家で肉を焼こう)」…焼肉に至るあらゆるパターンを再現してみたが全然「焼肉」というワードが出てこないではないか。

正解は「고깃(肉)집(家)」でした。灯台元暗しバカ。

ちなみに韓国人は「プル(火)コギ(肉)」はあまり食べにいきませんでした。

下手な通訳者はトイレに行け

通訳というものはメンタル・フィジカルのコンディションに大きく左右される仕事なのか、通訳をしてみればその日の体調が分かるといっても過言ではない。(トヨタの豊田さんもその日の自分の運転技量が分かるように何十年?も同じ車に乗っているといっていた。)そしてここ1週間くらい、なんか通訳(いつもできないけど殊更)うまくできないな~とモヤモヤしていた。コンディションの悪さは下記のような指標にでてくる。

・いつもならついていける話者の速度についていけない

・いつもなら聞き取れる用語が聞き取れない

・「企画と開発と運営があります」と3単語を羅列されると2単語しかキャッチアップできない

そんなもんで自責の念に駆られていたのだが、ロシア語通訳者の故・米原万里さんはこんなようなことを言っていた。「通訳が下手すぎるぞ!もっとまともな奴はいないのか!」とバカにされたらトイレにでも行けばいいと。そのあいだ通訳がいなくてどれくらい不便な事か思い知ればいい。トイレから戻ってきたら「おう!はやくはやくこちらへ」と厚遇してくれるのだ。と。

そんなふてぶてしさで自分を慰める。 

ただ私は米原万里ではないので下手だとクビになるという差があるだけだ。

努力が成長に変わっていた瞬間

冒頭で、わたしは韓国語を聞いて日本語を訳す作業しかしていないといったが、日本語を聞いて韓国語に訳してと言われる会議が突然やってくることがある。普段から両方向やっていれば当たり前に両方やるのだが、普段は韓→日しかやってない脳みそにいきなり日→韓をさせられるというのは、わたしというぬるま湯の中に真っ赤に熱された鉄棒をぶっこむようなもので脳水が揮発する大事件だ。

4月のうららかなある朝の日に、初めて韓訳出しを任されたわたしは、その録音ファイルを聞いて絶望し、挫折した。

それから韓国人アナウンサーの発音講座を受講し、毎日(たまに欠かしつつ)30分、韓国語の母音子音の発音練習を2か月やってきた。

そして昨日、再び訪れた韓訳出しの会議。無我夢中で訳し、会議が終わったあと、iPhoneに残されたのは魔の録音ファイル。わたしは震える右手を左手で押さえながら再生ボタンを押し、夫(韓国語ネイティブ)と一緒にわたしの韓訳パフォーマンスを振るえる耳で聴いた。

聴くこと40分間。夫曰く「全然聞きやすい。聞きづらい発音は1、2箇所しかなかったから内容がよく頭に入ってきて発音はむしろあまり聞いてなかった」とのこと。そう言われてみれば私自身も「あれ?聞けるな。なんかひとつひとつの母音と子音の発音が正確になってるな?」と思った。

感動した。毎日30分の発音練習がひとつの成長として表出した気がした。

生きる喜び!

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